『何でもないフリ』
「フラれた。」
明るく、自嘲気味に笑う声。衝撃的な一言に、え、と掠れた息だけが漏れた。
「まぁでも、これからも友達でいたいって言ってくれた。変に気ぃ遣わないで欲しいって。優しかった、ホントに」
私が発言する間もなく、彼は言葉を続けた。口調こそ平静を努めているものの、声の震えが伝わってくる。泣くのを堪えているのだろう、視線を下に向けて両拳を握りしめている。もしくは、もう泣いた後かもしれなかった。彼が決心して教室のドアを開けてから、一時間は経っていた。
どう声をかければ良いのか、分からない。
静けさが痛かった。
しばらく沈黙が続いた後、最終下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。遅くなる前に帰ろうと提案すると彼は黙って頷き、スクールバッグを提げて廊下へ出た。
体格のいい背中は、いつもより弱々しく見える。
彼は、落ち込んでいる時に励まされると余計に沈むタイプだ。底抜けに明るい性格をして、落ちる時はとことん落ちる。こうなると結構面倒くさいことを私は知っている。
普段の彼がこんなに繊細な面を持っているなんて、誰も想像できないだろう。彼の性格は私が誰よりも知っている。誇りを持って断言出来る。ずっと近くで、彼を見てきたから。
ずっと、好きだったから。
その感情は殺したけれど。
あの子を目で追う、彼の表情。切ない瞳だった。それを見て、この気持ちはとても伝えることは出来ないと理解した。この恋は彼を幸せに出来ない。
だから、彼の仕草に心臓が跳ねても、何でもないフリをした。せめて良き友であろうと決め、話を聞いては背中をおして、ずっと彼の恋路を支えてきたのだ。
彼が幸せであれば良かった。
けれど。
今、彼の背中を見つめ、思う。
────私は初恋を殺し損ねていたと。
気付いたら足を駆けて、大きな背中に手を伸ばしていた。
抱きついたら驚くだろうなと思いながら。
12/11/2021, 8:15:25 PM