『イルミネーション』
12月になるとテレビでイルミネーションの点灯式を芸能人がしたとニュースが増える。
比較的田舎に住んでいる私には街のイルミネーションなんてほとんど見る機会はないけれど。
仕事帰り、職場の託児所に息子を迎えに行って駐車場に向かっているとキラキラと色んな色の灯りの輝きが目に入ってきた。
「わっ!すごいよ、キレイだよ、たっくん!」
抱っこしている3歳児のたっくんにキラキラ輝く光の方を指さして教えると「キラキラ!」と初めて見るイルミネーションに目を輝かせて興奮気味に答える。
「近くに行ってみようか。」
たっくんに聞くと、ウンウンと頷くので灯りの方へ行ってみることにした。
一体誰がこんな片田舎でイルミネーションをやってくれてるんだ?と思って灯りの側まで行くと、そこは床屋さんだった。
「たっくん、キレイだねぇ。」
お店の前に立って、イルミネーションの電飾で輝く床屋さんを2人で眺める。
「ママ、キレイね!キラキラよ。」
「そーだね。」
息子のたっくんは言葉が遅く、最近やっと3語が喋れるようになってきた。
親としては色々心配してしまうけど、息子は息子なりにちょっとずつ成長している。
少しでも彼の世界に感動を与えて、発語を促せたらなぁと思う。
街のイルミネーションにはとても連れて行けないから、ちょっとしたイルミネーションでも見せてあげることが出来て嬉しい。
なんで床屋さんがイルミネーションしてるのか謎だけど。
「赤いキラキラ。青いキラキラ。いっぱーい。」
ニコニコと嬉しそうに笑う息子。
大人になったら街に出て行ってイルミネーションなんていくらでも見る様になるんだろうけど…今日見たこの景色が彼の中に残ってくれたら嬉しいなぁと思う。
片田舎の床屋さんのイルミネーション。
親子2人で見た、思い出の景色。
「ホント、いいから。ぜひ見て!」
「分かりました。見ます!」
職場の後輩の美湖ちゃんにこの冬からスタートする新ドラマについて力説し終える。
『さよならは言わないで』
冬から始まるドラマ、通称『さよいわ』は同名の漫画が原作で、嫌いになった訳ではなく別れた夫婦がまた出会い、周りの人々を巻き込みながら再構築していくハートフルラブコメディ。
偶然本屋さんで『さよいわ』の単行本が目に入ったのがきっかけで、すっかり『さよいわ』の虜だ。
「さよならは言わないで」とお互いに言い、離婚してそれぞれの道を歩いていた2人がひょんなことから再会し、また関係を深めていく…。
私がこんなに『さよいわ』にハマってしまったのも、自らの経験に重ねているからかもしれない。
10年前、私には付き合っている人が居た。
当時私は20代半ばで、彼は10上の30代。
一緒にいると年齢差を感じないくらい居心地が良くて、穏やかな恋。
しかし、別れは突然にやってきた。
彼のお父さんが病に倒れ、自営業のご実家から「帰ってきて後を継いで欲しい」と打診があったのだ。
彼は地元へ帰ることになり、私はまだ仕事もがむしゃらに頑張っていた時期で年齢的にもまだ独身を楽しみたいという思いもあって、彼に付いて行って結婚…とは考えられなかった。
嫌いになって別れた訳じゃない。
だからなのか、10年経っても後悔に似た感情と共に思い出す恋。
あの時、彼に付いて行っていたら、私の人生はまた今とは違っていたのかなぁ…と思うことがある。
彼は元気だろうか?
彼はもう40半ばになっているだろうから、きっと地元で素敵な人に出会って結婚しているだろう。
そんな事を最近やたらと考えてしまうのは『さよいわ』のドラマ化決定も大きいけど、私が未だ独身で彼氏もいないからかもしれない。
そして…仕事で彼の地元を訪れる事になっているから。
今週木曜から金曜日にかけて、新規取引先農家さんの開拓に数件回る事になっている。
彼の経営する農家名と彼の名前が書かれた書類に目を落とす。
結婚していて欲しい様な欲しくない様な。
オジサンになってて欲しい様な欲しくない様な…。
あの日、一緒には行けないと泣きながら告げた私に「さよならは言わないよ。またどこかで出会ったら笑って話をしよう」と最大限の優しさをくれた彼。
再会したらラブコメにならなくてもいいから笑顔で話せたら嬉しい。
2月、受験シーズンを迎え、私達受験生は自由登校となった。
すでに推薦で進路が決まっている者はほぼ学校に来ない。
受験組は小論文の指導を受けに来たり、学校で勉強をする為に登校したりと様々だ。
私もまだ進路が決定していない受験組。
今日は小論文の指導を受けた後、教室で勉強をすることにした。
教室に入ると誰も居なくて、「やったー集中して勉強出来る!」と心の中で思いながら自分の席に座って、赤本とノートを広げた。
しばらく勉強していると、教室の戸がガラッと開いて担任の山田先生が入って来た。
「おっ、斉藤居たのか!」
「はい。」
「教室、ちょっと一緒に使わせてもらうけどいいか?」と先生に聞かれ「はい」と答えるか答えないかくらいで、先生の後から一人の生徒が入ってきて私の心臓がドキリと跳ねる。
な、なんで桐山くんが…。
桐山くん。
彼は小学校から一緒の同級生だけど、高校で同じクラスになったことはなく、この教室で絶対に姿を見ることがない人のはずだ。
小学校の頃から勉強も運動も出来て、でも真面目すぎることもなくて面白い事も言うので女子から人気もある。
かくいう私も桐山くんの事が小学生の頃から好きだった。
「答辞の原稿書けたか?」
教室の前の方の席に先生と桐山くんが座って喋り出す。
「これ、お願いします。」
そう言って桐山くんが原稿用紙っぽいものを先生に渡す。
ああ、山田先生が国語の先生だから添削してもらうのか。
それにしても桐山くんが答辞読むんだなぁ…やっぱりスゴいなぁ…。
すっかり手に持ったペンが止まって、2人のやり取りに気を取られてしまう。
「ここは、こう変えた方がいいかもしれんな…。」
「なるほど…。」
私は教室の後ろの方の席で、全然2人の事など気にしていませんよ風を醸し出しながら聞き耳を立てる。
「あ、桐山、ちょっと用事思い出したからいいか?」
「えっ?あ、はい。」
山田先生は何か急に思い出した様で、立ち上がって教室を出ていく。
3人だった教室が私と桐山くんの2人だけになる。
桐山くんとは中学、高校と同じクラスになったことがないから、私は桐山くんに片思いをしていたけどもう何年も話していないし、親しい訳じゃない。
うわっ!どうしよう!?
二人きり!!
バクバクと心臓が激しく音を立てる。
話しかけたいけど、でも勇気が出ない。
もうこんな機会、二度とないのに。
あと数日後、卒業式を迎えたら姿を見ることさえ出来なくなってしまうのに。
長年の片思いの思いを伝える事もなく…。
私は机の上のノートにペンを走らせ、集中しているふりをする。
臆病な私。
「斉藤さん、これから受験?」
えっ?私…!?
桐山くんに話しかけられてる?私!?
私が心を忙しくしていると、桐山くんに話しかけられて、予想外の事過ぎて状況を理解するのに時間がかかった。
「う、うん…。」
なんのひねりもない、会話も広がらない返事しか出来ない自分が不甲斐ない。
「そっか、頑張って。」
そう言って私の方に振り返っていた桐山くんはクシャリと笑う。
ああ、この笑顔…好きだった。
私、桐山くんの事、大好きだったの。
心の中でそう呟く。
私の気持ちを伝える事はない。
桐山くんには彼女がいる。
もう1年も前に私はこっそり失恋しているのだ。
「ありがとう…頑張る。」
やっとの事で言葉を絞り出し、私はまた勉強するフリをしてノートに視線を落とす…ノートの字なんか視界がボヤケて何も見えないのに。
桐山くんも答辞の原稿の書き直しを始める様で机に向き直る。
二人きりの静かな教室。
もうすぐ山田先生は戻ってきてしまうだろうか?
神様…お願い。
どうか、終わらせないで。
この時間を、どうか。
きっとこれが最後の思い出になるから。
『太陽の下で』
私は日陰の女だ。
はじめは家庭がある人だとは知らなかった。
私が彼と会えるのは平日の夜だけで、「部屋に行ってみたいなぁ」と伝えてもやんわり断られ、なんだか変だなと思っていたら結婚していると告白された。
言い訳だけど、はじめから既婚者だと知っていたら恋愛対象外として見れていた思う。
ズルい。
好きにさせてから、言うなんて。
そんな訳で、「こんなのダメだ」「いけない」と思いながらも別れられなくてズルズルと今に至る。
こんな関係許されないからと彼に別れを切り出した事もあったが、「好きなのは実花だけだ」と言われてしまうと別れられなかった。
いつ彼のご家族にバレてしまうのだろう…
私も知り合いの誰かに知られてしまったら…
ビクビクしながら関係を続けていて、そして、ついにその日は来てしまった。
彼と一緒にホテルで食事をし、部屋で過ごした後。
一階のエレベーターを降りたところでなんの偶然か会社の同僚の真山に出会ってしまった。
真山は目を見開いて私達を見ていたけれど、他人のふりをしてその場で声をかけてくる事はなかった。
「林原、青島さんって結婚してたよな…。」
次の日、会社の休憩室に一人でいると見計らったように真山に話しかけられた。
私の付き合っている彼は会社の取引相手で真山も面識がある。
誤魔化せないと思った私はその日真山を飲みに誘い、全部打ち明けた。
「バカだなぁ…。」
真山は大きく溜息をついて言う。
「うっ…自分でも重々承知しております…。」
自分がしていることが世間的にはアウトな事は言われなくても分かってる。
それから真山には彼との事で何度か相談に乗ってもらった。
その度に「もうやめた方がいいんじゃね?」と真山が優しく困ったような笑顔で言うから、人として駄目な事をしてるんだなと罪悪感も募り、漸く別れる決心がついた。
「私、他に好きな人が出来たの。だから別れて欲しい!」
会う約束をし、「まずは食事に…」と私の肩を抱いてきた彼に嘘を混じえて別れを切り出す。
他に好きな人なんて出来てないけど…。
絶対に、絶対に、今回は別れる。
有耶無耶にされない!
そんな気持ちが伝わったのか、彼は私の肩から手を離し、「わかった。」と言った。
私に背中を向けて去っていく彼はこちらを振り返ることはなかった。
好きだった…。
でも彼は私が1番じゃないんだ。
奥さんと別れて私と結婚してと言ったら何と言われていただろう…そんな事怖くて聞けなかったけど。
私は本当に愛されていたんだろうか…?
視界が涙で歪む。
あ、真山に報告しなきゃ…。
私はスマホをカバンから取り出し、真山に電話をかける。
なんか、真山には申し訳ない事をしてしまった。
私の事に巻き込む様な事して…相談にも乗ってもらって…。
本当、真山には足を向けて寝られない。
数コールした後、「もしもし」と真山が電話に出た。
「私、林原だけど…別れた。」
そう真山に伝えると「今どこにいる?行くから。」と言われ、申し訳ないと思いながらも、今一人でいることが辛くて申し出に甘えてしまった。
数十分後、走ってきた様子の真山が私の姿を見つけて「林原…!」と手を挙げる。
「終わった…全部…終わった…。」
「偉かったな、頑張ったよ林原。」
真山が私の背中をポンポンと優しく叩く。
「次は太陽の下で会えるヤツと付き合えよ。」
そう言って、真山が私の頭をクシャクシャッと撫ぜる。
「うん…。」
俯いたまま、ポロポロ涙を流しながら私は返事をした。
「例えば…俺とか。オススメ。」
「…へ?」
一瞬何を言われたか理解出来ず、真山の顔を見上げると目が合う。
「考えとく…。」
冗談を言って私を励まそうとしているのかと思って、その冗談に乗っかるつもりで返事をする。
「おう、前向きに検討頼むわ。」
えっ!?
本気!?
真山の言葉にドギマギしていると
「よし、なんか美味いもん食いに行くぞ!」と言い、真山が歩き始める。
「ちょっ、待って!」
私は真山の真意が分からないまま、先を歩く彼の後ろを小走りで追いかける。
気づくと流していた涙も止まっていた。
そして少しだけ、太陽の下で真山と歩く自分の姿を想像してしまった事は今はまだ私の心にしまっておこう。
『落ちていく』
眠れない。
私は寝るのが下手だ。
明日も仕事があるから早く寝たいと思うのだけれど、頭の中で色々考え事が浮かんで来て、ついつい「あれはどうなのだろう?」とスマホで検索し出したりするから余計に眠れなくなる。
若い頃は、10時にスコンと落ちて気づくと朝!みたいな日々だったのに、アラサーともなると寝付きも悪ければ、途中で目を覚ます事も増えた。
「そりゃ、運動だな!ジム行くぞ!ジム!」
職場の同僚である坂井くんが、最近通い出してハマっているジム通い。
「えー…私、運動嫌い…。」
「運動量が足りないんだって!体動かして疲れればあっという間に寝落ちするぞ。」
そう言って通っているジムの無料券をくれたので、寝れるなら…と坂井くんについてジムへ行ってみる事にした。
「もう…ムリ!!」
「頑張れ!ラスト1回!じゅーご!!」
基本15回を3セット。
大きな筋肉がある足や背中の筋肉を鍛える為、マシーンを坂井くんに教えてもらいながら使ってみた。
ビックリするくらい筋力がなく、「ヤバいな…老人並みの筋力だぞ…」と坂井くんに言われる始末。
有酸素運動も取り入れながら、1時間も取り組めば足はガタガタ、ヨボヨボの私が完成。
こんな辛いのムリ…。
そう思った私だったのに…その日の夜、私は久しぶりに「あー何も考えられない…」と思考を手放し、深い眠りに落ちた。
次の日、筋肉痛でものすごく体が痛くてヨボヨボなのに、久しぶりにぐっすりと眠れてスッキリしている感覚の方が筋肉痛を上回っている。
こ、これは…!
続けた方がいいかもしれない…。
「坂井くん…昨日のジムなんだけど…私も通おうかと思って…。」
「マジで!?ヤッター!高橋も今日から筋肉仲間だな!」
嬉しそうに坂井くんが笑って言う。
こうして私は筋トレの沼に落ちていく事になる。
そしてプロテインだのEAAだの坂井くんとも筋肉話に花が咲き、一緒に過ごすうちに坂井くんと恋にも落ちていく事になるのだが…それはまだ先の話だ。