紅子

Open App

2月、受験シーズンを迎え、私達受験生は自由登校となった。

すでに推薦で進路が決まっている者はほぼ学校に来ない。

受験組は小論文の指導を受けに来たり、学校で勉強をする為に登校したりと様々だ。

私もまだ進路が決定していない受験組。

今日は小論文の指導を受けた後、教室で勉強をすることにした。

教室に入ると誰も居なくて、「やったー集中して勉強出来る!」と心の中で思いながら自分の席に座って、赤本とノートを広げた。


しばらく勉強していると、教室の戸がガラッと開いて担任の山田先生が入って来た。

「おっ、斉藤居たのか!」

「はい。」

「教室、ちょっと一緒に使わせてもらうけどいいか?」と先生に聞かれ「はい」と答えるか答えないかくらいで、先生の後から一人の生徒が入ってきて私の心臓がドキリと跳ねる。


な、なんで桐山くんが…。


桐山くん。

彼は小学校から一緒の同級生だけど、高校で同じクラスになったことはなく、この教室で絶対に姿を見ることがない人のはずだ。

小学校の頃から勉強も運動も出来て、でも真面目すぎることもなくて面白い事も言うので女子から人気もある。

かくいう私も桐山くんの事が小学生の頃から好きだった。

「答辞の原稿書けたか?」

教室の前の方の席に先生と桐山くんが座って喋り出す。

「これ、お願いします。」  

 そう言って桐山くんが原稿用紙っぽいものを先生に渡す。

ああ、山田先生が国語の先生だから添削してもらうのか。

それにしても桐山くんが答辞読むんだなぁ…やっぱりスゴいなぁ…。

すっかり手に持ったペンが止まって、2人のやり取りに気を取られてしまう。

「ここは、こう変えた方がいいかもしれんな…。」

「なるほど…。」


私は教室の後ろの方の席で、全然2人の事など気にしていませんよ風を醸し出しながら聞き耳を立てる。


「あ、桐山、ちょっと用事思い出したからいいか?」


「えっ?あ、はい。」


山田先生は何か急に思い出した様で、立ち上がって教室を出ていく。

3人だった教室が私と桐山くんの2人だけになる。


桐山くんとは中学、高校と同じクラスになったことがないから、私は桐山くんに片思いをしていたけどもう何年も話していないし、親しい訳じゃない。

うわっ!どうしよう!?

二人きり!!

バクバクと心臓が激しく音を立てる。

話しかけたいけど、でも勇気が出ない。

もうこんな機会、二度とないのに。

あと数日後、卒業式を迎えたら姿を見ることさえ出来なくなってしまうのに。

長年の片思いの思いを伝える事もなく…。

私は机の上のノートにペンを走らせ、集中しているふりをする。


臆病な私。


「斉藤さん、これから受験?」

えっ?私…!?

桐山くんに話しかけられてる?私!?

 
私が心を忙しくしていると、桐山くんに話しかけられて、予想外の事過ぎて状況を理解するのに時間がかかった。

「う、うん…。」

なんのひねりもない、会話も広がらない返事しか出来ない自分が不甲斐ない。

「そっか、頑張って。」

そう言って私の方に振り返っていた桐山くんはクシャリと笑う。

ああ、この笑顔…好きだった。


私、桐山くんの事、大好きだったの。


心の中でそう呟く。

私の気持ちを伝える事はない。

桐山くんには彼女がいる。

もう1年も前に私はこっそり失恋しているのだ。


「ありがとう…頑張る。」

やっとの事で言葉を絞り出し、私はまた勉強するフリをしてノートに視線を落とす…ノートの字なんか視界がボヤケて何も見えないのに。

桐山くんも答辞の原稿の書き直しを始める様で机に向き直る。


二人きりの静かな教室。


もうすぐ山田先生は戻ってきてしまうだろうか?


神様…お願い。


どうか、終わらせないで。


この時間を、どうか。

きっとこれが最後の思い出になるから。

11/29/2023, 3:34:06 AM