紅子

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『太陽の下で』


私は日陰の女だ。

はじめは家庭がある人だとは知らなかった。

私が彼と会えるのは平日の夜だけで、「部屋に行ってみたいなぁ」と伝えてもやんわり断られ、なんだか変だなと思っていたら結婚していると告白された。

言い訳だけど、はじめから既婚者だと知っていたら恋愛対象外として見れていた思う。

ズルい。

好きにさせてから、言うなんて。

そんな訳で、「こんなのダメだ」「いけない」と思いながらも別れられなくてズルズルと今に至る。

こんな関係許されないからと彼に別れを切り出した事もあったが、「好きなのは実花だけだ」と言われてしまうと別れられなかった。

いつ彼のご家族にバレてしまうのだろう…

私も知り合いの誰かに知られてしまったら…

ビクビクしながら関係を続けていて、そして、ついにその日は来てしまった。

彼と一緒にホテルで食事をし、部屋で過ごした後。
一階のエレベーターを降りたところでなんの偶然か会社の同僚の真山に出会ってしまった。

真山は目を見開いて私達を見ていたけれど、他人のふりをしてその場で声をかけてくる事はなかった。

 
「林原、青島さんって結婚してたよな…。」

次の日、会社の休憩室に一人でいると見計らったように真山に話しかけられた。

私の付き合っている彼は会社の取引相手で真山も面識がある。

誤魔化せないと思った私はその日真山を飲みに誘い、全部打ち明けた。

「バカだなぁ…。」

 真山は大きく溜息をついて言う。

「うっ…自分でも重々承知しております…。」

自分がしていることが世間的にはアウトな事は言われなくても分かってる。


それから真山には彼との事で何度か相談に乗ってもらった。

その度に「もうやめた方がいいんじゃね?」と真山が優しく困ったような笑顔で言うから、人として駄目な事をしてるんだなと罪悪感も募り、漸く別れる決心がついた。
 

「私、他に好きな人が出来たの。だから別れて欲しい!」

会う約束をし、「まずは食事に…」と私の肩を抱いてきた彼に嘘を混じえて別れを切り出す。

他に好きな人なんて出来てないけど…。

絶対に、絶対に、今回は別れる。
有耶無耶にされない!

そんな気持ちが伝わったのか、彼は私の肩から手を離し、「わかった。」と言った。

私に背中を向けて去っていく彼はこちらを振り返ることはなかった。

好きだった…。

でも彼は私が1番じゃないんだ。

奥さんと別れて私と結婚してと言ったら何と言われていただろう…そんな事怖くて聞けなかったけど。

私は本当に愛されていたんだろうか…?

視界が涙で歪む。
 

あ、真山に報告しなきゃ…。

私はスマホをカバンから取り出し、真山に電話をかける。

なんか、真山には申し訳ない事をしてしまった。

私の事に巻き込む様な事して…相談にも乗ってもらって…。

本当、真山には足を向けて寝られない。


数コールした後、「もしもし」と真山が電話に出た。

「私、林原だけど…別れた。」

そう真山に伝えると「今どこにいる?行くから。」と言われ、申し訳ないと思いながらも、今一人でいることが辛くて申し出に甘えてしまった。

 
数十分後、走ってきた様子の真山が私の姿を見つけて「林原…!」と手を挙げる。
  

「終わった…全部…終わった…。」

「偉かったな、頑張ったよ林原。」


真山が私の背中をポンポンと優しく叩く。

 

 
「次は太陽の下で会えるヤツと付き合えよ。」



そう言って、真山が私の頭をクシャクシャッと撫ぜる。


「うん…。」

俯いたまま、ポロポロ涙を流しながら私は返事をした。


「例えば…俺とか。オススメ。」

「…へ?」

一瞬何を言われたか理解出来ず、真山の顔を見上げると目が合う。


「考えとく…。」


冗談を言って私を励まそうとしているのかと思って、その冗談に乗っかるつもりで返事をする。
 

「おう、前向きに検討頼むわ。」

えっ!?

本気!?

真山の言葉にドギマギしていると
 
「よし、なんか美味いもん食いに行くぞ!」と言い、真山が歩き始める。

「ちょっ、待って!」 
 
私は真山の真意が分からないまま、先を歩く彼の後ろを小走りで追いかける。

気づくと流していた涙も止まっていた。

そして少しだけ、太陽の下で真山と歩く自分の姿を想像してしまった事は今はまだ私の心にしまっておこう。

11/26/2023, 1:32:34 PM