『終わりなき旅』
カンカンと奥の工房から鉄を打つ音が聞こえる。
救世主が世界を救っても、たとえ救わなくても世界は回る。刀鍛治はひたすら手を動かす毎日だ。
それが敵を倒すためだろうが護衛のためだろうが、包丁を研ぐためだろうが関係ない。
依頼を受けたらきちんと仕事をこなす。
ただ、それだけだ。
「世界を救ったらさ。私のために小刀を作ってよ」
そう告げた救世主は、まだ若かった刀鍛治にそう告げると敵のアジトへと旅立った。同じくらいの年頃だった。
まだ彼女は店を訪れてこない。
救ったあとも、果てのない旅を続けているのだろうか。
旅が楽しいって言ってたしな。
彼女との約束のため今日も腕を磨く。
長い長い旅路の途中で寄り道してくれることを願いながら。
『「ごめんね」』
友達が海へ消えていった。
まだ見つかっていないらしいが、夜近くの道を車で走っていた人が見かけたらしい。
一人のはずなのにやけに楽しそうで。時折誰かと話している素振りも見せた。何か練習でもしてるのかと思ったら、海から現れた手に引かれて消えた。
見間違いだと思うんだけどね、とその人はこっそり私たちに教えてくれた。
「人魚さんがね。私を仲間にしてくれるんだって」
不思議ちゃん。それが友達の第一印象だった。
「人魚なんていないよ」
「ええ? いたよう。話しかけられたんだよ」
「嘘だあ」
私が眉をひそめると、少し考えて友達は言った。
「じゃあ私が仲間になれたら、菜乃ちゃんに海から声をかけるよ」
友達が消える数日前のことだ。
きちんと話をすればよかった。ごめんね。
どこでそんなこと話したのか聞けば良かった。ごめん。
一緒にいけばよかったね。
「ごめんね」
どんなに後悔を重ねても、まだ友達の声は聞こえてこない。
『半袖』
夏が近づいてきてるなあと感じる。
日焼けを気にして長袖のままでいる人も多いけど、半袖になる人も増えてきた。
通勤時に途中ですれ違う。
自転車を必死にこぐあの子はいつから半袖になるだろう。
白く輝く肌と学校へ向かう、どこか晴れ晴れとした顔に、思い出すのは自分の青春時代。
すっかりおじさんになったかつての学生は、今日も家族のため湿気の増え始めた道をひたすら歩く。
半袖のワイシャツで、長袖の上着を片手に持って。
『天国と地獄』
右か左か。生きるか死ぬか。
人生は選択の連続だ。
下を見れば空中でぶらつく自分の足が見えた。
久しぶりに屋上に行ったら胸糞悪い奴らが弱いやつに胸糞悪いことしてたから手を出した。人数的にドローならいい方だろう。
そんな感じで最後にいらないことを考えてたら、ぶっ飛ばされていた。
フェンスの網を突き破って地面に、落ちなかった。
「矢野くん! 大丈夫?!」
綺麗な顔の女子が上で叫んでいるのが聞こえる。
こんな状況喜ぶ奴いんなら代わってほしい。
70キロ近くある俺の体を片手で支え、もう一方で俺を突飛ばした奴を絞めているんだろう。女子の後ろから苦しそうな声が聞こえる。
しかも俺の動向を常に監視してる変な女子だ。
「篠原さんかっこいいな」
「ちょっと男子! 早く篠助けなさいよ!」
外野の声がうるさい。
助けられても地獄、落ちても地獄。
いや落ちたら天国か?
少しだけ湧いた女子から逃げたい心が握られた腕から、体から、力を奪っていく。
「駄目だよ、矢野くん」
滑り始めた腕をさらに強く握りしめられる。
死ぬときは一緒なんだから。
そう言って笑う女子は、なんだか輝いていて、天使のように見えた。
引き上げられた俺は打ち所が悪くてその場で意識を失った。
『月に願いを』
星じゃなくて月?なんて思った。
満月は達成と完了の意味合いがあるらしい。
まずは達成したいことを思い浮かべることかな?
意外と色々浮かぶけど何をお願いしようかな。
なんて思いながらコーヒーを一杯。
そんな月が雲隠れしていた昨夜のこと。
#ずいの雑記