久しぶりに訪れた商店街の本屋。
何時ものように漫画や小説を買い物カゴへポイポイと入れて、一つ下の階へ降りると二月前から様変わりした文具スペースに思わず足が止まってしまった。
なんにもない。
各メーカーごとにまとまって置かれていたペン類も、バラ売りからセット販売もののノートやルーズリーフ、ガラスケースに入っていた高級万年筆やコピー用紙まで。
フロアの棚の半分がスッカラカンとなっていて、残っているのはカレンダーとポチ袋くらいだ。
……え、何事?とキョロキョロしながらフロアを彷徨いていると、数メートル離れた休止中のレジカウンターに一枚の紙が揺らめいているのが見えた。
最近は老眼も入ってきて遠近ともに見辛くなったというのに、その紙に書かれた文字は何故だかハッキリクッキリと見えた。
ああ、メイリオだからかな、なんて現実逃避。
テーマ「通り雨」
遠くの空をV字の形で飛んでいく鳥の群を見た。
これから越冬地へ向かうのか、それとも遠路遥々やって来たのかは分からないけれど「もうそんな季節なんだな」と開け放したガラス戸をカラカラと閉めていきながら、しみじみと思う。
少し湿り気を帯びた秋風を完全に締め出すと、すぐ側のイスに腰を下ろして、テーブルの上の温かいココアが入ったマグカップを掌で包み込んだ。
テーマ「窓から見える景色」
大事なものは目には見えない、とか。
そうやって低コストで他人を縛るから、結局誰も幸せにはならない。
親切、真心、丁寧に。
低賃金ならおざなりでしょう?
いつの時代も世の中は金だよ、金。
何をするにも金が必要で、そのうち呼吸にまで金を要求される日が来る。
ポイ活じゃ豊かになれない、誰かのものを欲しがるだけの物乞いに成り果てるだけ。
ちょうだい、ちょうだい。
もっと、もっとくれ。
あれも、それも、これも。
はやくよこせよ、さっさとしろ。
既に物乞いに片足突っ込んでるってことには、気づいていないのか将又知らんふりか。
まあ、ひとの心は、見えないからね。
テーマ「形の無いもの」
初めて乗った船は、内海を周る帆船だった。
ギィギィと絶え間なく鳴る船内は大変に居心地が悪く、また、船出間近に飛び乗ったこともあり腰を落ち着けられる余地などなく。
外の景色でも眺めていれば気も紛れるだろうと、背負った荷物を下ろすことなく甲板に出た。
燦燦と降り注ぐ陽光と嗅ぎ慣れない磯臭さ、ゆらゆらと揺れる足元。
ものの見事に酔ってしまった。
胃の中がグルグルと渦巻いているような不快な感覚、口の中に溜まった唾液を甲板の手摺に冷えて痺れが出始めた指先を掛けながら海へ吐き捨てる。
燦めく海の青も水鳥の賑やかな鳴き声も、その時は目に写るだけでも不愉快だった。
年若い船方が「ラクになる」と持ってきてくれた水飴を溶かした水を受け取り、一息に飲み干し。
テーマ「時間よ止まれ」
秋風に戦ぐ曼珠沙華の群れ。
揺らめく火の粉のような緋色の花を一輪手折り、稲刈り唄の歌声が聞こえてくる畦道を歩く。
以前来た時よりも人が増え田畑も増えて、山に森に、道が出来た。
そろそろ、ここにも人の手が入ってしまうのだろう。
森の奥、一本の木の前で歩を止めた。
君のために植えた橘の木、暫く見ないうちに見上げる程にまで育ち、懐かしい匂いが辺りに漂っている。
その木の根元に膝をつき。
少しだけ傾いた青黒い石の傍らへ、手にしていた曼珠沙華をそっと置いた。
仕方ないことだ、形あるものはいつか必ず跡形もなく消えてしまうのだから。
テーマ「花畑」