私の記憶は一日しか保たない。
昨日の私は、今日の私の為に日記を書き、今日の私が何をすべきかを懇切丁寧に書き残してくれていた。
なので今日の私も、昨日の私と同様に、明日の私の為に日記や
明日やるべきことを書き記す。
全ては明日の私の為、昨日の私も一昨日の私も、そうしてきてくれたから。
だから、どうかお願いだ、明日の私よ。
今日までの私の意志を不意にしないでくれ。
遠い未来の私の為に、明日を生きてほしい。
テーマ「目が覚めると」
仕事終わりに自宅近くのスーパーに寄って、割引きシールの貼られた惣菜と次の日に食べるパンと牛乳を購入。
最近また出没するようになった変質者に出会す前に、暗い夜道を自宅まで競歩。
二階建てアパートの二階奥が私の現在の住まいである。
一段飛ばしで外階段をガツガツと上がり、宅配BOXの陰に隠している自宅の鍵を使って、半日ぶりの我が家へと体を滑り込ませた。
帰宅早々に手指のアルコール消毒、長時間履きっぱなしで蒸れて臭う革靴に消臭スプレーを吹きかける。
シャワーを浴びて下着姿で部屋を徘徊、冷蔵庫に牛乳をしまい、かわりに冷凍庫からラップに包まれたご飯を取り出して、買ってきた惣菜と一緒にレンジに放り込む。
通販で箱買いしたカップ味噌汁にウォーターサーバーのお湯を注ぎながら、カチカチに凍ったご飯が温まるのを待つ。
――そうだ、忘れていた。
「ただいま、母さん」
冷蔵庫の上に置かれた小さな写真立ての中で微笑む母に向かって囁いた。
テーマ「私の当たり前」
スーパーの入口に大きな七夕飾りが設置されていた。
そういえば、数日前に君が話してたっけ、と何の気なしに立ち止まって、揺らめく笹の葉と色紙で作られた見事な切紙細工を見る。
空調の風を受けてヒラヒラ揺れる短冊には、見知らぬ誰かの願い事。
すぐそばのサッカー台には『ご自由にお書き下さい』と書かれた箱、中には色とりどりの短冊と油性ペンが少々乱雑に入っていた。
来た目的も忘れて七夕飾りを暫く眺めていると、見覚えのある筆跡。
“ダイエット成功しますように!”
短冊からはみ出さんばかりに書かれた願い事に名前はなかったが、確実に君のだろう。
無理して倒れるなよ、と君の顔を思い浮かべて苦笑い。
せっかくだから自分も何か願い事でも書こうか。
箱から取り出した黄緑色の短冊に、キュキュッとペンを滑らせていく。
“タイムセールに勝つ!”
よし!、と短冊を笹に付けようと腕を伸ばせば、タイムセール開始を告げる鐘の音がカランカランと鳴った。
テーマ「七夕」
灼熱地獄という言葉がピッタリだった本日を、何とかやり過ごして夜。……まだ外は明るいが。
今夜はシンプルに焼き肉、昼間の暑さで喪われたスタミナを回復するべく奮発した。
金曜日、焼き肉、夏とくればビールと枝豆も欲しいところ。
腹周りを気にしている君も流石に今日は、ビールを飲みたくなるだろう。
そう思って、冷凍枝豆と一緒に缶ビールを二本購入して冷蔵庫に入れておいた。
キンキンに冷えたビールで熱々の焼き肉を流し込む、想像しただけで喉がごくりと鳴ってしまう。
はあ、早く帰ってこないかなあ。
と、一番星が見えだした夕空を打ち見して、カチカチに凍っている枝豆を一つ齧った。
テーマ「星空」
天界は今年も異常な高温に見舞われたそうで。
去年のような酷い暑さ―摂氏100℃超―をどうにかする為に、人間界のエアコンを真似て、天界製の超特大エアコンを設置したそうだ。
天界中の熱気を吸って、代わりに涼しく心地よい風を吐き出す天界製超特大エアコンのお陰で、天界は快適な温度となった。
「だから外界がこんなに暑くなっちゃってる、ってわけ」
ブルーハワイのシロップがかかったかき氷をシャクシャクと食べながら、気怠げに言う自称神様。
どうやら室外機的な物体が誤って人間界の方に露出してしまっているらしく、現在、天界総出で露出部分の穴埋め作業中とのこと。
「……何日くらいで終わりそうです?」
言いたいことは山程有るが、何とか堪えて自称神様に尋ねた。
「ウ~ン、だいたい半月くらいかなぁ?今、ちょっと天使が減っててねぇ、天使手が足りないんだよねー」
天使手って何だよ、と口から出そうになったがグッと喉の奥に引っ込め。
「その熱気って、本来なら何処に行く予定だったんですか?」
ふ、と疑問に思ったことを聞けば、自称神様は溶けて青い氷水になりかけたかき氷を行儀悪く啜ってから言った。
「よくわかんないや。 そういう難しいことは補佐役に全部任せてるからさ」
「こいつ!」と無性に腹が立つのだか後が怖いので、握りしめた拳をテーブルの下で必死に抑えながら深呼吸を繰り返す。
「あ、また暫く家に泊めてくれない?」
テーマ「神様だけが知っている」