花屋の横を通った時、切り花コーナーにミモザを見つけた。
ずっと昔に母に贈ったことを思い出して一束購入する。
春の日だまりのような黄色に、仄かな甘い香り。
ミモザを渡した時の母の嬉しそうな笑顔が脳裏に過ぎった。
卒業と共に家を出てからは母とは殆ど会う機会もなく、広い家に一人住んでいた母。
最後に会ったのは、もう、ただの抜け殻となった母だった。
記憶の中の母よりもずっと小さな身体、パサついた白髪、胸の上で組まれた母の腕は枯れ枝のように細く。
爪には薄いピンクのマニキュアが塗られていた。
静かに眠る母の周りには、たくさんの花が供えられていた。
母は、きっと、幸せだったんだろう。
優しく香るミモザを胸に抱いて、春の柔らかな夕日を浴びながら家路に就いた。
テーマ「たまには」
日頃の感謝を込めて、狩りが下手くそな君にプレゼント。
滅多にお目にかかれない大物が目の前を横切ったから、少しだけ遊んでから仕留めて君の元へ。
パタパタと忙しそうに部屋を行ったり来たりしている君を呼び止めて。
目の前に捕った獲物を落とせば、君は飛び上がって喜んだ。
また、持ってくるからね。
テーマ「大好きな君に」
さよならを言わなければ、別れも辛くないと思ったんだ。
だから、ちょっと散歩に出掛けるように、最愛の君の元から去った。
こんな身勝手な自分のことなんか、キレイさっぱり忘れて、君にはこれからの人生も生きてほしかったから。
でも、今は後悔してる。
きちんと、別れを告げれば良かったと。
「隠れ家」の白い壁を見飽きた頃、君に此処がバレてしまった。
その頃にはもう、終わりがすぐそこまでやってきているのが、自分でも分かる位に弱ってきていて。
筋肉が落ちて上げるのも億劫になった腕を何とか動かして、「隠れ家」に突撃してきた君を肩を優しく撫でた。
君には見せたくなかったんだ、自分のこんな姿を。
テーマ「たった一つの希望」
夕方のラッシュ、ぎゅうぎゅう詰めの息苦しい車内で。
お気に入りの音楽で耳を塞ぎ、ドア横の手摺に凭れかかる。
寝過ごしてしまわないように、窓の外をゆっくり流れていくビル群を欠伸を噛み殺しつつ、ぼんやりと眺めた。
降りる駅まで、あと五駅。
いつもなら夕飯の支度をしているような時間。
だけど今日は少しだけ寄り道、職場の近くにあるショッピングモールを、特に用もなくぶらぶら。
お店に並ぶ美味しそうな惣菜を、ついつい買ってしまいそうになるが我慢した。
君の作った夕飯が待っているから。
ぎゅうぎゅう詰めの車内、キュウ……、と腹が小さく鳴った。
今ごろ夕飯作りにアタフタしているであろう君の姿を思い浮かべながら、空腹を訴える腹を宥めるように撫でた。
テーマ「列車に乗って」
ゆらり、ゆらりと、風に身を任せて私は行く。
特に行く宛は無い、自由気ままな一人旅だ。
心地良い陽の光を一身に浴びて、スキップスキップターン。
クルクル回っても、誰にも文句は言われない。
ここはそんな街。
あはははは、うふふふふ。
陽が落ちるまで私の細やかな旅は続く。
「ハックションッ」
唐突に鼻の奥がムズムズっときて、堪える前に盛大にクシャミをしてしまった。
鼻が喉奥がイガイガして、こころ無しか目も痒いような気がする。
……まさか。
まさか、もう、「奴等」の季節がやって来たのか!?
ツー、と流れてくる鼻水に、「ティッシュはどこだ」と慌ててカバンの中を探った。
テーマ「遠くの街へ」