きれいな黄金色に焼き上がったマドレーヌを、鼻歌交じりにケーキクーラーの上に乗っけていく。
型から取るのに失敗したコをツマミ食……否、味見。
出来たてホヤホヤの熱いマドレーヌを一口嚙った。
こんがりとしたバターが香り、優しいハチミツの甘みの後、爽やかなレモンピールの苦みが口いっぱいに広がっていく。
……思わずもう一つ食べてしまいそうになるが、既のところで堪えて、マドレーヌの粗熱がとれるまで暫し待つ。
マドレーヌが十分冷めたところで、焼いている間に作っておいたアイシングをスプーンで掬ってマドレーヌに丁寧にかけていく。
薄く薄く、純白のアイシングの下の黄金色が透けて見えるくらいに。
艶々のアイシングが乾いていくのを眺めながら、今も仕事に勤しんでいるのだろう頑張り屋な君を想った。
テーマ「世界に一つだけ」
クジラが怖い。
不思議なことに映像だったり実物を見るのは平気。もちろん刺し身も美味しくいただく。
写真だったり静止画だと、頭がおかしくなってしまうのでは、というくらい怖い。
特に海面からマッコウクジラが頭を突き出している画像が。
思わず半ベソかいちゃうくらいだから、相当だと思う。
ググってみたら海洋なんたら恐怖症なんてものが出てきたので、とりあえず画像を見た瞬間、ギュンッと息が止まりそうになった。
ちょっと今、心臓が痛い。
テーマ「胸の鼓動」
もうすぐアナタたちに会える。
ああ、早く会いたい。
わたしが始まった時から、それだけを夢見て、温かな水の中を漂っていた。
アナタたちの声がする、とても優しい声が。
今すぐにでも私はアナタたちの居る世界に行きたいのだけれど。
あともう少しだけ、この中に居ないといけないみたい。
だから、待っててね。
今度は、ちゃんと生まれてくるから。
テーマ「踊るように」
(胎動)
まるで天使。
真っ白いシーツの上、波打ち広がる君の髪が、朝日を浴びてキラキラと輝いていた。
長い睫毛、スッと伸びた鼻梁、静かな寝息、思わず溜め息が漏れる。
かわいい、うつくしい、マジ天使。
サイドテーブルに置かれた君のスマホのアラームを解除しておく。よし、邪魔者は消えた。
こんな機会は滅多にないので、気持ち良さそうに眠る君をスマホのカメラで撮りまくった。
火傷しそうなほどにスマホが熱をもつが気にしない、それ程貴重な君の寝顔。
耐えろ、我がスマホよっ。
まだまだ起きる気配のない君のすぐ側。
ベッドに腰掛けながら、たった今撮った画像をホクホク顔で見る。
ああ、もう、たまらない。
変な声が出そうになるのを堪えていたら、いきなりガバッと上掛けが跳ね上がった。
突然の事に驚く前に、グイと力強く抱き寄せられその上に上掛けが覆い被さり。
薄暗い中、寝起きで不機嫌そうな君の目とかち合った。
……もしかして、起きてました?
恐る恐る聞けば、君は少しだけ口角を上げて頷いた。
テーマ「時を告げる」
君は、とても忙しい人だ。
今朝は日の出前に、仕事だと家を出ていった。
恐らく今夜も帰りは深夜で、食事も適当な店で軽く済ませてくるんだろう。
心配だ、君はもう若くはないから。
口で言ったところで、きっと君には届かない。
「心配し過ぎ、大丈夫、ジムで鍛えてるから」
そう言って、ちょっとだけ困ったような笑みを浮かべる君の顔が、脳裏を過ぎった。
せめて君が職場で倒れないようにと、私はキッチンに立つ。
さて何を作ろうか、君は体格のわりに食が細く、その上、食わず嫌いだ。
仕事中でも簡単につまめるものが良いだろう、君の好きな紅茶に合う焼き菓子を作ろう。
マドレーヌなんて、いいんじゃないかな。
好きだろ?、君。
テーマ「貝殻」