沈んでいく、暗く冷たい水底へ。
水面に煌めく月光は、もはや手を伸ばしたところで届きはしない。
それでも、伸ばそうとした腕は鉛のように重くピクリとも動かない。
こぽり、こぽり、と薄く開いた口から出る小さな泡が、くるくると螺旋を描きながら水面へ昇っていく。
落ちていく、静かな海の底へと。
肺の中の空気を全て吐き出して、たくさんの泡が昇っていくのを目を細めて見つめる。
不思議と、苦しさは感じなかった。
粉雪のように舞い降りるマリンスノーが美しかった。
抱き上げられる感覚に、ぼんやりと目を開ければ君の浅黒い顔が目の前にあった。
ああ、そうだ、デートしてたんだった。
寝起きのたどたどしい口で君の名を呼ぶと、ゆったりとした優しい手つきで頭を、背を撫でられる。
温かい大きな手、甘い薔薇の薫りのする手にあやされて、再び訪れた睡魔に抗うことなく目を閉じた。
テーマ「きらめき」
隣る人となれ。
凍てついた心を解かす、温かな火であれ。
暗い夜道を優しく照らす灯となれ。
大切な者を癒す、隣る人であれ。
テーマ「心の灯火」
かたんかたんと揺れる電車の中、ひっきりなしに鳴るスマホ。
わかってる、100パー君からのメッセージだ。
約束の時間になっても来ないから心配しているのか、それとも怒っているのか。
怒ってるんだろなあ、と君とお揃いのカバーの着いたスマホのボタンを撫でた。
……見る勇気がない。
あと、二駅で待ち合わせの場所に着く。
今日に限ってノロノロと動く電車に、ヤキモキしながら手摺りに持たれて、窓の外を走る電線を眺めた。
テーマ「開けないLINE」
背中に翼なんて生えてないし、魔法だって使えない。
勉強だって運動だって人並みか、それ以下。
趣味とか特技とか、他人に自慢できるようなモノもないし、そもそもお喋りする友達すら居ない。
バイトだって長続きしないでコロコロ変えてて、近場ではもう見つかんなくなってきて隣の県の求人を見てる。
なんで、どうして、こんなことになっちゃったんだか。
夕飯時に母がボヤいた、そんなの僕が一番知りたいよ。ほんと。
あーあ、あの頃に戻れたらなあ。
なんて、思えるような「思い出」も無い。
お先真っ暗な僕の余生、きっとこのまま生き地獄。
テーマ「不完全な僕」
自粛期間中に何故か流行ったあの歌。
リビングのソファに座り、パソコンとにらめっこしている君の目の前で、何とはなしにハミングしてみる。
すぐに君は「懐かしいな」とクスクス笑いながら鼻歌を歌い出す。
アナログ時計の秒針の音をメトロノーム替わりに、ハミングと鼻歌で上手い具合にハモってみたりして。
あの散々な日々を今、こうやって二人で笑いあうことが出来る幸せを噛み締めながら、サビに突入。
キャッチーな最後のあのフレーズはユニゾンして、歌い終わった後で二人してカラカラと笑った。
ホントなんで流行ったんだ、あの曲、と。
テーマ「香水」