トライアンドエラー。
失敗しても、何度でもやり直せる。
結果ではなく、挑戦すること、諦めないことが何よりも大事。
そう、人間ならね。
ぬるま湯に浸かりきった、愚鈍な人間の戯言。
現実は、一度でも失敗すれば“詰み”だ。
軌道修正は、出来ても緩やかな弧を描くような下降線。
でなければ、一気に急降下していき、地に叩きつけられるだけだ。
テーマ「上手くいかなくたっていい」
家の掃除をしていたら、ガレージの奥にボロボロの菓子箱を見つけた。
なんだこれは、と厚く被った埃を払い、黄ばんだセロテープをピリピリと剥がしていく。
手触りの悪くなった紙製の蓋を取ると、箱一杯に大小様々なサイズの写真が入っていた。
一番上は何処かの飼い犬を写したものだった、手にとって暫く眺めていると、ああ、と思い出す。
昔、両親とよく遊びに行った公園の隣にあったカフェの看板犬。
艷やかな純白の毛色の、ほっそりとした大型犬で、生まれて初めて美しいと思った、……気がする。流石にそこまでは思い出せない。
一枚一枚捲っていって、ボロボロの写真に手が止まった。
ハサミで切られた端が折れ曲がり毛羽立ち、所々表面が剥げた、薄いセピア色の写真。
家族写真だった。
父と母の間に、まだほんの子供の私が座っている。
父も母も、私も、幸せそうな笑みを浮かべて。
ああ、あの頃は確かに幸せな時間が流れていた。
何時までも続くと信じて疑わなかった幸せな時間は、しかし、呆気なく終わってしまった。
――ねえ、パパ。
もしも、あのとき、何かしてあげられてたら、この結末は変わっていたのかな。
テーマ「蝶よ花よ」
君の手で終わることを幸せに思う。
首にかかる君の手を、払うことなく受け入れた。
君の琥珀色の瞳から雫が零れ落ちて、私の頬を濡らしていく。
ああ、私のワガママは何時も君を苦しめてしまう。
優しい君の手を感じて、そして口角が上がった。
終わらせてくれ、他でもない君のその手で。
この狂おしい程の怒りを永遠に鎮めて欲しい。
そして、私の居ないハッピーエンドの世界で。
私の事など忘れた君が笑っていてくれればいい。
それだけでいいんだ。
それだけで、私は幸せだから。
テーマ「最初から決まっていた」
眩しい蒸し風呂のような住宅街を通り、噴き出す汗を拭いながら足早に帰宅した。
災害級の暑さも今日で十日目となり、嫌なことだがこの状況にも慣れてしまった。
冷蔵庫にレジ袋をそのまま入れて、代わりにポ◎リを取り出してグビグビ
最近はポ◎リの減りが早いので、ペットボトルだけでなく粉の方もストックしている。
ついでに水も飲んで、軽くシャワーを浴びてからキンキンに冷えたリビングの椅子に腰掛けた。
少し前から居候している神様は、奥の畳の部屋でオンラインゲームでエキサイトしつつも器用に仕事をしていた。
濡れた髪をタオルで拭きながら、窓辺でキラキラと輝きながら低速で回る光輪を眺める。
陽を受けると謎のエネルギーが発生するらしく、それを電気に変えてエアコンとゲーム機を動かしているそうだ。
着脱可能だったのかソレ、と驚いた拍子に昼飯の冷やし中華をテーブルにぶちまけてしまったのが既に半月前のこと。
なんか最近、一日があっという間に終わっていくな……。
少しだけ違和感を覚えつつも、まあ気のせいだろうと思考を放棄し、今日もキッチンで神様の為にキュウリを刻む。
たまには冷やし中華以外の昼飯を食べたい。
テーマ「太陽」
あちらの寺はコーン、こちらの寺はカーン。
向こうの寺はキーン、そして、この寺はケーン。
いやあ、鐘の音というものは全て同じと思っていたが、こうして聴き比べてみると、以外や以外、皆、音色が違うものなのだな。
若様の元服の折、鎌倉に鐘の音を聞いてこい、と仰せになられた時は、主様もお歳を召してとうとう可笑しなことになられてしまわれた、とも思ったが、それもどうやら杞憂だったか。
恐らく、元服なさった若様と鎌倉へ赴き其処で鐘の音を聴きたい、との思いなのだろう。
ならば、爺様の代からの家臣の矜持に懸けて、鎌倉一の鐘の音を探してみせようぞ。
三百程あるという鎌倉の寺一つ一つを廻り、その寺の鐘の音を聴いて、仕えている屋敷に戻る頃には半月が経っていた。
建長寺の鐘の音が、鎌倉一の鐘の音で御座います。
脇息に付いていた肘を滑らせた初老の主人は、頭を抱えて重い溜め息を一つ吐いて、ピシャリと吐き捨てた。
そのカネのネではない。
テーマ「鐘の音」