掌におさまる程の小ぶりな林檎の匂いを嗅ぐ。
秋の夕日を吸い上げたような、真っ赤に染まったその林檎は、雨と土と爽やかな甘い香り、秋の匂いがした。
着物の端でゴシゴシと磨いてからカリリと齧れば仄かな甘みと痺れるような酸味に、頬が縮むように痛んだ。
すっぱいなあ。
林檎を手渡してくれた隣の姉さんの白無垢姿を思い出して、鼻がツンとした。
構わずもうひと齧り、鼻を啜る。
すっぱすぎて、のみこめないや。
夕焼け色の世界がゆっくりと滲んでいった。
テーマ「初恋の日」
私だけの世界。
幾星霜を経て漸く私の元に帰ってきた、私だけの世界。
あと二十四時間で壊れてしまう、美しい箱庭。
汚らしいビル群を白砂に、道路は色とりどりの花が咲く野原に変える。
削り取られた山々が、埋め立てられた湿地帯が元の在るべき姿に戻っていく。
空は七色の光が渦巻き、たくさんの星がチカチカと輝きだす。
その懐かしい風景に自然と涙が溢れた。
崩れゆく愛おしい世界に身を委ねて、穏やかに終わりを待つ。
テーマ「明日世界がなくなるとしたら、何を願おう」
ある日、森の中。
そう、熊さんに出会っちまいました。
森の中、と言っても自分の家の敷地内だが。
出るよ出るよ、と近くに住む伯父さん叔母さんに脅かされて20年、しかし、見たことは一度も無かった。
だから、んなもん庭に居るわけねえべ、と草刈鎌片手に家の裏手、大きな柿の木の下で雑草の駆逐に励んでいたのだが。
目の前のミョウガの草むらがガサガサと揺れて、手で触れられる距離に真っ黒い大きな頭がヒョコっと出てきた。
家で飼ってるシェパード混じりの犬と顔がよく似ていたので、小屋から出てきたのかと思って声をかけようとしたら、ピャッて顔を引っ込めて逃げていった。
ご主人様の顔見て逃げるとはとんだ駄犬だな、と少々苛つきながら雑草を屠っていたら、伯父さん家の犬が聞いたことないくらい激しく吠えだして。
その時になって、今のヤツは……と背筋がゾッと冷えた。
それからは、作業の前に爆竹を鳴らして、ラジオは音量MAX、熊鈴も付けて、ついでにナタを腰からぶら下げている。
ちなみに熊が出現した時、家の犬は納屋に逃げ込んで隅っこで尻尾丸めて縮こまってキュンキュン鳴いてたわ。まったく
テーマ「君と出逢ってから、私は……」
硝煙燻る平原、断続的に鳴り響く銃声。
時折、爆発音の後に大地が揺れた。
誰かのすすり泣く声が聞こえる。
うめき声、助けを求めるか細い声が平原に吹く風に解けていき、やがて消えていく。
焼け焦げた死体がそこら辺の石ころのように転がっていた。
たった数時間前まで名前が有り、なんの変哲もないごく普通の仕事をしていたであろう肉塊が。
尊い命と呼ばれるモノが、ただの数字に成り下がり、変わり果てた大地に打ち捨てられていた。
その遥か上空を何機もの戦闘機が隊列を組んで飛んでいく。
蹂躙は始まったばかりだ、と言わんばかりに。
テーマ「大地に寝転び雲が流れる……目を閉じると浮かんできたのは」
こんな不甲斐ないヤツを最期まで信じて、
愛してくれて、ありがとう。
テーマ「ありがとう」