だいたい、東京―神戸間位の距離。
会おうと思えば、何時でも会える距離。
たったの400キロメートル。
地上ならば。
眼下を流れる青い惑星をぼんやりと眺めた。
たったの400キロメートル、そう言い聞かせて微小重力のなか、今日も任務を完遂した。
あの子は元気にしているだろうか、ちゃんとご飯を食べているだろうか、イジメられていないだろうか。
補修テープの貼られた円形の小窓越しに、青を撫でる。
今は夜だろう、あの子の住む煌煌とした日本列島を待ち望んだ。
テーマ「遠くの空へ」
いつも美味しいごはんをありがとう。
部屋の、おトイレの掃除をしてくれて、ありがとう。
ケガをしたとき、お腹が痛くなったとき、手当てをしてくれて、撫でてくれて、ありがとう。
キライな苦いお薬も、痛い注射も、ありがとう。
つまんないとき、かまって遊んでくれて、ありがとう。
美味しいおやつ、ありがとう、ねぇもっとちょうだい。
寝るときも一緒、ちょっと暑いけど、ありがとう。
あなたと同じ言葉は喋れないけど。
伝えたいんだ。
いっぱい、いっぱい、ありがとう。
これからも、ずっと、ずっと、ありがとう。
テーマ「言葉にできない」
たいして美味しい訳でもないのだが、ツクシが好きだ。
毎年でもないが春、川辺に生えているのを見つけたら一握りほどになるまで摘み、家に持ち帰って食らう。
生では食べない、念の為に言う。
佃煮にして酒の肴にするのだ。
醤油とミリンと形容し難いツクシの味、食感。
遠い記憶の祖父等を真似て日向燗でいく。
そうすると、ツクシのほろ苦い味と共に、じんわりと染み入るのだ。
ああ、また春が来たよ。
テーマ「春爛漫」
ぐっと一歩を踏み出すたび、ぎしりと全身が軋んだ。
それでも構わずにターフを、蹄を叩きつけるように力一杯蹴る。
前へ、前へ、ただそれだけを望む。
背に乗る彼が手綱を引くが、完全に無視して、ミシミシと嫌な音をたて始めた足でカーブに挑んだ。
高速で過ぎていく白いラチが途切れ、最後の坂が見えた。
アレを登ったら、終わりだ。
大きく息を吐いて、口の中の少し不快な金属を噛む、彼はまだ手綱を引いていた。
大歓声に応えるように坂を駆け上がる、後ろからはまだ誰も来ない。
痛みはもうわからなくなっていた。
ゴール板まで、もう少し。
感覚を頼りにキラキラと光る緑の芝の上を走り抜けた。
割れんばかりの大歓声に、誇らしい気分になる。
足の痛みがぶり返してきたが、もう少しだけこの高揚感を味わっていたかった。
テーマ「誰よりも、ずっと」
買い物からの帰り、商店街から一本入った道。
人気のない静かな道、買い物袋の両端を二人で持って歩く。
他愛もない話をして、笑いあって。
この時間がいつまでも続けばいいのに。
異口同音、また笑い声があがった。
坂の上の家まで、二人でヒイヒイ言いながら坂を登る。さすがに買いすぎた。
やっとのことで坂の上、ちょっと曲がった腰を伸ばすと、年寄り臭いと笑われる。
そうだ、年寄りを敬えよ、と買い物袋を押し付けて小走りで家路を行く。
まだまだ夏は遠く、ひんやりと冷たい風が吹いて、くしゃみが一つ出ていった。
テーマ「これからも、ずっと」