毎日、毎日、ちょっとしたウソをつく。
うれしい、たのしい、すごいね、おめでとう。
本当は、これっぽっちも思っちゃいない。
妬ましい、羨ましい、アイツだけ、ワタシだけ。
本音を包み隠して、優しいウソで塗り固めて。
その重い鎧に、いつか押しつぶされてしまうのではと、恐々と今日もウソを積み重ねる。
そうして本当の自分も忘れて、騙して、どうにかこうにか、人並みに人間をやっていく。
テーマ「エイプリルフール」
はじめましては赤ん坊のとき。
お母さんに抱きしめられて、君は眠っていた。
すやすやとしあわせそうに。
小さくて、どうしてしまおうかと思ったよ。
つぎは、七五三のとき。
かわいい着物姿、家族皆に慈しまれて少々ワンパクだった。
貰おうとしたけど、取らないでとお願いされたから我慢した。
大学受験の合格をお願いされたときは、困ったけれど、ちゃんと合格できて良かったね。
それは、君の実力だよ。
成人式の振り袖、綺麗だった。
もう立派なレデイなんだから、大口開けて笑っちゃだめだよ。
てっきり、もう来ないと思っていたよ。
振り袖も綺麗だったけど、角隠しも似合っているね。
泣かないで、笑って。
今日は、とっても嬉しい日なんだから。
はるか遠くに居る君の、幸せを祈っているよ。
ここで、ずっと。
テーマ「幸せに」
大好きな君が、なんだか元気がないような気がした。
ただいま、と帰ってくるなりソファに突っ伏し動かない君に、おかえりなさい、とフサフサの身体を擦り寄せる。
たいていのばあい、これでご機嫌になる君が今日は無反応。
滅多にしない頭突きも披露するが、これまた無視。さすがにしんぱいだ。
ゴロゴロと喉をならして、背中にゆっくりと乗っかって、ふみふみとマッサージをする。
そして、どうしたのと鳴けば、ようやく君は少しだけ笑ってくれた。よかった。
背中から退くと、上体を起こした君が優しい手つきで下顎をワシャワシャと掻いてくれる。
お返しに手の甲をなめる、ちょっとへんな味がするけど。
そのまま、ソファでコロンコロンと寝返りを打ちながら、両前足の指を広げ、しかし爪は出さないように肉球を見せつける。
この状態で指先だけをクイッとする、君が一番よろこぶ仕草。
これをすると顔面がだいぶ、おかしなことになっているけど、たぶん君は気づいてないだろう。
ネコってタイヘンなのさ。
テーマ「何気ないふり」
栗毛のキレイな仔だった。
バカみたいに寒い冬の、嵐の夜に産まれた。
白い湯気の立つ濡れた肢体が、白熱球の淡いオレンジの光に照らされて、ピカピカと輝いていた。
美しい仔だった。
金色のたてがみを靡かせて仲間と共に草原を駆ける様は、まるで絵画から飛び出てきたかの如く優雅でどこか気品が感じられた。
気の強い仔だった。
目一杯に地を蹴り、時には噛みついて、相手を追い抜き、誰よりも前を走る。
自分よりも大きい相手にも果敢に挑む姿は、さながら猛獣のようだと思った。
人が大好きな仔だった。
大歓声の中、青々とした芝の上を金色の光となって駆け抜けた。
とても賢くて優しくて美しい仔だった。
何度も何度も歓声が上がり、それに答えるように首を上下し、跳ねるように軽やかに駆ける。
あの日の美しい輝きが今も目に焼きついて離れない。
テーマ「ハッピーエンド」
早朝の地下鉄の、暗っぽい車両。
始発の、まだ乗客の少ない、その電車に乗る。
朝帰りの少々草臥れた会社員が、朝まで遊んで家に寝に帰る若い子が、これから会社に向かうスーツ姿の人が、疎らに乗っていた。
ガタンゴトン、ガタンゴトン、規則正しい音と微かな揺れを感じながら、小説を読む。
暑くもなく寒くもない空調、温かくフカフカとした座席、そして静かな車内。
忙しい社会人のちょっとした贅沢トップ10、くらいには入りそうだと、心の中で笑った。
電車が停まり、軽快な電子音とともにドアが開くと冷たい空気がサア、と吹き込んでくる。
肌寒さに身動ぎしていると発車ベルが鳴り、ややあってからドアが閉まった。
駆動音とともに、ゆっくりと動き出す電車。
寒さもなくなり、小説に集中する。
中々に面白く、頁を捲る手が止まらない。
暫くして、ふと、視界の隅の隅に。
何かがいた。
小説の紙面を見ながら、何気なくソレに目をやる。
赤茶けたボブヘア、白地にカラフルな花柄のワンピースを着た女が俯いて、フラりフラりと通路を歩いていた。
なんだ酔っ払いか、とまた小説に集中する。
あと、何駅かで会社の最寄り駅に着く。
読んでいた頁に栞を挟んで鞄にしまい、頭を上げる。
目の前にさっきの女がいた。
首の皮一枚繋がって胸元にまで垂れ下がった頭、ボブヘアだと思っていたのは切れた首から捲れ上がって頭頂部付近で裂けていた皮だった。
女の顔がこちらを向き、ニタリと口角を上げた。
女と見つめ合う形になり動けず、背中から冷や汗が止まらない。
その時、連結部の扉を開けて、カラフルでダボダボの服を着た見るからに輩な男が二人、騒音のような笑い声とともに入ってきた。
ドカンドカンとロングシートを二人で独占し、頭上に吠え叫ぶわ、下ネタを連呼するわ。
女の顔がソチラに向いたスキをつき、閉まりかけた扉から隣の車両に逃げ込んだ。
タイミングよく開いたドアから駅のホームに飛び出る。
女が追いかけてきませんようにと願いながら、足早に階段を上がり改札を通り抜けた。
テーマ「見つめられると」