君は強くなって帰ってきてくれた。
私もこの世界との縁が強くなった。
これからもよろしく頼むよ
ある審神者の日記より抜粋
吹き荒ぶ雪の中、彼は私が冷えないようにと抱きしめ、外套で包んでくれた。流れ落ちる血が暖かくて、苦しそうに呻く声が心を抉った。
それでも私を慰めようと頭を撫で、背中を擦ってくれた。大きくて、温かい手だった。
夜が更けて、彼の体が段々と冷たくなる。
彼は私の手に刀を握らせた。今は亡き彼の親友の遺品を、この刀の行く末を私にするというのだ。
「すまない、ドクター……この“降斬”を、貴女に託す」
将軍は咳き込み、吐き出された血が首筋に付いた。
「貴女の献身に、感謝する……そして、頼みがある。顔を、一目見せてほしい」
血を流し痛みに呻きながらも、彼は真っ直ぐに私を見つめた。マスクとフードを外せば、冷たい空気が肌を突き刺す。
「あぁ、なんと、美しい……」
手袋を外した手は、強く、硬く、武人の様で。頬に添えられた手に、自分のを重ねれば彼は微笑み返してくれた。
鼻先が擦れる距離だと気が付いたときには、唇を奪われていた。
「xxxxx、貴女を愛している」
私から唇を重ね、溢れた血を舐め取った。
「私もだよ。ありがとう、ヘラグ」
昼時の暖かな陽射しに眠気を誘われて、意識は夢の中に深く潜った。
捻れ交わる不安定な世界を彷徨い歩き、不安に心を押し潰されたその時──
「!」
意識は浮上する。引っ張られ、戻って来たときは黄昏の空が広がっていた。
毛布代わりの上着と背中越しの体温が
心地良くて、身を委ねることにした。
大けな声を出いてしもうた。けんど、主は命に代えても守るべき存在や。
「吉行を選んで良かったよ」
顔に熱が集まって、どこからとものう桜の花弁が落ちてきた。
「少しの間、目を瞑ってくれる?うん、ありがとう。ちょっと待ってて」
怖いけんど、主の言うことなら従うほかない。みぞうも長い闇の中で、微かな吐息と布が擦れる音がした。
「お待たせ。もう開けてもいいよ」
目を開けたわしの前に立っちょったのは、素顔の主やった。背に月明かりを受けて、髪と目の白さが際立っちょって、声を出すことを忘れてしもうた。
「顔に出るタイプなのはわかっていたけど、そこまでとはね……」
「いや、あんまりにも綺麗やったき……もっとよう見してくれ」
頬に手を添え、左目を隠す前髪を梳く。
一見すると白金に見えるが、間近で見れば薄く榛色が滲んでいる。
「面白い目やねや」
「そう言ってくれて嬉しいよ。誰かに素顔を見せるなんていつぶりかな……」
「おんしは政府の役人の前でもそれを外さざったもんな」
「あはは……いや、ちょっと怖くて」
「そうか。その、わし以外に顔を見しちゃあせんのか?」
「うん。でも、ずっと前は外していたけど……知ってる人はもういないさ」
その言葉を聞いた瞬間、やちもない感情が湧いて出る──この素顔を、他の誰ぞに見してほしゅうない。
「大丈夫だよ。目元は出すことになるけど、こうやって見せるのは吉行だけだよ」
「げに?」
「うん。分霊とはいえ、君も神様の一柱でしょ?」
主は薄う笑みを浮かべた。
この気持ちを見透かすように。
「戻ろうか。ココアを淹れてあげるから、暖かくして寝よう」
「あぁ……」
風吹けば飛ばされそうな彼女なのに、わしの手を引く姿が頼もしゅう思えた。
2024/01/25・安心と不安
「許されるがなら、素顔を見してほしい」
意を決して、主にそう切り出いた。面の下で、どんな顔をしちゅーろう。
冷たい風の通り過ぎる音だけが聞こえた。
わかってはおる、まだ信頼が足らんのだと。
弱みを見せるだけの相手にはなっちゃあせんと。ほんでも、教えてほしい。不安になってしまうき。突然の別れだって、あり得る世界やき。
やけんどこりゃわしの我儘や。
それに、外せん理由もわかってしもうた。
人には知られたくない事があるし、それを暴くがは無粋や。
「ごめん、無理を言うてしもうて。ほんじゃあきに、今の話は──」
最後まで言う前に、主が口を開いた。
「吉行、ありがとう」
優しい声だった。
「君の不安は当然のものだ。だけど、ここまで不平をこぼさず、私の傍に居てくれた。それだけじゃない。自分の命も顧みずに助けてくれたのも……ね」
「そりゃ男士として当然のことや、間に合わざったら、わしゃ…………すまん、続けてくれ」
「君と、その主のことを調べさせてもらった」
心の中を覗かれちゅーような、そがな気持ちになる。
「戦いとは理不尽なものだよ。大切なものを奪い、壊していく」
息を吐いたのか、肩が微かに揺れた。
「吉行、君にとって私はどういう存在だ?」
「守るべき主や。あの時とは違うがやき!」
※未完、もしかしたらpixivに続き載せるかも
2024/01/25・逆行