ぐにゃりと視界が歪む。受け身を取ることも出来ずに、身体の軸は後ろへと傾く。
アスファルトの上に投げ出される──恐怖と覚悟で目を瞑った。
「……?」
恐る恐る目を開けてみると、柔らかな新雪に体を受け止めてもらっていた。安心感で緊張が解け、力が抜けた。
暁の空、夜の濃紺を朝の朱色が塗り替えていく。
雪が降り始めても、立ち上がるだけの力が入らない。それに、雪の感触が心地良いと感じていた。このまま降りしきる雪に包まれて、永遠の眠りにつくのも悪くはない。
眠気がゆっくりと体に覆いかぶさってきて、瞼の動きが緩くなっていく。
「大丈夫か」
彼の声がする。心地の良い低音。
私の体についた雪を払い落とし、起き上がらせるために手を差し出してくれた。
「!」
そんな彼の手を握って、私の方へ引きずり込む……が、思ったより動かなかった。彼は驚きつつ、ゆっくりと私を抱きしめてくれた。
「このまま、雪に包まれて眠ってもいいかなって」
「あぁ、それはそれで、綺麗だろうな。だが……それは、今じゃない」
ゆっくりと、はっきりと、彼は言葉を続ける。
「心配したんだ……ダメじゃないか、こんな時間に、一人で出歩くなんて」
覗き込む目には、怒りではなく憂いを帯びていた。私がいることを確かめるように、彼は頬を撫でてくれた。
謝罪の言葉を口にすると、彼の表情は柔らかくなって、言葉も声もより優しくなっていく。
「でも、雪に包まれてる姿も……すごく綺麗だった」
頬が熱くなって、声も少しうわずってる。
「███たちからすれば、人間も雪と同じようなものなのかなって……どんなに技術が発展しようと、私達の命に限界は存在するんだよ」
「そう、だな……否定はしない。だけど、今の私は、お前と同じ人間だ……これが終わるときまでは、この身体で共に生きていく」
軽々と抱え上げられ、視界が揺れる。
夜明けだ。雪が太陽の光を反射して、更に輝きを増している。
「写真撮ってもいい?」
「あぁ、携帯はここにある」
「持ってきてくれたんだ、ありがとう」
目を細める彼にカメラを向け、銀世界と一緒に収めておいた。
「……満足したか?あとで覚えておくんだな」
「えっ」
「酷くなる前に帰るぞ。危ないから不用意に動くな」
雪景色の外から一転、見慣れた寝室へと飛ばされる。服も着替えた状態になっていた。
ゆっくりとベッドの上に降ろされる。
それも、彼が寝ていた方に。
「芯まで冷えきっている。ん?私なんかで温まるわけが……全く、どこまで私を振り回せば、気が済むんだ」
眠ってしまった彼女に声は届かない。
人間は脆く儚い。死に深く関わる彼はそれをよく知っている。この身体を与えられてからはなおさら。
「本当に真っ白だったな……。そこまでして、彼女は見たかったのか?」
雪に身を沈めていた彼女の顔は、気持ちよさそうで、本当に幸せそうだった。
「流石に外には出られないが……ふむ、鍋でもつつきながら眺めるのも、いいかもしれないな」
『暁雪の戯れ』
お題
「雪」
彼女に猫耳と尻尾が生えた。
今はこたつでみかんを食べている。
「ねこちゃん」
「にゃっ」
器用に皮を剥いている。私の分も用意してくれて、一緒に食べている。
顔には出ていないが、尻尾を揺らしながら美味しそうに食べていて、すごく可愛い。
お題
「君と一緒に」
「私がプレゼントだ」
ベスタは吹き出してしまった。彼はこんなことをする人ではなくて、どこでそんな知識を仕入れたのか気になってしまった。
「まぁ、そんな冗談はさておき、ちゃんとプレゼントも用意したんだ。受け取ってはくれないか?」
差し出した箱を開けた彼女の反応は──
お題
「プレゼント」
芯まで冷えた体。湯船に浸かると、血の巡りが良くなるのが感じられた。
年末年始と、類を見ない程の寒波が重なり、想像以上の仕事が立て込んでいた。移動都市の性質上、街と街を跨ぐのも簡単ではなく、連絡を取り合いながらなんとか配達を終えた。
「ゆず湯だっけ……すごくいい匂いだし、いつもより温かい、かも?」
「ネイもそう思う?」
「うん……って、ジル、なんでいるの?!」
背後に彼がいた。気持ちよさそうに耳を畳み、私を抱き寄せてくつろいでいる。
「潜伏してたんだ。すごいだろ?」
「すごいけど!びっくりするから本当にやめてね……」
「ごめんごめん。でもほら、今日で仕事納めでしょ?そう思うと興奮しちゃってさ」
心の底から楽しそうに笑っている。だいぶ落ち着いてきたんだな、と私は安心した。
「お疲れ様、よく頑張ったね。上がったらマッサージしてあげるよ」
『労いの湯』
お題
「ゆずの香り」
鏡の向こうの「自分」が言っていた。
「僕たちはいつか会えると思うんだ」
電線に連なるカラスたちは隊列を組んで遠くの空へ飛び立って行った。
深く息を吸う。山々が聳え立っている。
私と、彼は何を以って隔てられているのだろうか。
思考がめぐる中で、鳥が田んぼを歩いているのを見つけた。遠くから伺い、飛び立つその瞬間を──捉える。
シャッター音が響く。
カメラロールには、夕陽に向かって、優雅に翼を広げる一羽のサギが収められていた。
「……」
何が私と彼を隔てているのだろうか。
今はわからない。しかし、仰ぎ見る空に終わりがなく、目に映す青が同じなのは確かだ。
『染まりゆく瞳』
お題
「大空」
【ouroboros】