「……呼んで、私のこと」
身を擦り寄せてくる彼女を撫でながら呼ぶ。
「ネイ」
「ん……!」
尻尾がふよふよと揺れる。目を細めていて気持ちよさそうだ。
こういうときは理由を聞くようなことはしない。
心の中で燃える嫉妬心を彼女には知られたくないから。
『Who's calling?』
お題
「何でもないフリ」
何を以て仲間とするのか。
自分の種族か、出身か?
同じ組織に身を置くことか?
その志を共にするものか?
背を預けられることか?
少なくとも、仲間というものは一人では成し得ないものを完成させるためには必要である。
これが私の結論だ。
『仲間とその意義に関する断片』
お題
「仲間」
※50♡ありがとうございます。ある程度たまってるのでべったーなどに過去作まとめ挙げます。
「寒くなってきたな。今日の晩ごはんは何にしようか」
「温かいものがいいよね。パイシチューとかどう?」
「美味しそうだな。一緒に作ろう」
フェリーンとクランタ。彼らは種族も出身も違うが、再びひとつ屋根の下で暮らしている。再会するまでに、様々な出来事と長い時間が経ってしまったが、二人はまたこうして家族になれた。
「いっぱい買っちゃった……」
「はは、そうだな。ネイ、それをこっちに」
ジルは彼女から荷物を受け取り、右手を差し出す。彼にとっては当たり前のことになっていた。
「いつもごめんね、ジル」
「いいんだ。俺は騎士であり、お前の従者でもあるから」
彼は今でも後悔し、それを恐れている。
また彼女と離れてしまえば、次は二度と会えないと。それだけは絶対に避けたい。
「ネイ、俺から離れるなよ」
「もちろんだよ、ジル」
決して叶わないと思っていた当たり前の日常。何気ない会話も、手のぬくもりも、壮絶な過去の上に成り立っている。
だが、彼らはそれを微塵も感じさせない。
寒空の下、二人は尻尾と耳を動かす。
隠せない喜びと共に、彼らは家路につく。
『いつか見た夢の続き』
お題
「手を繋いで」
彼は「自分」だ。
鏡写しとは違うけれども、彼は確かに私だ。ネクタイとリボン、スラックスとスカート、性別が違うだけで、顔立ちは一緒だ。
どう話を切り出せばいいか悩んでいたら、彼の方から口を開いた。
「驚くのも当然だろうね、僕もそうだし。とにかく、僕がここに来たのもなにか理由があるかもしれないし……なかったらなかったで、その時に考えようか」
「そう……だね」
よく口が回る。とめどない思考の渦を彼は口に出して整理するタイプなのだろう。私は書き出す方が好きだ。
「それはそうと、性別が違う自分を見てどう?僕は面白いと思うけど」
「ええ……?まぁ、同じかな」
「ね、そう思うでしょ?」
楽しそうに笑う彼は、部屋の主のようにくつろぎ始めた。当たり前のように振る舞うせいで気が付かなかったが、流石に見逃せなかった。
「仮にも初対面の女の子の部屋なんだよ?こう、もうちょっとさ、ね?」
「四捨五入したら同一人物でしょ?ほら、課題片付けてあげるから許してよ」
「ゔっ……理系教科を人質に取るのは卑怯でしょ」
結局任せてしまった。
慣れてくればちょっと癖のある自分として見られるようになったし、悪くないと思えてきた。得意教科とか、利き手は正反対。性格はそこまで極端に反転していなかった。
得意なことがはっきりしてるから分担もうまく行ったし、互いの意見をすり合わせるのも割と楽だった。
「手伝ってくれてありがとう。助かったよ」
「いいよ、僕は君でもあるし」
自室で二人で好き勝手してた。
話の続きを書いていると、背後になにか気配がする。
「!?」
「進捗はどう?僕はいい感じ。ほら」
「綺麗だね……って、ねぇ、これ、何かの小説とか参考にした?」
「うん、ちょっと君の話を借りたよ。題材として面白かったし」
「まって、これ、おもてにだしてない」
掠れて汚くなるのが嫌だからボールペンで書いた。よく間違えるから修正も追いつかなくて……しかも自分がわかればいいからと、かなり癖字で書いていたやつ。
「記憶のかなり奥にしまってたみたいだもんねぇ。どんな媒体にも打ち込まれてないし」
字の時点で終わりを悟ったのに、しっかりと内容まで読まれている。
ちょっと、いや、かなり刺激の強い内容だから恥ずかしいどころの話じゃない。
「……嫌じゃないの?自分がこんなことの題材に使われて」
「僕は平気だよ……それより、申し訳ないことをしたね」
「え?」
「君の世界に土足で上がり込むようなマネをした……と言えばいいかな」
ゴミ箱という文字が、彼の作品に重なるように出てきた。触れようとした瞬間に、手首を掴んでいた。
「え?」
「その……消さないでほしい。絵柄も動きがあって綺麗だし、自分の話がこうやって描いてもらえることないから、とても嬉しいよ」
「そっか……ありがとう。でも、怖い思いをさせたことは謝らせてほしい。本当にごめんね」
「大丈夫だよ、だから、気にしないで」
重たい沈黙が流れる。互いの作品が、存在が同時にあることが不思議に思えてきた。
彼と私は同じ存在なのかもしれない。
だけどそこに互換性はないし流れる血も歩んできた歴史も全く違う。
「あぁ、わかった」
「んん?」
いつの間にか手を繋がれていたが、それは気にしない。勝手にマッサージし始めてるし。
彼と私は、形や方法は違えど創作に関わっている。表に出すことはあまりないが、自分だけの世界を持っている。
「文と絵だけでも違うからね。全部同じになるわけない。というか手が冷たすぎる……暖かくしときな?」
「ありがとう、と言いたいけど勝手に触るなんて……」
「いやだって我ながらもちもちだし、描くときの参考になるかなって」
好きにさせていたら保湿クリーム塗り込み始めた。
「楽しい?」
「うん。すごく楽しい、興奮する。冷たい目で見てるけどさ、次の作品の構想練ってるでしょ?」
「まぁそうだけどさ、もう少しこう、異性に対する配慮というものをね……うわっ!?」
「指先冷たかったのに、こんな温かいとか……しかも全身やわらかいし」
セルフハグの定義には当てはまらないだろうけど、彼の言葉を借りるなら四捨五入したら自分だ。
「大丈夫だよ。君はこのままでいい」
雨の音と、彼の声が耳に優しく馴染んでいく。撫でる手が心地よくて、自分のすべてが溶けていく。
手放したくはないけど、それは叶わないこと。いつか終わりが来るからこそ、この関係が甘美なものになる。
「帰らなきゃダメなんだよね……寂しいね」
「僕もだよ。君と会えて本当に良かった。楽しい時間を過ごせた……ありがとう」
自分と自分が交わる。まだ想像力に現実的という枷がなかった、幼いときに書いていた話。
元のシナリオとは大きく変わってしまったけど、「自分」にとって満足がいくものになることは間違いない。
「……僕はまた来るよ。君と一緒に、良い作品を生み出したいから。おやすみ、ゆっくり休んでね」
鏡の向こうに吸い込まれた彼は、微笑み、手を振ってくれた。
『ウロボロスの輪』
お題
「逆さま」
眠れないほど想いを募らせる夜は、家を抜け出して彼に会いに行く。
真っ白な街の中、彼の家は隠れるようにひっそりと建っている。だから、普通の人なら迷子になってしまう。
2回ノックをすると、彼が顔を出してきた。
「ナル?」
「ごめんね。どうしても……」
顔や尻尾に出ていたのか。上がって、と彼に言われるままに家の中へと吸い込まれる。残った仕事を片付けていたのか、書きかけのノートがテーブルに置かれていた。
邪魔してしまったか。申し訳ないけども、それ以上に帰りたくない。
「こっちおいで」
彼の隣に座ると、優しく頭を撫でてくれた。耳も尻尾も動いてるだろうし、頬も緩みきってる。隠すつもりはない、それだけ彼に心を許しているのだから。
「ナル」
「にゃっ……じゃなかった、何?」
「呼んでみただけだよ」
「ええ?」
困惑するけど、嬉しいことには変わりない。本名を明かしている数少ない相手だし、こうしていると独り占めしているみたいな気持ちになる。
ぐにゃりと尻尾が曲がる感触がする。
「あらあら……」
いつの間にか彼の腕に尻尾を巻き付けていた。流石にこれは予想していなかったし、慌てて離そうとしても取れない。
「そんな無理して取らなくていいよ。痛いだろうし、僕も嬉しいから……あぁ、こうすれば良かったね」
正面から抱きしめられる。守られているみたいで安心するけど、眠れるかと聞かれればそうでもない。かえって寝れなくなった。
「お疲れさま。いろいろ大変だったね……よしよし」
「んん……」
喉が鳴る。彼とはそれなりに長い付き合いがあるが、ここ最近は特に距離が近付いているように感じる……寂しさがそう思わせてるだけかもしれないが。
あの指揮官さえいなければ、彼女がすべてを捨てることはなかったのに。自分のことのように怒りが湧き上がってくる。
そして、まだアレに従わなければならない。
だから本艦では眠れない。
「帰りたくないんだね。同じこと考えてくれてよかった」
「う……そうしたいけど」
言わせておけばいい、と言う彼に権力の片鱗を見せつけられながら、納得し、彼の頭を撫でておいた。
光輪の間に手を挟む形になったけど、違和感とかあるのかな。
「眩しかった?」
「慣れた。というか撫でられて不快感とかないの?」
「ないかな?消せないのが不便だけど……ナルが真っ暗じゃないと嫌がるし」
真っ暗かつ狭いところじゃないと眠れない。我ながら難儀な体質だ。でも、こうやって彼の腕の中でならよく眠れそうな気がしてきた。
「くぁぁ……あくびでた……」
「出てるね、眠くなってきた?」
「かもしれない……」
彼は優しい。声も手付きも、人柄も。
一緒にいて安心するし、こうやって甘えたくなる。
「ナルは可愛いね」
「……それはない」
「可愛いよ。耳とか尻尾とか動いてるし……こうやって素直に甘えてくれて嬉しい」
恥ずかしくなって思わず目をそらす。彼の胸に顔を埋めて逃げ切れたつもりだった。
「ナル……かわいいよ、大好き」
耳元でそう囁かれる。かかる息がくすぐったい。びくりと全身が震えて、彼が更に強く抱きしめてきた。
「私も大好きだよ、ゼル」
「ふふ、ありがとう」
波に揺られるような感覚の中で、彼の声だけが聞こえる。
それも少しづつ遠くなって──。
「おやすみ、ナル。いい夢を」
彼女が静かに眠れるように、心穏やかに過ごせるように。
『全て忘れて、塗り替えるために』
お題
「眠れないほどに」