Morris

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彼は「自分」だ。

鏡写しとは違うけれども、彼は確かに私だ。ネクタイとリボン、スラックスとスカート、性別が違うだけで、顔立ちは一緒だ。
どう話を切り出せばいいか悩んでいたら、彼の方から口を開いた。

「驚くのも当然だろうね、僕もそうだし。とにかく、僕がここに来たのもなにか理由があるかもしれないし……なかったらなかったで、その時に考えようか」
「そう……だね」

よく口が回る。とめどない思考の渦を彼は口に出して整理するタイプなのだろう。私は書き出す方が好きだ。

「それはそうと、性別が違う自分を見てどう?僕は面白いと思うけど」
「ええ……?まぁ、同じかな」
「ね、そう思うでしょ?」

楽しそうに笑う彼は、部屋の主のようにくつろぎ始めた。当たり前のように振る舞うせいで気が付かなかったが、流石に見逃せなかった。

「仮にも初対面の女の子の部屋なんだよ?こう、もうちょっとさ、ね?」
「四捨五入したら同一人物でしょ?ほら、課題片付けてあげるから許してよ」
「ゔっ……理系教科を人質に取るのは卑怯でしょ」

結局任せてしまった。
慣れてくればちょっと癖のある自分として見られるようになったし、悪くないと思えてきた。得意教科とか、利き手は正反対。性格はそこまで極端に反転していなかった。
得意なことがはっきりしてるから分担もうまく行ったし、互いの意見をすり合わせるのも割と楽だった。

「手伝ってくれてありがとう。助かったよ」
「いいよ、僕は君でもあるし」

自室で二人で好き勝手してた。
話の続きを書いていると、背後になにか気配がする。

「!?」
「進捗はどう?僕はいい感じ。ほら」
「綺麗だね……って、ねぇ、これ、何かの小説とか参考にした?」
「うん、ちょっと君の話を借りたよ。題材として面白かったし」
「まって、これ、おもてにだしてない」

掠れて汚くなるのが嫌だからボールペンで書いた。よく間違えるから修正も追いつかなくて……しかも自分がわかればいいからと、かなり癖字で書いていたやつ。

「記憶のかなり奥にしまってたみたいだもんねぇ。どんな媒体にも打ち込まれてないし」

字の時点で終わりを悟ったのに、しっかりと内容まで読まれている。
ちょっと、いや、かなり刺激の強い内容だから恥ずかしいどころの話じゃない。

「……嫌じゃないの?自分がこんなことの題材に使われて」
「僕は平気だよ……それより、申し訳ないことをしたね」
「え?」
「君の世界に土足で上がり込むようなマネをした……と言えばいいかな」

ゴミ箱という文字が、彼の作品に重なるように出てきた。触れようとした瞬間に、手首を掴んでいた。

「え?」
「その……消さないでほしい。絵柄も動きがあって綺麗だし、自分の話がこうやって描いてもらえることないから、とても嬉しいよ」
「そっか……ありがとう。でも、怖い思いをさせたことは謝らせてほしい。本当にごめんね」
「大丈夫だよ、だから、気にしないで」

重たい沈黙が流れる。互いの作品が、存在が同時にあることが不思議に思えてきた。
彼と私は同じ存在なのかもしれない。
だけどそこに互換性はないし流れる血も歩んできた歴史も全く違う。

「あぁ、わかった」
「んん?」

いつの間にか手を繋がれていたが、それは気にしない。勝手にマッサージし始めてるし。
彼と私は、形や方法は違えど創作に関わっている。表に出すことはあまりないが、自分だけの世界を持っている。

「文と絵だけでも違うからね。全部同じになるわけない。というか手が冷たすぎる……暖かくしときな?」
「ありがとう、と言いたいけど勝手に触るなんて……」
「いやだって我ながらもちもちだし、描くときの参考になるかなって」

好きにさせていたら保湿クリーム塗り込み始めた。

「楽しい?」
「うん。すごく楽しい、興奮する。冷たい目で見てるけどさ、次の作品の構想練ってるでしょ?」
「まぁそうだけどさ、もう少しこう、異性に対する配慮というものをね……うわっ!?」
「指先冷たかったのに、こんな温かいとか……しかも全身やわらかいし」

セルフハグの定義には当てはまらないだろうけど、彼の言葉を借りるなら四捨五入したら自分だ。

「大丈夫だよ。君はこのままでいい」

雨の音と、彼の声が耳に優しく馴染んでいく。撫でる手が心地よくて、自分のすべてが溶けていく。
手放したくはないけど、それは叶わないこと。いつか終わりが来るからこそ、この関係が甘美なものになる。

「帰らなきゃダメなんだよね……寂しいね」
「僕もだよ。君と会えて本当に良かった。楽しい時間を過ごせた……ありがとう」

自分と自分が交わる。まだ想像力に現実的という枷がなかった、幼いときに書いていた話。
元のシナリオとは大きく変わってしまったけど、「自分」にとって満足がいくものになることは間違いない。

「……僕はまた来るよ。君と一緒に、良い作品を生み出したいから。おやすみ、ゆっくり休んでね」

鏡の向こうに吸い込まれた彼は、微笑み、手を振ってくれた。

『ウロボロスの輪』

お題
「逆さま」

12/7/2022, 9:59:10 AM