眠れないほど想いを募らせる夜は、家を抜け出して彼に会いに行く。
真っ白な街の中、彼の家は隠れるようにひっそりと建っている。だから、普通の人なら迷子になってしまう。
2回ノックをすると、彼が顔を出してきた。
「ナル?」
「ごめんね。どうしても……」
顔や尻尾に出ていたのか。上がって、と彼に言われるままに家の中へと吸い込まれる。残った仕事を片付けていたのか、書きかけのノートがテーブルに置かれていた。
邪魔してしまったか。申し訳ないけども、それ以上に帰りたくない。
「こっちおいで」
彼の隣に座ると、優しく頭を撫でてくれた。耳も尻尾も動いてるだろうし、頬も緩みきってる。隠すつもりはない、それだけ彼に心を許しているのだから。
「ナル」
「にゃっ……じゃなかった、何?」
「呼んでみただけだよ」
「ええ?」
困惑するけど、嬉しいことには変わりない。本名を明かしている数少ない相手だし、こうしていると独り占めしているみたいな気持ちになる。
ぐにゃりと尻尾が曲がる感触がする。
「あらあら……」
いつの間にか彼の腕に尻尾を巻き付けていた。流石にこれは予想していなかったし、慌てて離そうとしても取れない。
「そんな無理して取らなくていいよ。痛いだろうし、僕も嬉しいから……あぁ、こうすれば良かったね」
正面から抱きしめられる。守られているみたいで安心するけど、眠れるかと聞かれればそうでもない。かえって寝れなくなった。
「お疲れさま。いろいろ大変だったね……よしよし」
「んん……」
喉が鳴る。彼とはそれなりに長い付き合いがあるが、ここ最近は特に距離が近付いているように感じる……寂しさがそう思わせてるだけかもしれないが。
あの指揮官さえいなければ、彼女がすべてを捨てることはなかったのに。自分のことのように怒りが湧き上がってくる。
そして、まだアレに従わなければならない。
だから本艦では眠れない。
「帰りたくないんだね。同じこと考えてくれてよかった」
「う……そうしたいけど」
言わせておけばいい、と言う彼に権力の片鱗を見せつけられながら、納得し、彼の頭を撫でておいた。
光輪の間に手を挟む形になったけど、違和感とかあるのかな。
「眩しかった?」
「慣れた。というか撫でられて不快感とかないの?」
「ないかな?消せないのが不便だけど……ナルが真っ暗じゃないと嫌がるし」
真っ暗かつ狭いところじゃないと眠れない。我ながら難儀な体質だ。でも、こうやって彼の腕の中でならよく眠れそうな気がしてきた。
「くぁぁ……あくびでた……」
「出てるね、眠くなってきた?」
「かもしれない……」
彼は優しい。声も手付きも、人柄も。
一緒にいて安心するし、こうやって甘えたくなる。
「ナルは可愛いね」
「……それはない」
「可愛いよ。耳とか尻尾とか動いてるし……こうやって素直に甘えてくれて嬉しい」
恥ずかしくなって思わず目をそらす。彼の胸に顔を埋めて逃げ切れたつもりだった。
「ナル……かわいいよ、大好き」
耳元でそう囁かれる。かかる息がくすぐったい。びくりと全身が震えて、彼が更に強く抱きしめてきた。
「私も大好きだよ、ゼル」
「ふふ、ありがとう」
波に揺られるような感覚の中で、彼の声だけが聞こえる。
それも少しづつ遠くなって──。
「おやすみ、ナル。いい夢を」
彼女が静かに眠れるように、心穏やかに過ごせるように。
『全て忘れて、塗り替えるために』
お題
「眠れないほどに」
12/6/2022, 9:21:27 AM