この長く続く雨が、俺の罪を、全て洗い流してくれる。
はじめはそんなくだらないことを、期待してたんだっけな。
「なぁ。もう、落ちなくなっちまったよ。」
そう、数分前まで同じ形をしていた“それ”に言葉を投げた。自分の手を眺め、そして、骨の髄まで真っ黒になってしまった自分の手を強く、強く握りしめ、何かに耐えるように立ち竦んだ。
紅く染まった水たまりに映る自分の姿が、段々と化け物のような姿形に変わってゆく。
俺がすっかり変わってしまったことを思い知らせてくるこの時季が、俺は、心の底から憎らしい。
真っ白で、無邪気で、まるで汚れを知らないような無垢な君。さぞ、みんなに愛されてきたんだろう。僕だってその一人だ。
最初は眩しくて、直視できなかった。まるで雪を集めて作ったような翼を持った君を、僕は愛してしまった。こちらに来れば、僕と同じようなことをしなければならない。君の純白の羽が、穢れた僕のせいで失われてしまうと、そう思った。
でも、そんな僕の心配は杞憂で終わった。絶対に君を手放しはしない。だから、そのままでいて。純粋無垢な今までの君で。
肌を焼くような緊張感、心を打つ神秘的な絶景、
経験したことのない不思議な現象。
あの部屋に閉じ籠もったままだったら、決して巡り合うことはなかった。こんなにも世界が美しいだなんて、知ることはなかった。
自身の脚を封じていた鎖は疾うの昔に取っ払っている。
「ありがとうって、言いたいんだけどな。」
あの子はどこにいるんだろう。あの部屋から出る勇気をくれた小さな子。
土産話を、作っておこう。たくさん。いつの日か、あの子に出会えたときのために。
君が、外の世界に連れ出してくれたんだ、って。君のおかげで世界を知れたんだ、って。
時間は呆れるほどある。
癖のように傷跡をなぞりながら、次に遭遇する出来事に心を踊らせ、新しい世界へと脚を進めた。
「ごめんね」
そう、目の前の悪魔は笑いながら言った。
ふざけるな。申し訳ないなんて微塵も思ってないくせに。
こいつはどれだけ私を虐げれば気が済むのか。
はぁ。いるよな。こういう『自分は周りの人間よりも優れてる、だから周りの人間よりも偉い』とか心の底で考えてる奴。
なんか、どうでもよくなってきたな。
こういう人間は自分が同じ目に遭うなんて事考えたりしないんだろうな。
「ハハッ」
「ごめんね」
最近は気温も高くなり半袖で外出する人も多い。
「半袖か。もう夏だなぁ。」
街を縦横無尽に縫って歩く人群を眺めながら、
気だるそうな声で女は言った。
「これさえなければなぁ。」
そう言った女の腕には無数の傷跡が咲いていた。
女の腕を見れば誰でも眉をひそめる事は明らかだった。不必要に視線を集めたくはない。
自身に咲いた傷跡を愛おしそうに眺めながら、女は逃げ惑う人々の様子を思い出していた。
「ふふ、次はどうしてやろうか。」