暗く冷たい海の底に沈んでいく貴方を、
繰り返し繰り返し、何度も夢に見る。
それは幻ではなく、確かな現実。
私の目の前で貴方は海に飛び込む。
私は貴方のその潔さが好きだった。
けれどその潔さが貴方を失わせた。
大海の渦潮を見るたびに貴方を思い出す。
貴方はどんな思いで私を振り払ったのか。
なぜ、私を一緒に連れて行ってくれなかったの。
なぜ、私とともに生きる道を選んでくれなかったの。
昔の私はただ泣きくれるだけだったけれど、
今の私は海に沈む貴方を追いかけて行ける。
いつか貴方が散った海に私は飛び込んでいく。
―――…だから、
貴方はそこで私を受け止める腕を広げていて。
【海の底】
あなたにとってのこの世界は幸せなものでしたか?
私にとってのこの世界は幸せではありませんでした。
それでもあなたに出会えたことだけは、私の生きた人生の中でただひとつ僥倖であったことと言えます。
愛されまいが、傷つけられようが、構わない。あなたが私を知らなくとも関係ない。路傍の石を蹴飛ばすように、知らずに私を踏みつけるあなたでいい。
孤高に佇むあなたの傍らはいつも空虚だ。
私はあなたのそんな背中に惹かれたのです。
もしもあなたが私を見つけたのなら、たとえばあなたが私を愛したのなら、きっと私はあなたを見限る。
もしもあなたの隣に誰かが立つのなら、私はその相手を殺すでしょう。
そして虫を蔑むような視線を一身に受けて、あなたの手にかかるのであれば、それはきっと私がこの世界を壊す確かなきっかけになるのでしょう。
あなたは誰も愛してはいけない。信じてはいけない。傍らに立つ者などその存在さえも許さない。
抜き身の剣のように鋭く、触れるものを傷つけ、数多の屍の上に君臨する残酷な独裁者であれ。
それが私の創造したこの世界の秩序であり、
あなたへの祝福とともに授けた絶対的な呪い。
【この世界は】
どうしてそんなに長く人を愛せるのか?
それはひとえにあの人を愛しているから。
そんな答えしか、私はもっていないから…。
【どうして】
世界は色とりどりの鮮やかな色で溢れている。
そして僕の世界は、とても賑やかだ。
黄色はとても明るく、眩しい光で辺りを照らす。
青は果てしなく雄大で、それでいてとても深い。
緑は思慮深く、そして新緑の芽吹きを優しく掬う。
紫は一見とっつきにくいが、以外と拙さを見せる。
そして、赤は――…。赤は…。
がらりと教室の扉が開く。
「なんだ、こんなところにいたのか?」
教室の片隅に座るボクにさして驚きもせず、そしていつものようにボクを見つける君は、君がボクの世界をいかに色づけたのか知っているのだろうか。
「みんなが待っている。早く来い」
「…はい」
そして赤は、何よりも強烈なファーストインプレッションを植え付け、ボクに滾る炎の熱さを知らしめた。
「黒はすべての色を飲み込み、包み込み、調和する」
みんなと合流する道すがら、唇に指をあてて微笑みながら君が言った。
…どうでもいいけど、勝手に心の声を聞かないでください。
【色とりどり】
「雨ときどき雪。」/「愛ときどき嘘。」
立ちすくんだ僕と君の間に白い息が漂う。
目を閉じた僕に君の表情はわからないけれど、
きっと声を押し殺して泣いているのだろう。
どうして、も、なぜ、もなく、
君はただ悲しい笑顔を浮かべて、
わかった、と一言だけを返す。
背を向けて歩き出す君はあまりにも小さくて、
その身体を抱いていたはずの温もりは消えていく。
冬になれば思い出すだろう。
雪が降ればそれはより鮮明に。
夢のために君を捨てた僕を許さないで欲しい。
君を愛しているから別れる、なんて詭弁だ。
君の優しさに甘える僕は、ただ君を傷つけ続ける。
雨が雪に変わるように、愛を嘘にすり替えて、
君をがんじがらめに絡め取ってしまう前に…。
僕の声が聞こえぬ場所まで逃げて欲しい。
この手の届かぬ場所まで逃げて欲しい。
今ならまだ君を手放すことができるから。
【雪】