月が凪ぐ夜

Open App
11/12/2023, 12:18:32 PM

あなたと視線がまじ合うとき、私の胸は高揚する。
それはほんの僅かな差異が生ずるスリル。

互いに巨軍を従えて、谷間の底で刃をかわす。
あなたの切っ先が私の髪を切り、私の切っ先があなたの頬を掠めていく。

生きるか死ぬか。殺すか殺されるか。
究極の選択を迫る愛憎ゲームは始まった。

どうせ死ぬならあなたの手で。
どうせ死ぬなら私のこの手で。

こんなに楽しい瞬間を私は知らない。
そして、あなたもとても楽しそうな顔をしている。

この瞬間が永遠に続けばいいのに…。

あなたの思考もきっと私と同じなのでしょう。
私とあなたは似たもの同士で、同類だからね。

大丈夫。ゲームはまだまだ始まったばかり。時間はいくらでもあるから、今はただ一緒にこのゲームを楽しみましょう。

たとえ互いの背に背負うものが国という大きなものでも、このゲームのプレイヤーは私とあなたしかいないのだから。


【スリル】

11/11/2023, 12:24:25 PM

たとえばもしも、この白い腕が真っ白な翼であったのなら、大きく羽を広げるみたいに羽ばたいて、いつも見上げていた大空を思いっきり翔んでみたい。
そして世界の隅々まで、愛しい君を探しに行こう。

僕が忘れていた感情を、目を逸らしていた愛情を、君が再び教えてくれた。本当の僕を君だけが見つけてくれたんだ。

飛べない翼を持つ僕は、鳥籠に囲われ潰える命をただ待つだけの絡繰人形。精緻に造られた機械仕掛けの純白の翅を持つ、まがい物の小さな鳥。

けれど君は、そんな僕を綺麗だと言った。たった一度の刹那の偶然が、僕に永遠の夢を持たせてくれた。

そして僕は、僕を囚えたその鳥籠を飛び出して、小さな歩幅で窓へと突き進む。歯車の軋む腕を伸ばして翅を広げて。格子越しでもなく、窓越しでもなく、ただ一片の曇りもない大空へと羽ばたいていく。

冷たい風が髪を揺らして、期待と不安を募らせながら、君の指先だけをひたすら目指して。
もう一度、君の笑顔に会うために。


「綺麗な翅ね。太陽に透かしたら、きっともっときらきらするんでしょう。そんな鳥が空を飛んでいたら、私はきっとすぐにあなただとわかるわ」

世界の隅の一画で少女が空を仰ぎ見る。
その視線の先で光る小さな鳥を見つけた。
少女は両手を広げると、その手のひらに落ちていく小さな小鳥を捕まえた。

少女はふわりと微笑むと、力の潰えたその鳥に頬をよせ、優しく触れるキスをした。

「…がんばったね」


【飛べない翼】

11/10/2023, 12:10:28 PM

吉野の一面のススキ野を見たことがある?
夕暮れに染まる金の波。揺れる穂波の優しい表情(かお)。
いにしえの皇族たちも吉野の地を愛したという。

広い広い海原にひとりきりで佇む。
風が隙間を通り抜け、頬を掠めて、身体を押す。そこでは悩みも怒りも悲しみも、一切の感情を無くしてしまう。広大な自然の中で人とはかくも小さいものだ。

様々な事変を起こしたその皇子は、多くの改新を為したその皇子は、あらゆる政敵を誅殺したその皇子は、この美しい吉野の地を訪れたと伝い聞く。

今はもう史書でしか語られないその方の心は、この一面のススキ野に埋まっているのかもしれない。
この美しい光景を愛した方ならば、たとえどんな語りを継がれても、真実はここにあるのだろう。

見ることも、知ることも、本当のことはもう誰にもわからない。遥か千年以上も前のことだから。

けれど私が想うかの方は、きっと歴史に語り継がれるような人物ではなく、この吉野のススキのようになにかもを包み込むような温かな方であったのだと―――私は思う。


【ススキ】

11/9/2023, 2:05:58 PM

あなたから死を賜る瞬間が今も私の脳裏に焼き付く。

鋭い切っ先、煌めく刃。私を貫く剣(つるぎ)の柄には力がこもり、その瞳にはなんの光も灯さない。
愛してる、と私にそう囁くあなたの声が遠く消える。
あなたと過ごしたあの日々が硝子のように砕け散る。

出会わなければよかった?
愛さなければよかった?
私を憎み、その手を汚させた罪は私のせい?

すでにこと切れた私の身体に、あなたが二度目の刺突を構える。そこにかつての愛などありはしなかった。


私はもう二度とあなたを愛したりはしない。
愛する人に殺される残酷な結末はもういらない。
最期に見たあなたの涙の意味も…わからなくていい。

だからどうかこの悪夢を悪夢で終わらせて。次に目が醒めるのならば、あなたのいない世界をお願い。

もしもあなたを再び愛した瞬間、私はあなたを憎まずにはいられない。
そして私の心は本当に、壊れて、砕けて、跡形もなく、世界の塵のひとつにしかならないでしょう…。


【脳裏】

11/8/2023, 1:07:56 PM

紅茶の中に花を浮かべ、ティーキャンディの中に宝石を隠した。日記の中にはちょっとした暗号を含ませて、林立した本棚の一角にそっと忍ばせる。

見つけてくれたらそれでいい。
―――見つからなくてもそれでいい。

「そんな意味がないことをしてどうするんだい?」
共犯者は不思議そうにそれを眺め、軽く首をひねってみせる。
幼い頃のいたずらにはたして意味などはない。けれどあの人ならきっとその意味をわかってくれるだろう。
「これは俺が人であった証だ。…わからなければそれまでのものなんだろう」
兄弟としての永別を、人間としての決別を。
少しだけ残る未練を閉じ込めて、それをあの人が見つけてくれるのなら、この身に宿す罪も悪くはない。
「…人間というものは本当にわからないな。まあ、君の人間としての生も今日ここまでだけどね」
そういって手を差し出すその顔は、まるで人間に魅せられたアザゼルのごとく。そしてこの身を深淵の闇へと誘うしるべ。
「さあ、行こうか。728回目の君の挑戦だ。世界の歯車はまだまだ狂ってないぞう!」


規則正しく可動する精巧なこの世界の歯車は、どんなに抗っても微塵も乱れる様子はない。結局これも意味のないことなのかもしれない。
それでも人の与りしらぬところで定められたものなど到底受け入れがたく、何度でも何度でも俺は抗うのだろう。

あの人を愛してしまう、この世界を壊すまでは…。


【意味がないこと】

Next