月が凪ぐ夜

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紅茶の中に花を浮かべ、ティーキャンディの中に宝石を隠した。日記の中にはちょっとした暗号を含ませて、林立した本棚の一角にそっと忍ばせる。

見つけてくれたらそれでいい。
―――見つからなくてもそれでいい。

「そんな意味がないことをしてどうするんだい?」
共犯者は不思議そうにそれを眺め、軽く首をひねってみせる。
幼い頃のいたずらにはたして意味などはない。けれどあの人ならきっとその意味をわかってくれるだろう。
「これは俺が人であった証だ。…わからなければそれまでのものなんだろう」
兄弟としての永別を、人間としての決別を。
少しだけ残る未練を閉じ込めて、それをあの人が見つけてくれるのなら、この身に宿す罪も悪くはない。
「…人間というものは本当にわからないな。まあ、君の人間としての生も今日ここまでだけどね」
そういって手を差し出すその顔は、まるで人間に魅せられたアザゼルのごとく。そしてこの身を深淵の闇へと誘うしるべ。
「さあ、行こうか。728回目の君の挑戦だ。世界の歯車はまだまだ狂ってないぞう!」


規則正しく可動する精巧なこの世界の歯車は、どんなに抗っても微塵も乱れる様子はない。結局これも意味のないことなのかもしれない。
それでも人の与りしらぬところで定められたものなど到底受け入れがたく、何度でも何度でも俺は抗うのだろう。

あの人を愛してしまう、この世界を壊すまでは…。


【意味がないこと】

11/8/2023, 1:07:56 PM