あなたは辛党。わたしは甘党。
あなたはビールで、わたしは日本酒。
わたしは涙脆く、あなたは笑い上戸。
わたしは小説派で、あなたはテレビ派。
あなたはアウトドア、わたしはインドア。
わたしは一人が好きで、あなたは大所帯が好き。
不思議なほどにあなたとわたしは正反対。
性格も反対ならば、趣味も真逆。
なのに面白いことに、あなたとわたしは相思相愛。
「不思議だね」と笑った今日は、まるまる半年違いのわたしの誕生日。
【あなたとわたし】
思い出すのは夏も過ぎた初秋の入り口。続く長雨に飽いた子どもたちが長い廊下を駆けていく。
鬱屈とした気分で読んでいた本をめくる手も鈍く、ただしとしとも振り続ける曇天を眺めていた。
耳に入るのは教室の隅で笑う数人の声と、黒板に落書きをするチョークを引く音、そして騒がしい足音で廊下を走るけたたましい歓声。
いつもならうるさいと思ってもさして気に留めず、深いため息をつくだけの変わらない雨の日常の風景だった。
だから隣で響いた吃驚(きっきょう)の声に振り向いたことはただの偶然だったと言える。
けれどその瞬間からきっと何かが狂い始めてしまった。
ばちん、と合った目と目に何かの歯車がゆっくりと動き出す。当時はまだ何か分からずにいたその軋む音にもう少し早く気づいていたのなら、狂っていく歯車の可動は止められたのだろうか。
今ではもう憶測しかできない事実だけれど、きっとそれでも自分は変わらないのだろうと私は思う。
あの雨の日に私はあなたと出会った。
そして私を変えたすべての原点がそこにあった。
誰かを好きになるということ、誰かを愛するということ…私の中にある愛という感情の歪みをあなたが作って形成した。
愛する人に願うのは、ただ愛する人が幸せであること。愛する人が幸せであるならば、私はそこにいらないのです。もしも愛する人の幸せに私が邪魔になるのなら、私は私のなにもかもをこの世から消してみせましょう。
そんなあなた至上主義のわたしの愛は、きっと重く、暗く、澱んだものなのでしょうね。
わかっているからこそ私はこの愛を封じ込め、あなたのそばを離れていった。たとえそれが、さらにこの想いに歪みを生じるものだとしても。
一度狂った歯車は二度と戻ることはないのだから…。
それでも私はあなたを恨みはしない。
私の中にあるのはあなたへの愛しさだけ。
私があなたの思い出を語るのに、あの雨の日だけは決して忘れてはいけない。今も激しく胸を刺す、あの柔らかな雨の日のことだけは…。
【柔らかい雨】
深い深い夜の闇を抜けて、しっかりと地を踏む足が軽快な音をたてる。
それはなにものにも阻まれず、そして遮られず、ただひたすら真っすぐにこの部屋の窓を叩く。
僕はまだ微睡みから抜けきらぬ中でその訪れを知り、ゆっくりとベッドから身を起こす。
いつだってその優しさが僕を救い出してくれる。
いつだってその愛しさが僕を包み込んでくれる。
どんなに僕が突き離しても決して諦めずに隣に寄り添い、言葉は無くとも温かなぬくもりを与えてくれた。
窓から差し込む一筋の光とともに、隣で微笑む君の柔らかな顔が僕の視界を大きく広げる。
「おはよう」と。
そう言って僕は、また今日の一歩を踏み出していく。
【一筋の光】
Ps ,
先日100♡をいただきました。
拙い文章をお読みくださり、ありがとうございます。
セピア、モノクロ、ネガポジフィルム…
色のない写真はそれだけで哀愁をそそる。
それはなぜなんだろう。
昔はそんなことは気にせずいたが、
君と出会って、僕はそれを知った。
君がいる世界は鮮やかだ。
君がいるだけで世界は美しい。
クロード・モネやターナーの風景画のように、
優しくて柔らかな色彩に感情をともすような、
それは心の奥に静かに静かに沁みていく。
だから君がいないこの世界は、
それだけでただひどく寂しい…。
ねえ、いつか色を無くした僕のこの世界を、
再び鮮やかな色で染めてくれる人はいるのでしょうか。
【哀愁をそそる】
あなたはいつも鏡の中の私に話しかける。
笑いながら、怒りながら、ときには泣きながら。
幸せそうな話を、くだらない日常を。
両親の話を、友だちの話を、恋人の話を。
私はいつもその話を聞きながら共感し―――そして妬まずにいられなかった。
だって私はあなたの影法師。
あなたが鏡の前に立たなければ存在しない。
嬉しいも、悲しいも私は知らない。
それなのにあなたは恋人の愛しさを私に語る。
「鏡の向こうにはどんな世界があるんだろう?」
だからあなたがふと漏らした、鏡の中の【自分】への現実逃避が私を招いた。
『ソレナラカワッテミル…?』
鏡の中の自分を覗く。
そこにはいつもと変わらない私がいる。
いつもと同じ髪型で、いつもと同じ化粧をして、お気に入りの洋服とアクセサリーを身にまとう。
恋人との待ち合わせに合わせたアラームが鳴って、慌てて部屋を飛び出す直前に、もう一度鏡を見る。
そこにいるのはもちろん【私】。
けれど鏡の中の影法師は…もう私じゃないわ。
【鏡の中の自分】