「…秋の上着っていつ着たらいいかわかんないよね」
半袖でふらふら仕事場に入ってきた君をみんながひとしきり揶揄ったもんだから、君は少しむくれ顔。
君の文句を俺は苦笑顔で受け流す。
「部屋はさ、あったかかったんだもん。外出てすぐ車だし」
「まぁ俺も衣替えとかしねーから、いつ着ていいかとかわかんねーけどさー」
「だよね! もう…みんなだってそういうことあるのにさー」
ぷりぷりしてる君の頬がぷくぅと膨れてそれが可愛い。
ぷにって頬突いたら、このタイミングじゃキレられそうだな。
「ちょっと。俺の話聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。ほら…」
俺は着てた上着を君の肩にかけた。
「みんな心配してんだよ。お前身体よえーんだから。今日は一日それ着とけ」
「え、だって、」
「俺はシャツも長袖だから大丈夫。こっちもそれ着ててくれた方が安心する」
君のぷにっとした頬がちょっぴり赤くなってきたのは、寒くて風邪ひいたー…とかではないよな。
その証拠に君はポツリとこう言った。
「ずっと、つつまれてるみたい…」
▼衣替え
雨…が降ってる。やまないね。そう言ったら君は、いつかやむさと答えた。
そうだね。俺は静かに呟いて、君の隣にそっと寄り添う。
肩に頭をこてんともたれさせたら、君は俺の手をぎゅっと握ってくれた。
雨は、いつかやむ。多分。きっと。
それまで俺たちはこうしていようね…ふたりでいようね…
▼始まりはいつも
あー!どこ行っちゃったんだろ。
仕事場を探しまくる。あっちのドア。こっちの会議室。食堂だって見た!
「なー!あいつ知らね?」
「え? あぁ、さっき玄関にいたよ。コンビニにでも行ったんじゃん」
すれ違った仲間に教えられて、さんきゅー! の声もそこそこ玄関に向けて駆けてって、こら走んな! と小学生みたいに偉い人に注意された。
ごめんなさいって言いつつ気持ちは玄関!
なのに! いない!
「なんでぇ…」
あ、コンビニ! そうだコンビニ! コンビニ行くって言ってた!
追いかけ…いやいや、左右まっすぐどっちの道にもコンビニある。 間違えたらすれ違っちゃうし、てかここで待ってれば良いじゃん。
…でも、
今すぐ会いたい、の!!
「考えろぉ〜おれぇ〜」
あいつが今日、今、行きそうなコンビニはどれだ? あそこのソフトクリーム好きだけど、まだおやつには早い。からあげか? でもちょっと絞らなきゃなーって言ってたし。飲み物だけなら仕事場にもある。じゃあ狙いは……
「は」
俺は走り出す。玄関を出て右に曲がってちょっと行ったとこのコンビニ。
「い…いたー!!!」
「お、なんだ。どうした」
あいつはとぼけた顔して手にした控えをひらひらさせてる。
「やっぱりー! 昨日サッカー試合取れたって言ってたからここにチケ代払いに来たと思った! もー! 探したよーっ、どこにもいないんだもん!」
「ちょっと払いに来ただけじゃん。どうせ時間になれば集合するんだし…なんか急ぎの用か?」
「え、よーお?」
よう。用。
えと…
「なんだっけ」
俺がそう言うと君はちょっとムカつくくらいの笑顔でこう言ったんだ。
「なんだよ、そんなに俺に会いたかったのか? お前ホント俺のこと好きな」
▼すれ違い
君とケンカした日のこと、覚えてる?
そうそう、あれの件で俺が怒りまくってね、君んち押しかけてぎゃーぎゃー喚きたてて…
俺、君のことだいっきらいだ!って最後に怒鳴ったね。あの後さ、うちに飛んで帰ってぼろぼろ泣いたんだよ。ぼろぼろ…
ううん、もう良いんだよ、今はなんでそこまで怒ったんだろうなーって感じだし。若かったから?ちょっと笑える。
でも…君にそうやって怒った感覚、忘れたいんだけど忘れらんないんだよね…
うん、もう2度と、あんな気持ちにさせないでね。ずっとこうして…抱きしめていてね…
▼忘れたくても忘れられない
ふと、目を覚ます。なんだか嫌な夢を見た気がして、でもそれは夢じゃなくて現実だったことを思い出してため息をつく。
やめやめ、朝から変なこと考えるの。そんなことは真昼間に考えりゃいい…
君は隣ですやすや寝ている。カーテン越しのやわらかいひかりが君のぷにぷにした頬を優しく照らす。
神様。
普段思いもしない言葉が浮かぶ。どうか彼を幸福なままに。ひかりを彼に。
俺にとっては、彼の存在こそがあざやかなひかり。
▼やわらかな光