「ありがとう、ごめんね」
アーレントは何者でもない。
精霊や怪物の類でもなく、神や悪魔なんて存在ですら
「あれは何にも当てはまらない。」と言う。
初めは形すら持たぬものであり、持つ力を持て余しそれがいずれ爆発的に散っていく。その現象を気にも留めず傍観するような、漂うようなものであった。
動くものに興味を持ち、その形をとった。
それが今の人間のように器を持つアーレントの姿だ。
当時の人間にはない髪の色、目の色は異質であり忌み子だと言われるものだった。
思考することはなく、情緒も感情もなかったそれはあっという間に人間たちに幽閉された。
人間たちは何をしても死ぬことのなかったそれを都合の良い玩具のように扱った。言葉にすることも憚ることを何百年、何千年と代を継いで繰り返した。
ただ、それは少しずつ人間を観察するようになり、皮膚の感覚や視界、聴覚を得ていった。
そうすると痛みを感じるようになり、段々と嫌気が刺してきた。手足を繋がれ、薄暗く光も少ないそこでそれは退屈し始めた。
ある日牢に現れることのなかった小さい人間が訪れた。
大人たちの目を盗み、その場に立ち入ったのであろう。
壁に縫い留められているようなそれを見て小さな人間は哀れみの情を抱き、美しいとも思った。
小さな人間は頻繁に牢を訪れるようになり、年月が経ち青年になっていく。
大きくなった彼は鍵を盗み、他の大人がいない時を狙ってそれを外へと連れ出した。
それには話すための喉がなかった、人間が喉を杭で打ち潰していたからだ。それでも青年は構わず話し続ける。
それが聞いたことのなかった言葉を紡ぎ続ける。
見たことない景色と会ったことのない人間によってそれの日常は変化した。
青年が手を取れば握り返し、嬉しがる様にそれは何かを感じた。夜空や朝日、果てしない海などを何年も共に見に行った。青年はそれに「そうが」と名付けた。蒼い月という意味の名前だ。
青年が22歳の頃、彼は大人たちに連れられそうがの元へと行った。
「お前は我々の忠告を聞かず、何年にも渡りこれを外に連れ
出したな。これが外に逃げたらどうするつもりだった。
もう2度と外に出さないようにする。お前も連れ出そうな
んて思うなよ。」
と大人たちは告げた。
続きはまた後で書きます
逆さま 書き途中
・アーレントが故郷とする世界から離れた時の話
「お前は別の世界から来たんだろう。
なれば、この世界で共に朽ちることはない。
まだお前に感情を全て教えられていないな…すまない。
アーレント。これから先たくさんの人に会うといい。
それがお前にとっての希望になり得るだろう。」
焼き尽くされて行く建物、畑
泣き叫び逃げ惑う民の声
世界を護らんと戦う者たちの眩い光
叛逆し、王の宮殿に近づいた者の亡骸
深い眠りについていた王は民の想いで呪いが解けた
王は宮殿を守っていた者に告げる
その者についた血を拭いながら
眠れないほど
・トラン(アーレントの組織)の新加入者のお話
「---よって、‘ ’侯爵令嬢との婚約を破棄する!」
ずっと、昔から…生まれる前から決まっていたこの婚約が破棄される日が来るとは。彼への想いも、尊敬や慈愛から生まれつつあったのに。彼が浮気していることも、結婚するまでの辛抱と思っていたのに。
彼は浮気相手の伯爵令嬢である彼女を選んだ。
彼女の妄言を信じて、私を制裁するなんてことまで言って。
周りの貴族は私を守ってくれている。彼女の妄言を信じているのは、彼女の虜になっている周囲のご令息達だ。
それは、分かっているのに。彼に突き飛ばされたこと、睨みつけられたことで私の心が折れてしまった。
能力のある素敵な女性と思われたかった一心で、眠れないほどの努力をしてきたのにもかかわらず全てが打ち砕かれた。
目の前が真っ白になってへた……と力が抜けて座り込む。
周りの方が声をかけてくれてもそれが一切聞こえない、遠くからやまびこが聞こえるような心地だ。
そんな中で更に聞こえるぼんやりとした声達が大きくなる。
「危ない、侯爵令嬢……!」
なんて危機を報せる声がやっと届いた。
でも、危ないって…?
そう思った瞬間、鮮明になった視界には婚約者の彼の手が迫ってきていた。でも、もう動く気力すらないのに、避けるなんてとてもできない…
今まさに髪ごと頭を鷲掴みされそうになった瞬間、黒い何かがそれを遮った。
「ふぅ、危ないなぁ。男の子が女の子にそんなことするなん
て、いけないよ?」
人だった。迫っていた怒りの形相の婚約者の手を遮った人は、深い夜のような髪色をしていて…来ている服も彼の髪色を表現するような美しい黒だった。
「なんだお前!これは婚約者同士の問題だ!部外者が口を出
すな!!どこの家の者だ?貴様の親に言って生涯家から出
ることがないようにしてやる。
俺は公爵家の後継者だぞ!!!」
そう、彼は王室の次に地位のある公爵家の長男で権威がある。だから私を気遣えども周りの人たちは直接的に私を守ることはなかった。なのにこの方は私を守ってしまった。
どうしよう、なんて考えていると黒髪の方が笑いだす。
ああ、婚約者が完全に怒っている……止めないと、と手を伸ばした時には黒髪の方は婚約者に近付いていた。
「あはは、君は公爵家の後継者だと言ったけれど…
その肩書きに勝る者がいないと早とちりするのは良くない
ぞ〜?」
「何言って……!」
「ご挨拶をしよう。俺は遥か昔からこの国と友好関係を結ん
でいる竜帝国の皇帝をしていた前皇帝でね、
ファイリア・ロールズセンだ。よろしく頼むよ。」
凛とした声と共に彼の手をぎゅうと握り、にこにこと挨拶をする。
そこにいた者は皆唖然とするしかなかった。
公爵家に勝るどころか、この国の王にも勝る地位の者が現れたからだ。それも、国王も敬い膝をつくレベルのグランローヴァ様率いるトランの第ニのメンバーであるときた。
これには公爵家ご令息も真っ青だ。
急いで両膝を地面につけ許しを乞うように首を垂れる。
「お、お許しください!ファイリア様とは気付かずご無礼
を働きました…!!」
なんて、手のひらがクルックルの様子に問題の渦中にいた令嬢はへたり込んだまま置いてけぼりになってしまった。
そんな中後ろからもう一人落ち着いた様子で近づいてくる。
「ファイリア、そこの子よりも気にかけるべき子がいるだろ
う。お嬢さん、立てますか?」
ファイリア様と同じく夜空の様な黒にすこし夕焼けのようなオレンジがかった髪色を持つ方…呼び捨てということは同じくトランメンバーの方だろうか?
ぼーっと考えていたら、自力で立てないと思われたのか手を差し出してくれた。白の手袋をしていてとても爽やかな方だな…
「あ…お気遣いありがとうございます。」
そっと手を伸ばして立ち上がる。目眩でふら、とよろけた私をその方はしっかりと支えてくれた。あまり男性に触れられたことがないから緊張する…!
「ユリィ、ごめんごめん。お嬢さんも、ごめんね!
皆さん!この方は我が兄弟子でありユリウス・シエル・
ロールズセン様だ!トランの第一のメンバーだな。」
「俺の弟弟子が失礼致しました。
ご紹介にあずかりました、ユリウスです。よろしくお願い
します。」
明るく朗らかなファイリア様と、物腰柔らかで上品な仕草のユリウス様。トランメンバーが二人も揃うとは…異常事態ではないのか…!?
皆がその異様な光景に気付き、動揺し始めた。
トランメンバーのお二人はそれに勘付いたのか、咳払いをしてユリウス様が口を開く。
「んん…侯爵令嬢、貴女が婚約破棄を告げられたこと非常
に残念に思う。そんな状況の中でこの提案をする無礼、
お許し頂きたい。
貴女はこれから先、老いずそして死ぬこともないだろう。
そこで我らトランに加入しないか、とグランローヴァ様が
仰った。いかがだろうか。」
老いず、死なない?私が?トランに、加入?
情報量がキャパシティを超える、一体どういうことだ。
考えていると、婚約者がギャアギャアとこっちに怒鳴り声をあげている。私を思う気持ちはもう微塵も感じられない彼に、少し嫌気が差す。彼は私がどうなろうときっと気にも止めない。私がトランに加入して自分より地位が上がることに不満を持ってるだけだろう。
すごく悔しくなった。私にとって彼は大切な人だったけれど、彼にとっては添える花にもならなかったのだろう。
嫌な現実の中、こちらを真っ直ぐ見てくれる人に向き直る。
吸って……吐いて……できるだけ落ち着いて返事をしよう。
「ご提案、謹んでお受け致します。
どうかこれからよろしくお願い致します。」
完璧なカーテシーを心がけてお辞儀をする。
顔を上げれば、より一層優しい笑みを浮かべるユリウス様と目が合った。
「そうか、ありがとう…急な提案で戸惑ったろうに、
受けてくれてありがとう。直ぐにとは言わないが、早めに
この地を発ってグランローヴァ様の元に行こう。」
それからは大忙しだった。さっさと婚約破棄を済ませて両親に会って起きたことを全て報告して倒れる母を支えながら自身が不老不死者であることを伝えトランのメンバーとして旅を始めることを宣言した。両親は腰を抜かした。
だが、彼らの愛情は深く、離れた地でもいつでも想っていると、本当に大切な人を見つけられるチャンスだと送り出してくれた。
あれよあれよという内に旅の準備が終わり、両親に見送られながらも生まれ育った場所を離れた。
ファイリア様の横に並び、先を行くユリウス様について行くような旅が始まった。
にんまりと笑みを浮かべたファイリア様が私の顔を覗き込む。
「ご令嬢、君はもう自由だからどこへでも行けるんだよ。
行きたい場所を言ってくれれば連れて行こう!
これからは君の人生をうんと楽しむといい。」
嬉しそうな声でそんなことを言ってくれるから、今までの我慢していた感情がふつふつと溢れる。泣いてしまえば、お二人を困らせてしまう。
分かってるのに止まらなくなってしまった。
おろおろと背をさすったり手を握って宥めてくれる二人の間で、彼女はひとしきり泣いた。
あまりにも綺麗だったから。
あの人の、元婚約者に相応しくなれるようにいつのまにか空を見上げることなんてなくなっていた。
ユリウス様とファイリア様は、私を空が見える場所まで連れ出してくれた。そんな空があまりにも綺麗だったから、きっと涙が出るんだ。
もうすぐ冬が来る。澄んだ青空は傷ついた心を奥まで照らす光を運んだ。
数日かけて辿り着いた家で、彼女は新たな名をもらう。
彼女の名は「レティシア・アーベント」
蒼月・アーレント・ロールズセンの第三の弟子である。
“本当に、いいのかい?”
「ん〜?まぁ、いいんだよ。俺がいなくなっても何とかなる
だろ!」
…そうは思えないけどな。だって君はみなを愛して愛された魔王だ。そんな存在をすぐに忘れる者はいないだろう。
居なくなれば絶対に動揺するし、悲しむのに。
彼がいなくなること、それを止めることができないことをアーレントはもう理解していた。今はただそばに居て、彼が向かう未来を受け止めて…その未来の先で彼が望むものを守る。そんなことしかできないのだ。
“はぁ…後は遠くから見守ることにするけど、覚えておいて
いつだって僕は君の味方だ。安心して託すと良い。”
その後はニコ!と歯を見せ笑う彼を見てその場を離れる。
ずっと一緒にいれば未練が生まれてしまうから。
“またね、 。僕の可愛い弟子。この世界の魔王よ。”
「さようなら」なんて言葉は言わないで。
いつかくる再会を願い、前を向く。
そんな彼と酷似する魂をもつ人間が魔界に来るなんて、
予想もしていなかったな。とんだサプライズだ!
アーレントの日々はまた色づき始める-
「光と闇の狭間で」
アーレントのことを書きたいので一時保存……