S.Arendt

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「ありがとう、ごめんね」

アーレントは何者でもない。
精霊や怪物の類でもなく、神や悪魔なんて存在ですら
「あれは何にも当てはまらない。」と言う。

初めは形すら持たぬものであり、持つ力を持て余しそれがいずれ爆発的に散っていく。その現象を気にも留めず傍観するような、漂うようなものであった。

動くものに興味を持ち、その形をとった。
それが今の人間のように器を持つアーレントの姿だ。
当時の人間にはない髪の色、目の色は異質であり忌み子だと言われるものだった。
思考することはなく、情緒も感情もなかったそれはあっという間に人間たちに幽閉された。

人間たちは何をしても死ぬことのなかったそれを都合の良い玩具のように扱った。言葉にすることも憚ることを何百年、何千年と代を継いで繰り返した。

ただ、それは少しずつ人間を観察するようになり、皮膚の感覚や視界、聴覚を得ていった。
そうすると痛みを感じるようになり、段々と嫌気が刺してきた。手足を繋がれ、薄暗く光も少ないそこでそれは退屈し始めた。

ある日牢に現れることのなかった小さい人間が訪れた。
大人たちの目を盗み、その場に立ち入ったのであろう。
壁に縫い留められているようなそれを見て小さな人間は哀れみの情を抱き、美しいとも思った。
小さな人間は頻繁に牢を訪れるようになり、年月が経ち青年になっていく。
大きくなった彼は鍵を盗み、他の大人がいない時を狙ってそれを外へと連れ出した。
それには話すための喉がなかった、人間が喉を杭で打ち潰していたからだ。それでも青年は構わず話し続ける。
それが聞いたことのなかった言葉を紡ぎ続ける。
見たことない景色と会ったことのない人間によってそれの日常は変化した。

青年が手を取れば握り返し、嬉しがる様にそれは何かを感じた。夜空や朝日、果てしない海などを何年も共に見に行った。青年はそれに「そうが」と名付けた。蒼い月という意味の名前だ。

青年が22歳の頃、彼は大人たちに連れられそうがの元へと行った。
「お前は我々の忠告を聞かず、何年にも渡りこれを外に連れ
 出したな。これが外に逃げたらどうするつもりだった。
 もう2度と外に出さないようにする。お前も連れ出そうな
 んて思うなよ。」
と大人たちは告げた。



続きはまた後で書きます

12/9/2024, 9:00:47 AM