薄墨

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10/21/2025, 10:41:52 PM

滑り込んできた電車に乗って、窓際に立つ。
文庫本を開き、蛇足的あとがきを読み流しながら、発車を待つ。
すぐに扉が閉まり、がたん、とひと揺れして、電車が動きだす。

電車に揺られながら、文字を目で追う。
僕が今読んでいる本は、正真正銘、つまらない本だった。
だからこそ、僕は普段読まないあとがきなんてとこに目を通していたのだった。

向かいの扉を、本ごしにちらりと覗く。
変わり映えのしない、見慣れた町がみるみる通り過ぎていく。

それにしても、どうして面白くない本ほど、あとがきも自己顕示欲が滲み出して癪に障るのか。
久々に、高尚でもなんでもない、ただくだらないだけの小説が読みたかったのに、そういう、ナンセンス的な本は選ぶのが難しい。

意を決して選んだこの本は、くだらないことを長ったらしく難しく、中途半端に高尚な結末に繋げようとしていて、くだらなさなど楽しめない、退屈な本だった。

電車に揺られながら、僕は退屈していた。
この本のつまらなさを予感できなかった自分の不甲斐なさに、悔しさを覚えた。

今日はなんだかいつもと違うような予感がしていたのだが。僕の予感はアテにならないようだ。

ただ、字の上に視線を滑らせながら、電車に揺られる。
電車は通過駅をとっくに通り越して、次の停車駅に差し掛かっていた。

電車が止まる。
向かいのドアが開く。
そのとき僕は思い知った。

僕の予感は、外れていなかったことを。
どうやら僕の第六感は鋭かったみたいだ。

10/21/2025, 4:25:10 AM

お弁当の漬け菜噛み、あの子のことをふと思い出す。
味噌汁を啜る。
あの子は友達だった。
学校で初めてできた友達だった。
受験の日、テストの合間の休み時間に、言葉を交わして、意外と話が弾んでしまって、なりゆきで友達になった。

学生時代はいつも一緒だった。
移動教室も、休み時間も、昼ごはんも、部活も。
うんざりするほど一緒だったけど、その時間がやけに心地よかった。

けれど、友達なんて所詮、そんなものだ。
一緒に共有する時間だけが、私たちの仲の全てだった。
私とあの子は、仲が良くて一緒に過ごすだけで、目指す場所も目標も幸せの形も何もかも違う。
けれど、どんな学生生活を過ごしたいか、という一点に置いて、私たちの理想は一致していた。
だから、私たちは、いちばんの友達だった。

楽しい日はあっという間に過ぎる。
私たちは友達だ。
学生時代において、誇張なしにbest friendsだった。
今でも連絡を取り合い、一年に一回は遊ぶほど、私たちはbest friends。

しかし、親友とは違う。

私には、親友ができた。
幸せの形が似通っていて、職場でも頼れる唯一無二の友達が。
あの子にもきっと出来ただろう。
私よりずっと気の合う親友が。

しかし、私たちは今でも仲良しだ。
あの頃と同じように。
同じ時間を分け合い、同じ時代を過ごした最高のbest friends。
そうして、私たちはお互いに、それだけで満足なのだった。

あの子のいない昼休みを噛み締めながら、お弁当を食べ終える。
もうあの頃の私たちはいない。
しかし、私たちは今でも形を変えてfriendsなのだ。

10/19/2025, 2:41:00 PM

文の用 秋草分けて 探し書く
 とく読みたくて 君が紡ぐ歌

糸縒りて 紡ぐ衣は まだ薄し
 君が紡ぐ歌の ごとき夏服

10/18/2025, 11:43:42 PM

クロード・モネはきっと、光と霧の狭間で世界を見ていたに違いない。
曖昧な輪郭の中に、空気と光の動きが閉じ込められている気がする。

美術館の中は静かだった。
観覧者は珍しいことに、私一人だけで、あとは学芸員たちが、アートの一部かのように、寒そうに、片隅に座っていた。

私は、ゆっくりと静謐の中を歩いた。
絵画はどれも、何かを伝えるように沈黙して、穏やかな光と霧の狭間の世界を見せつけていた。
私は荷物を持ち直し、ゆっくりと歩いた。

足音が染み込んだ床のカーペットは、私の歩いた音さえも、例外なく飲み込んだ。
どこからともなく、冷房の、冷たい風が吹きつけた。
くしゃん、と、静かに座っていた学芸員がくしゃみをし、あわてて膝掛けを取り出した。

窓がない展示室だったが、光も霧も影さえも、それは絵画の中に、静かにあった。

私はゆっくりと静謐の中を歩いた。
クロード・モネはきっと、光と霧の狭間で世界を見ていた。
そう確信を持って。

10/17/2025, 10:00:12 PM

その日は、あいつの誕生日だった。
いつものように不安に駆られたあいつに呼び出されて、僕らはいつものように、しこたま飲んだ。

そして程よく酔っ払ったあたりで、僕はいつもあいつを慰める時とおんなじように、あいつに向かって両手を広げた。

僕より10センチも上背のあるあいつは、それなのに、赤ん坊みたいなところがあって、あいつは何かを抱き締めないと、泣くことも怒ることもできなかったのだ。
だから、こういう時は、友人である僕が、その役目を請け負っていた。
しかも、本人はシラフで友人に抱きつくとか、そういうのは気まずいと気にする方だったから、必ず酒を入れてから。
都合のいいことに、僕の方が酒には強かったし、あいつは絡み酒だった。

というわけで、今日もまたいつもと同じように、僕は、あいつの口が多少滑らかになったところで酒を切り上げて、あいつに抱き締められる準備を整えた。

そのうちに、あいつが黙り、沈黙が訪れる。
そうして、正面から、ずっしりと、我が友人の体重がのしかかる。
重たいあいつの頭が僕の肩にふってくる。
耳は嫌でも、あいつの耳の横にあり、だから僕は、耳を澄ませるまでもなく、あいつの動向を聞くことができる。

砂時計の音が部屋に響く。
静寂の中の砂時計の音が伴奏だったかのように、不意にあいつの控えめな啜り泣きが、鼓膜を震わす。

あいつが泣いている。

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