滑り込んできた電車に乗って、窓際に立つ。
文庫本を開き、蛇足的あとがきを読み流しながら、発車を待つ。
すぐに扉が閉まり、がたん、とひと揺れして、電車が動きだす。
電車に揺られながら、文字を目で追う。
僕が今読んでいる本は、正真正銘、つまらない本だった。
だからこそ、僕は普段読まないあとがきなんてとこに目を通していたのだった。
向かいの扉を、本ごしにちらりと覗く。
変わり映えのしない、見慣れた町がみるみる通り過ぎていく。
それにしても、どうして面白くない本ほど、あとがきも自己顕示欲が滲み出して癪に障るのか。
久々に、高尚でもなんでもない、ただくだらないだけの小説が読みたかったのに、そういう、ナンセンス的な本は選ぶのが難しい。
意を決して選んだこの本は、くだらないことを長ったらしく難しく、中途半端に高尚な結末に繋げようとしていて、くだらなさなど楽しめない、退屈な本だった。
電車に揺られながら、僕は退屈していた。
この本のつまらなさを予感できなかった自分の不甲斐なさに、悔しさを覚えた。
今日はなんだかいつもと違うような予感がしていたのだが。僕の予感はアテにならないようだ。
ただ、字の上に視線を滑らせながら、電車に揺られる。
電車は通過駅をとっくに通り越して、次の停車駅に差し掛かっていた。
電車が止まる。
向かいのドアが開く。
そのとき僕は思い知った。
僕の予感は、外れていなかったことを。
どうやら僕の第六感は鋭かったみたいだ。
お弁当の漬け菜噛み、あの子のことをふと思い出す。
味噌汁を啜る。
あの子は友達だった。
学校で初めてできた友達だった。
受験の日、テストの合間の休み時間に、言葉を交わして、意外と話が弾んでしまって、なりゆきで友達になった。
学生時代はいつも一緒だった。
移動教室も、休み時間も、昼ごはんも、部活も。
うんざりするほど一緒だったけど、その時間がやけに心地よかった。
けれど、友達なんて所詮、そんなものだ。
一緒に共有する時間だけが、私たちの仲の全てだった。
私とあの子は、仲が良くて一緒に過ごすだけで、目指す場所も目標も幸せの形も何もかも違う。
けれど、どんな学生生活を過ごしたいか、という一点に置いて、私たちの理想は一致していた。
だから、私たちは、いちばんの友達だった。
楽しい日はあっという間に過ぎる。
私たちは友達だ。
学生時代において、誇張なしにbest friendsだった。
今でも連絡を取り合い、一年に一回は遊ぶほど、私たちはbest friends。
しかし、親友とは違う。
私には、親友ができた。
幸せの形が似通っていて、職場でも頼れる唯一無二の友達が。
あの子にもきっと出来ただろう。
私よりずっと気の合う親友が。
しかし、私たちは今でも仲良しだ。
あの頃と同じように。
同じ時間を分け合い、同じ時代を過ごした最高のbest friends。
そうして、私たちはお互いに、それだけで満足なのだった。
あの子のいない昼休みを噛み締めながら、お弁当を食べ終える。
もうあの頃の私たちはいない。
しかし、私たちは今でも形を変えてfriendsなのだ。
文の用 秋草分けて 探し書く
とく読みたくて 君が紡ぐ歌
糸縒りて 紡ぐ衣は まだ薄し
君が紡ぐ歌の ごとき夏服
クロード・モネはきっと、光と霧の狭間で世界を見ていたに違いない。
曖昧な輪郭の中に、空気と光の動きが閉じ込められている気がする。
美術館の中は静かだった。
観覧者は珍しいことに、私一人だけで、あとは学芸員たちが、アートの一部かのように、寒そうに、片隅に座っていた。
私は、ゆっくりと静謐の中を歩いた。
絵画はどれも、何かを伝えるように沈黙して、穏やかな光と霧の狭間の世界を見せつけていた。
私は荷物を持ち直し、ゆっくりと歩いた。
足音が染み込んだ床のカーペットは、私の歩いた音さえも、例外なく飲み込んだ。
どこからともなく、冷房の、冷たい風が吹きつけた。
くしゃん、と、静かに座っていた学芸員がくしゃみをし、あわてて膝掛けを取り出した。
窓がない展示室だったが、光も霧も影さえも、それは絵画の中に、静かにあった。
私はゆっくりと静謐の中を歩いた。
クロード・モネはきっと、光と霧の狭間で世界を見ていた。
そう確信を持って。
その日は、あいつの誕生日だった。
いつものように不安に駆られたあいつに呼び出されて、僕らはいつものように、しこたま飲んだ。
そして程よく酔っ払ったあたりで、僕はいつもあいつを慰める時とおんなじように、あいつに向かって両手を広げた。
僕より10センチも上背のあるあいつは、それなのに、赤ん坊みたいなところがあって、あいつは何かを抱き締めないと、泣くことも怒ることもできなかったのだ。
だから、こういう時は、友人である僕が、その役目を請け負っていた。
しかも、本人はシラフで友人に抱きつくとか、そういうのは気まずいと気にする方だったから、必ず酒を入れてから。
都合のいいことに、僕の方が酒には強かったし、あいつは絡み酒だった。
というわけで、今日もまたいつもと同じように、僕は、あいつの口が多少滑らかになったところで酒を切り上げて、あいつに抱き締められる準備を整えた。
そのうちに、あいつが黙り、沈黙が訪れる。
そうして、正面から、ずっしりと、我が友人の体重がのしかかる。
重たいあいつの頭が僕の肩にふってくる。
耳は嫌でも、あいつの耳の横にあり、だから僕は、耳を澄ませるまでもなく、あいつの動向を聞くことができる。
砂時計の音が部屋に響く。
静寂の中の砂時計の音が伴奏だったかのように、不意にあいつの控えめな啜り泣きが、鼓膜を震わす。
あいつが泣いている。