薄墨

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9/18/2025, 1:04:51 PM

「もしも世界が終わるなら」そんな問いかけが実現するのは、
自分以外の世界が滅ぶ、という場合だけではないことを知った、あの夜の、星空。

私が私の身体の耐用年数を知った、あの日の、焦げるような夕焼け。

もしも世界が終わるなら。
私は、そんな私だけの体験を、私が生きていたという証拠を、ただ、遺したい。

いつか、どこかで、誰かが拾えるように。

時の彼方、私が到底見られない未来。
そこには、浪漫があるでしょ。

9/17/2025, 2:19:57 PM

ほどけた。
踏んづけて、転んだ。
靴紐。

私の運動靴の紐の端は、どれもみな、薄汚れて、ぺったんこになっている。
私が踏んづけるからだ。
薄汚れた運動靴のつま先は、すり減り、黒ずんでいる。

膝小僧に、擦れた痛みが走る。
そういえば、靴紐を踏まれてぐにゃりと転んだ右足首も、鈍く痛む。
足を引き摺りながら歩く。
足元は薄汚れている。

革靴を履かなくなって、もう2ヶ月も経った。
スーツもアイロンがけしたワイシャツもぴかぴかの制服も着ない日常は、なんだか緊張感にかけていて、弛んでいる。
踏みつけ続けられて、薄汚れてぺちゃんこにされた靴紐の先のような感じだ。

人生の夏休みなんだ、と言っても、言われても、なんだか味のなくなったガムを噛み続けているような居心地の悪さが、心と頭にわだかまっている。

今日は買い物に出た。
そして、転んだ。
靴紐を自分で踏んで。

私はいつもそうなのだ。
私はいつもそう。
私は、自分で自分の靴紐を踏んで、勝手にすっ転ぶような、そんな、勝手に自滅してしまうような人なのだ。

右足がズキズキと重たい。
足を引き摺りながら、私は歩く。
薄汚れてくたびれた運動靴がゆっくり、ゆっくり、前へ出る。

ひょろひょろとくたびれた靴紐が、ずるずるとついていく。

9/16/2025, 3:34:21 PM

君と人生を別ってから、もう5年も経った。
僕にとって、何が正しくて、何が幸せで、何が嬉しいのか。
あの時の選択は善いものだったのか。

答えは、まだ。

9/15/2025, 2:29:12 PM

どれだけつまらなくてありふれたストーリーでも、血生臭くて美しい描写さえあれば、俺は崇高だと思いこんでしまえるのだ、と思い知った。
それほどに、奴のパフォーマンスは恐ろしく魅力的だった。

口の中に感じる苦々しい悔しさを奥歯で噛み締めて、熱々のアスファルトの地面に唾を吐きかけた。

最悪だと思った。

今まで自分が素晴らしいと感じたもの、美しいと思い込んできたものが、本質的には、商業大衆用のプロールの餌と大して変わらなかったなんて。
最悪な気分だった。

俺は、打ちひしがれて、臭くて、薄っぺらくて、これまでひどく嫌悪していた感傷なんてものに浸っていた。
冷静に考えてみれば、俺は天才でもなんでもなく、ただの思い上がったバカだということは、どんなことばよりも明確に、俺の現実がありありと物語っていた。

好きなことで食っていく、と大見得を切って喧嘩し、飛び出した実家。
飯を食うために流行りを踏襲し、マーケティング戦略に沿って作られる作品を青臭くも嫌悪し、目を背け、現実逃避とばかりに、自己陶酔に浸っていた昨日までの日。
当然ながら、いつまで経っても認められない俺の作品。
ダラダラと夢だけを語りながら、テキトーに、バイトとバイトをこなす日々。

気がつくと俺の根は腐っていた。
現実から目を背けて、夢と理想と自分の世界に浸り、ただ自尊心をぶくぶくと太らせたばかりに、俺の現実の日々は、灰色に腐り切っていたのだった。

俺の、こんな生い立ちでさえ、ありふれたストーリーだ。
こんな人生を送っている人間は、この街だけでも100人はいるだろう。

夢が覚めた。
盲目で、ありふれていて、平凡で、つまらない男。
それが俺だ。
今の俺なのだ。

つまらない。
つまらない俺はヤケになっている。
つまらないついでに、今からの行動も、ありきたりのありふれたつまらないことをしようと思った。

傷心旅行だ。
後先考えない、ここ数ヶ月のバイト代を注ぎ込んだ旅行。
センチメンタル・ジャーニー。
俺の嫌いな、大衆に流行りまくったJpopのタイトルみたいなベタベタな旅行。

「センチメンタル・ジャーニー」
俺は小さく、調子はずれに口ずさむ。
気分は最悪だった。
あとからあとから込み上げる感傷が気持ち悪い。

俺は一歩を踏み出す。
クソみたいな自分に、舌打ちしながら。
クソみたいなベタを、口ずさみながら。

9/15/2025, 2:25:03 AM

あの日の月は赤かった。

血のように紅く、コンパスで描いたかのように新円で、地上から空に貼り付けたかのように大きかった。
あの日も私は、君と月を見ていた。

おどろおどろしく、神秘的に輝く赤の月は、あの日の血みどろに彩られた私たちの夜を照らしていた。

あの日、私は君の血に汚されていて、君は物も言わずに冷たく転がされていた。
あの日、確かに私は君を殺して、私の復讐と後悔に終止符を打ったのだった。

しかし、全てはあの日から始まった。

私が否応なく、毎日、君と顔を合わせなくてはいけなくなったのは、あの日からだった。
私の傷ついた手の甲を塞ぐようにできた、君の顔は、私の瘡蓋であり、腫瘍でありながら、紛れもなく孤立した君だった。

私は君と生き抜かねばならなかった。

それからの一年は、苦悩に満ちたものだったのか、楽しい記憶なのか、どうにも分からないようなものだった。
あまりにもいろいろなことがありすぎた。

しかし、あまり迷惑というものでもなかった。
君は思ったより人間であったことを、私は知った。
私が思ったより人間であったことを、君が知った。

そして今日、私たちは一切のしがらみから解放された。

私は一年前と同じように、血で汚れていた。
私の右手の甲で、血生臭い匂いに、君は顔を顰めながら咳き込んでいた。

月を見上げた。
君も見た。

月は一年前とは全然違う。
月色にほのかに輝く今日の月は、弓形に細く引き絞られていた。

今晩だけは、私たちの夜だった。
君と見上げる月は、いつも鮮やかだった。

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