薄墨

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7/16/2025, 10:48:11 PM

視界がぐるぐる回っている。
強い色が瞼の裏に閃いては、消えていく。
ノイズがごろごろと脳裏を廻る。

見えている景色が歪み、傾き、揺れる。
喉が掠れている。
バグみたいな視界は、なんだか不気味ではあるが、むしろ心地いい。
身体を深く沈め、ぐるぐると回る視界に身を任せる。
視界の端でも中央でも、賑やかに色が閃いている。
色鮮やかで私の腰ほどもあるイモムシが、ちこちこと視界を横切っていく。

私は今日、学校を休んだ。
熱があったのだ。

だから、今日は、親に職場から欠席連絡を入れてもらって、布団に沈み込んでいる。
なにしろ明日には遠足がある。
熱でだるいこの身体をなんとしても休めて、明日には復活しなければならないのだった。

39度まで上がった熱を下げるため、私は真昼から布団に潜り、水分をとったりトイレに行ったりする以外は、布団の中で安静に目を瞑っている。
そして、瞑った目の瞼の裏で、こうして閃く真昼の夢をずっと見つめて、浸っているのだった。

イモムシがゆっくりチコチコと、マーブル状に色を飲み込んだ空間を過ぎっていく。
床からぽこり、とキノコが生えて、床に溶ける。
ぐるぐる回る視界の中で、ごろごろぐるぐる、と何かが唸っている。
赤いランドセルが、現れ、すぐに空間の色彩に溶け去っていく。
青いスクールカバンが、視界の端で、歪む空間と一緒に混ざり合う。

真昼の夢は不可解だ。
何も分からないし、何を表しているかも分からない。
ただ、それらは渦巻き、うねり、混じり合いながら、私の周りを満たしている。

不可解で、不条理で、不安定。
けれど、何故だか心地良い。

私は、身体を、真昼の夢の世界に横たえ、沈める。
心地良いカオスに身を委ねる。
視界がうねる。
ぐるぐる回る。

うねった視界を、イモムシのようにひよこが連なった変な生き物が過ぎっていく。

幼鳥だ。

私は目を深く閉じ、真昼の夢に身を託す。
真昼の夢に、真昼の夢の中に浸る。
浸ってゆく。

7/15/2025, 9:43:32 PM

一人で泣きたい時は
台所に立てこもって、ひたすら、ネギやキャベツなんかの、付け合わせの野菜を刻むこと。

言えない秘密がある時は
冷蔵庫にメモを残して、冷凍庫の中身を買いに行くこと。

聞いて欲しい話がある時は
急須に紅茶を淹れて、茶菓子を用意すること。

なぐさめてほしい事がある時は
浴槽を磨いて、お風呂のお湯をゆっくり溜めること。

二人で暮らしを分け合う私たちの
秘密のルール。
二人だけの。

7/14/2025, 10:31:07 PM

夏だ。
アスファルトに反射した太陽の光が、熱を放出して、その上でミミズが干からびている。
蝉が鳴いている。

夏だ。
靴の頭を目的地に向ける。
日光に熱されて爽やかさを失った熱風が顔に吹き付ける。

私たちは今から山に向かうのだった。
山の地中に埋まっているはずの、あの子を探しに。
あの、蝉が鳴きじゃくる山の上に向かうのだった。

夏だ。
日差しがぎらぎらと照らし続けている。
白い雲が遠くに見える。
蒸し暑い。

あの子は、突然姿を消した。
ちょうど今日みたいな夏だった。
あの日、あの子はどこへ行くと云っていたのだっけ?
ともかく、あの子は出かけて、私たちは、クーラーの効いた部屋で、あの子もすっかり大きくなった、とお互いに語り合った。

夏だった。
蝉の鳴き声が大きくなる。
日差しを、木々の葉が覆い始めた。
蒸し暑い。
水気を含んだ熱い空気が揺らぐ。

山を登る。
天辺まで行けば、涼しいだろうか。
今より。
あの子が消えたあの夏の日より。
そんな考えを、浮いてきた顔の汗と一緒に拭う。

夏だった。
蝉が鳴いている。
蒸し暑い。

7/13/2025, 3:21:38 PM

最後の時はいつだって、突然やってくる。

真夏日だった。
窓の外で積乱雲は大きく育って、入道雲となり、空は真っ青に晴れ渡り、太陽がまばゆいばかりに光を放っていた。
真夏日だった。

通話を繋いだスマホを隣に置いて、イヤホンを耳に押し込んで、別行動をした仲間たちの言葉を聞いていた。
蝉時雨と細やかな聴覚情報と隠された真実とそれを知った仲間の苦悩が、一緒くたに流し込まれた。

脳を殴られたような衝撃だった。
この部屋に残って解読していた本の内容も衝撃的な隠された真実ではあったけれど、それよりもずっと、追っていたターゲットと身近な人間が邂逅し、体験した、_今こうして私の耳に流れ込んできている、この隠された真実_の方が、よっぽど冒涜的で理不尽な衝撃だった。

脳がクラクラと揺さぶられるようで、眩暈がした。
私だけはこうして、クーラーの効いた自分の部屋にいるというのに。
真実を語る声の裏で、蝉が喧しく鳴いていた。

なんて世界を私たちは、なんて奇跡で生き抜いているのだろう。
こんなちっぽけな私が、ここまで細かな物語のある人生を生きているのが、奇跡であるように思えた。

それは、隠された真実だった。
今までの選択の清算だった。
今までの思考の答え合わせだった。
そして、今までの頑張りが、見当違いの無であったことの証明だった。

脳が揺らめき、掲げていた目標が霧散した。
悪夢のようだった現実は、隠された真実を手にして目を覚ました途端、かき消えてしまった。

私が頑張る理由は、どこにもなかった。
ドッと湧き上がった疲労感が、体を重たく満たしていた。
じわじわと絶望感が、脳を満たし始める。

仲間たちはまだ必死に、道筋を探そうとしていた。
しかし、隠された真実を知ってしまった私には、もうそこまでやれる理由が残っていなかった。

私は、もはや私にとっては雑音になってしまった声たちから逃れるために、そっとイヤホンを外した。
蝉が喧しく鳴いていた。

7/12/2025, 2:52:38 PM

ひとり夜に あなた来たかと 目を開けむ
 蚊帳越しに鳴る 風鈴の音

ひぐらしの 鳴き声降って 待ち人の
 来ぬ夏の暮れ 風鈴の音

溶けかけの 氷つついて 雨を待つ
 蝉に消さるる 風鈴の音

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