薄墨

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2/19/2025, 10:56:00 PM

じっ、と目の中を見つめながら、聞く。
「あなたは誰」

こちらをじっ、と見つめていた目の前の顔の口が動く。
「あなたは誰」
見慣れたはずの、でも記憶を掠めることのない顔が、今も目の前でまばたきをする。

洗面台で毎朝、顔を合わせる上半身だけの顔に、そう問いかけ始めてもう一年が経つ。
気狂いになりたかったわけじゃない。
ただ、本当に、鏡に映るこの顔が、誰のものなのかを知りたいだけ。

正当防衛で、人を殺したあの日からは、もう二年だ。
血と汗に塗れて呆然と座り込んだ私の目前で、私が必死で殴りつけ、ただの物体と化した男を、警察が運び出していった。

しどろもどろに煩雑と話す私の代わりに、状況証拠と第三者の証言が、正当防衛を証明した。
事前の計画通りだった。

騒ぎたいだけか、それとも何かに気付いたのか、事件から一拍置いて、たくさんの報道が出た。
世間の俎上に載せられた実名写真付きの報道は、自分のものとはとても思えなかった。

弁護士、警察と検察、裁判所さえ、宥めるように、勇気づけるように私に「あなたの件は正当防衛です」と言い、やたらと世話を焼いた。
私が壊れてしまうことを、公的機関は必要以上に恐れた。
友達や家族や私の縁者は、報道に憤り、何かと私を心配した。
事情を知る者たちは、みんな私の正当防衛を信じて疑わず、乱暴な報道や世論で私が傷つくのを、怖くなるくらいに恐れた。
私を心配した。

しかし、私はそんな世間の動きには、清々しいほど何も感じなかった。
ただ、ぼんやりと連日積み重なる、私についてのニュースを眺めた。

そのうちに心の裡で、ある疑問がふっと湧いた。
私の名で、こうして新聞やニュースに出ている、この顔はいったい誰なのだろう。
テレビに、私の名義で映し出された顔写真を見て、そう思った。

今まで気づいていなかったのだが。
その翌日に、顔を洗いに洗面台へ行って、私は発見した。
私が鏡の前に立つと、鏡にテレビに出ていた誰のものか分からない顔が写し出されるということに。

なるほど、そうだったのか。
なんてことはない。メディアがこぞってこの顔と私の名前を結びつけたのは、私にこの顔が付き纏っているからだったのだ。
私がいればこの顔が写し出されるからだったのだ。
私は納得して、そして聞いた。

顔写真と名前の謎は解けたが、私にずっと付き纏っているはずのその顔の素性には、私は覚えがなかったから。
真っ直ぐに顔を見据えて、私は聞いた。
「あなたは誰」と。

しかし、その顔は私を真っ直ぐに見つめ返して、ただ口を動かした。
「あなたは誰」

それから私は毎日、その顔に素性を問うている。
しかし、顔は毎日、口の動きだけで、私と同じように私の素性を問うだけ。
「あなたは誰」

ひょっとするとあの顔は、気が狂っているのかもしれない。
ちょっと不安になる。

けれどもいつも、あの顔を前にすると、そんな不安より好奇心が勝つ。
だから、私は今日も聞く。
あの顔を真っ直ぐに見据えて。

「あなたは誰」

2/18/2025, 1:11:11 PM

親展 親愛なるあなたへ

 手紙の行方
 
  南から強い風が吹いた
  春一番だ
  誰かが言った
  風からの便りだ
  誰かが言った

  浜辺に打ち上がったプラスチック
  人類への警鐘だ
  誰かが言った
  海からの便りだ
  誰かが言った

  ぼくはあの子へ手紙を書いた
  ラブレターだ
  誰かが言った
  恋人からの手紙だ
  誰かが言った

  でも
  南風は本当に春を知らせたかったのだろうか
  海を漂うプラスチックは本当に人間宛なのだろうか

  きっと
  手紙の意図は誰も分からない
  書いた当事者にも
  読んだ当事者にも

  手紙の行方は誰も知らない
  届けた当事者も
  送り出した当事者も
  受け取った当事者も

  ぼくはあなたへ手紙を書いた
  でも本当は誰への手紙か
  この手紙はどこへ行くのか

  それは誰にも分からない

Dear you

 Lost letter
  Very south wind
  Said someone
  "Came spring!"
  Said someone
  "It's letter from wind!"

  Plastic washed up on the beach
  Said someone
  "A warning to human!"
  Said someone
  "It's letter from sea!"

  I wrote letter to her
  Said someone
  "It's love letter!"
  Said someone
  "It's letter from lover!'

  But
  I wonder if it's ture?
  That south wind announce spring
  That plastic to was sent to human

  No one known
  That true purpose of the letter
  Too witer
  Too reader

  No one known
  That true destination
  Too deliveryman
  Too sender
  Too receiver

  I wrote letter for you

  But,I don't know
  who is my letter to
  where will my letter end up

2/17/2025, 11:10:14 PM

眩しい。
眩しい眩しい眩しい眩しい!

あなたが私に手を差し伸べている。
今朝の夢だ。夢。分かっている。
でも、現実でも何度もあったことだ。

そうだった。
いつも…あなたが現実にいた過去も、夢の中の今でさえも、私はあなたのその姿に、感謝もせず、ひたすらその輝きの眩しさに発作を起こして、ただただそんなことを心の中で呟いていた。

目を眇めて見つめるしかなかった。
強い、強い、輝き。
忌まわしい、輝き。
憧れ。

それだけ…記憶の中で、目の前で、いつも格好良くて、頼もしくて、だから、まともに直視できずに、斜に構えて眺めるしかなかった。

屈託のない笑顔で、当然のように人に手を伸ばし、誰よりも人気者で優しいくせに、ひたすらに不甲斐ない、誰からも相手にされないような私のピンチにも、必ず駆けつける。
見返りを求めないみたいな顔で、いつも優しく、私に声をかける。

差を見せつけられたみたいで、必死に突っぱねる弱者にも何食わぬ顔で、スラリと形の良い手を差し伸ばす。
だからといって、私の僻みと苛立ちを分かったかのように、威張ってみせ、まるで恨まれることも織り込み済みのように、同じ土俵に降りてくる。
私の心の中を見通したように。
本当は助けられたがっていることを、分かってるかのように。

助けられた方は、それに気づいて、尚も手を伸ばせるあなたの余裕と大人な様子が、憎くて、憎くて、でも、有り難くて、だから、眩しさに目を細めるしかない。
それがどんなに屈辱的で、見たくなくても、私たちも光がなくては生きていけないから。

同期の中で、私を疎まずに話しかけてくれる、唯一の人だった。
努力も人への気配りも意欲さえない私に、最期まで期待してくれた人だった。
私のどうしようもない失敗も、根本的な問題も、一緒に向き合い、解決しようとする人だった。
弱みや欠点なんて一つも見つからない、隙のない人だった。

だから、誰にも気づかれなかった。

どこかで聞いたことがあった。
「光が強いほど、影も濃い」
「本当に助けが必要な人は、助けたいと思う姿をしていない」
ネットで見たその言葉を、私は自分の都合の良いように自分に言い聞かせるためにしか使って来なかった。
でも、その意味をようやく理解したのだ。

あなたが、頽れるようにして、私の前から去ってから。
この会社に出すための辞表を抱えたまま、電車に飛び込んでから。

私はあなたの何も知らなかった。
あなたの自宅も、出身も。
その生い立ちも、抱えたものも、苦しさも。
あなたにあんなに甘えて、あんなに突っかかって、あんなに論ったのに。

本当に助けが必要なのは、誰だったのだろう。
今日も、忙しい業務の中で、私は思う。

そして、輝きを直視できなかった、自分の目を恨み、強すぎる輝きだったあなたを、お門違いに恨むのだ。
あなたの穴を埋めようとして、かえって広げながら、私は今日もあの輝きを思う。

燃え尽きた輝きは、もう戻っては来ないのに。

2/16/2025, 2:36:18 PM

重たそうなトラックのエンジン音が、微かに聞こえる。
「来ましたよ!」
見張り番の声がする。
兵舎から、仲間たちは次々に飛び出して、トラックへ向かう。

泥に塗れた相棒の一眼レフを手に取って、私も外へ向かう。
兵舎から飛び出ていくみんなの後ろから外へ出る。

止まったトラックから運転手が降りてくる。
トラックの荷台や、後続の歩兵機動車から、補給部隊がぱらぱらと降りてきて、荷物を運び出す。
トレンチコート、ベルト、シャツ、ズボン。
包帯、薬、三角巾、シーツ、タバコ、嗜好品。
新しい砲弾と、大小様々な銃、銃弾、ガソリン。
石鹸、洗剤、芋と缶詰、小麦。
兵員輸送車からは、若いたくさんの新兵が、ピカピカの服を纏って降りてくる。
運び出される真新しい物資たちに、喜びと歓迎の声が上がる。

師団長が、運転手に歩み寄り、ガッチリと握手を交わす。
負傷者を支え、運び出しながら、救護兵もやってくる。
もうここに駐屯している全員が、トラックの前に集まっていて、今月の補給の品目が並ぶ。
くすんだ中で、真っ新にかがやく物資たちに、どこからともなく柔らかな笑みと、穏やかな喜びが、群衆の中に広がる。

最後に、箱を大切そうに抱えて出てきた男が言う。
「今月は、勲章を預かっております」
どよめきのような歓声が上がる。
箱がそれぞれの上官たちに渡されて、物資もすっかり運び出され、数えられて、配給の準備が整う。

「これより、今月の支給式、新兵の歓迎会、及び、功労者への勲章授与を行う!」
師団長の厳しい声の中にも、喜色が混じっている。

各部隊が、各場所に並んで、支給された物資を受け取る。

ぴっしりと糊付けされたシャツを掲げて、嬉しげに見つめる顔。
ぴかぴかのベルトの金具に、笑みを映してはしゃぐ顔。
真四角のタバコの箱を引き開けて、ふざけた笑みで、おどけてタバコを咥える顔。
一人一人に向かって、シャッターを切る。
心の中で、「時間よ止まれ」と呟きながら。

真っ白な三角巾を手に取ったお調子者が、「使わなかった古い三角巾で、テーブルクロスを作ろう!」と呼ばわり、上官から苦笑交じりの拳骨を落とされる。
洗濯兵や料理兵が、その様子を呆れたような笑顔で見やりながら、たらふく物資の入った麻袋を運び、満ち足りた溜息をつく。

負傷兵たちは、丁寧に仲間たちに支えられ、見送られ、泣き笑いでお礼を言われながら、別れを祝われながら、兵員輸送車に乗り込んでいく。
新たな薬や包帯、それから兵員輸送車に乗り込む負傷兵に向かって、安堵と不安の混じった、慈愛に満ちた笑顔を浮かべているのは救護兵たちだ。

私はシャッターを切る。
仲間の、幸せそうな、人らしい、一瞬一瞬が、カメラの中に残る。

朝露も落ちない程の早朝だ。
前線基地へやってくる、3ヶ月に一回の補給の日。
戦場の中で、もっとも華やかで、穏やかで、平和で、嬉しさに満ちた朝。
こういう時だ。シャッターを切るたびに心の中で、決まって「時間よ止まれ」と呟いてしまうのは。

普段は、痛みと悲しみを堪えたような固い表情で、絞り出すように言われる「写真を撮ってくれ」という私たちへの頼みも、今ばかりはとびきりの、嬉しさに満ちた笑顔で、被写体も今日ばかりは、本当にみんな揃って良い顔だ。

やがて、勲章授与の段になり、厳しい声が、授与者を呼ばわる。
その度に、歓声が上がり、呼ばれた一人一人は、前に出て、誇らしげに恭しく勲章を受け取る。
そして、周りの仲間たちにもみくちゃに祝われながら、照れ笑いを浮かべる。
「写真を撮ってくれ!」
上がる声に応えて、私はシャッターを切る。

この時間が、私はとても好きだ。
戦場の中でただ一時の、平和で明るく色づいた楽しい時間だ。

明日になれば。
日が登れば。
夜が明ければ、また戦争が始まるのに。
ここで笑っている幾人かとはもう会えなくなるだろうし、私だって、明日の夜まで生き残っている保証はない。

しかし、この時間だけは、そのことを忘れて、みんなで笑い合える。
この時間だけは、戦場で生き延びたからこその強い絆、関係性を、ただ、愛おしむことができる。

だから、私はこの時間がどうしようもなく好きで、幸せで、とても愛おしいのだ。
その幸せの前には、たくさんの不幸と苦しみと悲しみの影が落ちていて、この時間の先には、まだたくさんの不幸と苦しみと悲しみとが待っているとわかっていても。

分かっているからこそ、この時間が止まって欲しいと願ってしまう。

「おーい、記録兵!カメラ持ってるだろ?こっちも撮ってくれや!」
「その後はこっちで!あの人とお別れの写真を撮っておきたいの」
次々に上がる声に、私は応えて駆け回り、シャッターを切る。

時間よ止まれ、そう、心の中で願いながら。

2/16/2025, 1:59:25 AM

腰につけていた鞘から、すらりと抜き放った。
刀身は、冴え冴えと冷ややかに輝いている。
恐ろしいほど静かだ。

目を閉じて耳をそばだてれば、静けさの中のざわめきにも敏感になる。
風の音。木の葉の音。遠くの川の音。
瞼の裏の闇と、あたりの静けさに慣れれば、鼓膜はどんな些細な空気の振動も、漏らさずに捉え始める。

茂みの中の野生動物たちの気配も、眼前の敵陣の動きすらも。

腕や足に気力が満ちていくのを感じる。
四肢や体の表面には込み上げてくる篭った熱いものが巡っていくのに、体の芯の部分…脳や心はあの刀身の輝きのように重く、鎮まっていく。

耳をそばだてる。
やがて、体の内からか外からかも分からない声が、脳に響く。
君の声だ。
君の声がする。

「斬れ」
その声は呟く。
有無を言わさぬ断固たる口調で、その声は私に言う。
「好機だ。斬れ。今、刀を振るえば、私たちは戦える。血を流し、血を見られる」

柄がきりりと鳴る。
知らぬ間に、刀の柄を手の中に強く握り込んだようだ。
「そのとおり」
私は君の声に、呟くように応える。
「そのとおり。今が好機」

君の声が、時折脳に響くようになったのは、遠い噂で、侵略者を押し返す戦争が始まると言われるようになってからだ。
あの噂を初めて聞いたあの日から、君の声が聞こえるようになった。

正体知れずのその声は、いつも的確に、私の望む方へ、私を導いた。
農夫との婚礼を間近に控えた、田舎の小娘だった私が、最前線で兵の命を預けられながら刀を振るう一将軍となったのも、この声による導きが的確だったからだ。

初めて人を斬った日のことは覚えている。
生き物として生き生きと脈打っていた骨肉を斬り捨てたあの手応え。
振り抜いた刀の軌跡の後から流れ出す赤い血と、ずるりと落ちて残った肉塊。
あの日の言い表せないような感触と興奮が、今も私の骨髄に染み込んでいる。

私は戦いを欲していた。
刀を振い、命を賭して命を狩ることを欲していた。
私の罪深い心の奥底は、感情は、殺しを望んでいた。

そして君の声は、それをよく知っていた。

私は君の声に導かれてここまできた。
ある人はそれを使命と言った。
ある人はそれを幻覚と言った。
ある人はそれを哀れな運命だと言った。

でも私は知っている。
私は、私の意思でここまで来た。

「行こう。斬れ」
君の声がする。
足に、腕に、力が籠る。
肉を斬る、骨を断つ感触が、込み上げてくる。

私は身を翻す。
君の声がする。
敵陣に向かって、一気に駆け抜ける。

君の高笑いが聞こえた気がした。

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