薄墨

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重たそうなトラックのエンジン音が、微かに聞こえる。
「来ましたよ!」
見張り番の声がする。
兵舎から、仲間たちは次々に飛び出して、トラックへ向かう。

泥に塗れた相棒の一眼レフを手に取って、私も外へ向かう。
兵舎から飛び出ていくみんなの後ろから外へ出る。

止まったトラックから運転手が降りてくる。
トラックの荷台や、後続の歩兵機動車から、補給部隊がぱらぱらと降りてきて、荷物を運び出す。
トレンチコート、ベルト、シャツ、ズボン。
包帯、薬、三角巾、シーツ、タバコ、嗜好品。
新しい砲弾と、大小様々な銃、銃弾、ガソリン。
石鹸、洗剤、芋と缶詰、小麦。
兵員輸送車からは、若いたくさんの新兵が、ピカピカの服を纏って降りてくる。
運び出される真新しい物資たちに、喜びと歓迎の声が上がる。

師団長が、運転手に歩み寄り、ガッチリと握手を交わす。
負傷者を支え、運び出しながら、救護兵もやってくる。
もうここに駐屯している全員が、トラックの前に集まっていて、今月の補給の品目が並ぶ。
くすんだ中で、真っ新にかがやく物資たちに、どこからともなく柔らかな笑みと、穏やかな喜びが、群衆の中に広がる。

最後に、箱を大切そうに抱えて出てきた男が言う。
「今月は、勲章を預かっております」
どよめきのような歓声が上がる。
箱がそれぞれの上官たちに渡されて、物資もすっかり運び出され、数えられて、配給の準備が整う。

「これより、今月の支給式、新兵の歓迎会、及び、功労者への勲章授与を行う!」
師団長の厳しい声の中にも、喜色が混じっている。

各部隊が、各場所に並んで、支給された物資を受け取る。

ぴっしりと糊付けされたシャツを掲げて、嬉しげに見つめる顔。
ぴかぴかのベルトの金具に、笑みを映してはしゃぐ顔。
真四角のタバコの箱を引き開けて、ふざけた笑みで、おどけてタバコを咥える顔。
一人一人に向かって、シャッターを切る。
心の中で、「時間よ止まれ」と呟きながら。

真っ白な三角巾を手に取ったお調子者が、「使わなかった古い三角巾で、テーブルクロスを作ろう!」と呼ばわり、上官から苦笑交じりの拳骨を落とされる。
洗濯兵や料理兵が、その様子を呆れたような笑顔で見やりながら、たらふく物資の入った麻袋を運び、満ち足りた溜息をつく。

負傷兵たちは、丁寧に仲間たちに支えられ、見送られ、泣き笑いでお礼を言われながら、別れを祝われながら、兵員輸送車に乗り込んでいく。
新たな薬や包帯、それから兵員輸送車に乗り込む負傷兵に向かって、安堵と不安の混じった、慈愛に満ちた笑顔を浮かべているのは救護兵たちだ。

私はシャッターを切る。
仲間の、幸せそうな、人らしい、一瞬一瞬が、カメラの中に残る。

朝露も落ちない程の早朝だ。
前線基地へやってくる、3ヶ月に一回の補給の日。
戦場の中で、もっとも華やかで、穏やかで、平和で、嬉しさに満ちた朝。
こういう時だ。シャッターを切るたびに心の中で、決まって「時間よ止まれ」と呟いてしまうのは。

普段は、痛みと悲しみを堪えたような固い表情で、絞り出すように言われる「写真を撮ってくれ」という私たちへの頼みも、今ばかりはとびきりの、嬉しさに満ちた笑顔で、被写体も今日ばかりは、本当にみんな揃って良い顔だ。

やがて、勲章授与の段になり、厳しい声が、授与者を呼ばわる。
その度に、歓声が上がり、呼ばれた一人一人は、前に出て、誇らしげに恭しく勲章を受け取る。
そして、周りの仲間たちにもみくちゃに祝われながら、照れ笑いを浮かべる。
「写真を撮ってくれ!」
上がる声に応えて、私はシャッターを切る。

この時間が、私はとても好きだ。
戦場の中でただ一時の、平和で明るく色づいた楽しい時間だ。

明日になれば。
日が登れば。
夜が明ければ、また戦争が始まるのに。
ここで笑っている幾人かとはもう会えなくなるだろうし、私だって、明日の夜まで生き残っている保証はない。

しかし、この時間だけは、そのことを忘れて、みんなで笑い合える。
この時間だけは、戦場で生き延びたからこその強い絆、関係性を、ただ、愛おしむことができる。

だから、私はこの時間がどうしようもなく好きで、幸せで、とても愛おしいのだ。
その幸せの前には、たくさんの不幸と苦しみと悲しみの影が落ちていて、この時間の先には、まだたくさんの不幸と苦しみと悲しみとが待っているとわかっていても。

分かっているからこそ、この時間が止まって欲しいと願ってしまう。

「おーい、記録兵!カメラ持ってるだろ?こっちも撮ってくれや!」
「その後はこっちで!あの人とお別れの写真を撮っておきたいの」
次々に上がる声に、私は応えて駆け回り、シャッターを切る。

時間よ止まれ、そう、心の中で願いながら。

2/16/2025, 2:36:18 PM