薄墨

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2/17/2025, 11:10:14 PM

眩しい。
眩しい眩しい眩しい眩しい!

あなたが私に手を差し伸べている。
今朝の夢だ。夢。分かっている。
でも、現実でも何度もあったことだ。

そうだった。
いつも…あなたが現実にいた過去も、夢の中の今でさえも、私はあなたのその姿に、感謝もせず、ひたすらその輝きの眩しさに発作を起こして、ただただそんなことを心の中で呟いていた。

目を眇めて見つめるしかなかった。
強い、強い、輝き。
忌まわしい、輝き。
憧れ。

それだけ…記憶の中で、目の前で、いつも格好良くて、頼もしくて、だから、まともに直視できずに、斜に構えて眺めるしかなかった。

屈託のない笑顔で、当然のように人に手を伸ばし、誰よりも人気者で優しいくせに、ひたすらに不甲斐ない、誰からも相手にされないような私のピンチにも、必ず駆けつける。
見返りを求めないみたいな顔で、いつも優しく、私に声をかける。

差を見せつけられたみたいで、必死に突っぱねる弱者にも何食わぬ顔で、スラリと形の良い手を差し伸ばす。
だからといって、私の僻みと苛立ちを分かったかのように、威張ってみせ、まるで恨まれることも織り込み済みのように、同じ土俵に降りてくる。
私の心の中を見通したように。
本当は助けられたがっていることを、分かってるかのように。

助けられた方は、それに気づいて、尚も手を伸ばせるあなたの余裕と大人な様子が、憎くて、憎くて、でも、有り難くて、だから、眩しさに目を細めるしかない。
それがどんなに屈辱的で、見たくなくても、私たちも光がなくては生きていけないから。

同期の中で、私を疎まずに話しかけてくれる、唯一の人だった。
努力も人への気配りも意欲さえない私に、最期まで期待してくれた人だった。
私のどうしようもない失敗も、根本的な問題も、一緒に向き合い、解決しようとする人だった。
弱みや欠点なんて一つも見つからない、隙のない人だった。

だから、誰にも気づかれなかった。

どこかで聞いたことがあった。
「光が強いほど、影も濃い」
「本当に助けが必要な人は、助けたいと思う姿をしていない」
ネットで見たその言葉を、私は自分の都合の良いように自分に言い聞かせるためにしか使って来なかった。
でも、その意味をようやく理解したのだ。

あなたが、頽れるようにして、私の前から去ってから。
この会社に出すための辞表を抱えたまま、電車に飛び込んでから。

私はあなたの何も知らなかった。
あなたの自宅も、出身も。
その生い立ちも、抱えたものも、苦しさも。
あなたにあんなに甘えて、あんなに突っかかって、あんなに論ったのに。

本当に助けが必要なのは、誰だったのだろう。
今日も、忙しい業務の中で、私は思う。

そして、輝きを直視できなかった、自分の目を恨み、強すぎる輝きだったあなたを、お門違いに恨むのだ。
あなたの穴を埋めようとして、かえって広げながら、私は今日もあの輝きを思う。

燃え尽きた輝きは、もう戻っては来ないのに。

2/16/2025, 2:36:18 PM

重たそうなトラックのエンジン音が、微かに聞こえる。
「来ましたよ!」
見張り番の声がする。
兵舎から、仲間たちは次々に飛び出して、トラックへ向かう。

泥に塗れた相棒の一眼レフを手に取って、私も外へ向かう。
兵舎から飛び出ていくみんなの後ろから外へ出る。

止まったトラックから運転手が降りてくる。
トラックの荷台や、後続の歩兵機動車から、補給部隊がぱらぱらと降りてきて、荷物を運び出す。
トレンチコート、ベルト、シャツ、ズボン。
包帯、薬、三角巾、シーツ、タバコ、嗜好品。
新しい砲弾と、大小様々な銃、銃弾、ガソリン。
石鹸、洗剤、芋と缶詰、小麦。
兵員輸送車からは、若いたくさんの新兵が、ピカピカの服を纏って降りてくる。
運び出される真新しい物資たちに、喜びと歓迎の声が上がる。

師団長が、運転手に歩み寄り、ガッチリと握手を交わす。
負傷者を支え、運び出しながら、救護兵もやってくる。
もうここに駐屯している全員が、トラックの前に集まっていて、今月の補給の品目が並ぶ。
くすんだ中で、真っ新にかがやく物資たちに、どこからともなく柔らかな笑みと、穏やかな喜びが、群衆の中に広がる。

最後に、箱を大切そうに抱えて出てきた男が言う。
「今月は、勲章を預かっております」
どよめきのような歓声が上がる。
箱がそれぞれの上官たちに渡されて、物資もすっかり運び出され、数えられて、配給の準備が整う。

「これより、今月の支給式、新兵の歓迎会、及び、功労者への勲章授与を行う!」
師団長の厳しい声の中にも、喜色が混じっている。

各部隊が、各場所に並んで、支給された物資を受け取る。

ぴっしりと糊付けされたシャツを掲げて、嬉しげに見つめる顔。
ぴかぴかのベルトの金具に、笑みを映してはしゃぐ顔。
真四角のタバコの箱を引き開けて、ふざけた笑みで、おどけてタバコを咥える顔。
一人一人に向かって、シャッターを切る。
心の中で、「時間よ止まれ」と呟きながら。

真っ白な三角巾を手に取ったお調子者が、「使わなかった古い三角巾で、テーブルクロスを作ろう!」と呼ばわり、上官から苦笑交じりの拳骨を落とされる。
洗濯兵や料理兵が、その様子を呆れたような笑顔で見やりながら、たらふく物資の入った麻袋を運び、満ち足りた溜息をつく。

負傷兵たちは、丁寧に仲間たちに支えられ、見送られ、泣き笑いでお礼を言われながら、別れを祝われながら、兵員輸送車に乗り込んでいく。
新たな薬や包帯、それから兵員輸送車に乗り込む負傷兵に向かって、安堵と不安の混じった、慈愛に満ちた笑顔を浮かべているのは救護兵たちだ。

私はシャッターを切る。
仲間の、幸せそうな、人らしい、一瞬一瞬が、カメラの中に残る。

朝露も落ちない程の早朝だ。
前線基地へやってくる、3ヶ月に一回の補給の日。
戦場の中で、もっとも華やかで、穏やかで、平和で、嬉しさに満ちた朝。
こういう時だ。シャッターを切るたびに心の中で、決まって「時間よ止まれ」と呟いてしまうのは。

普段は、痛みと悲しみを堪えたような固い表情で、絞り出すように言われる「写真を撮ってくれ」という私たちへの頼みも、今ばかりはとびきりの、嬉しさに満ちた笑顔で、被写体も今日ばかりは、本当にみんな揃って良い顔だ。

やがて、勲章授与の段になり、厳しい声が、授与者を呼ばわる。
その度に、歓声が上がり、呼ばれた一人一人は、前に出て、誇らしげに恭しく勲章を受け取る。
そして、周りの仲間たちにもみくちゃに祝われながら、照れ笑いを浮かべる。
「写真を撮ってくれ!」
上がる声に応えて、私はシャッターを切る。

この時間が、私はとても好きだ。
戦場の中でただ一時の、平和で明るく色づいた楽しい時間だ。

明日になれば。
日が登れば。
夜が明ければ、また戦争が始まるのに。
ここで笑っている幾人かとはもう会えなくなるだろうし、私だって、明日の夜まで生き残っている保証はない。

しかし、この時間だけは、そのことを忘れて、みんなで笑い合える。
この時間だけは、戦場で生き延びたからこその強い絆、関係性を、ただ、愛おしむことができる。

だから、私はこの時間がどうしようもなく好きで、幸せで、とても愛おしいのだ。
その幸せの前には、たくさんの不幸と苦しみと悲しみの影が落ちていて、この時間の先には、まだたくさんの不幸と苦しみと悲しみとが待っているとわかっていても。

分かっているからこそ、この時間が止まって欲しいと願ってしまう。

「おーい、記録兵!カメラ持ってるだろ?こっちも撮ってくれや!」
「その後はこっちで!あの人とお別れの写真を撮っておきたいの」
次々に上がる声に、私は応えて駆け回り、シャッターを切る。

時間よ止まれ、そう、心の中で願いながら。

2/16/2025, 1:59:25 AM

腰につけていた鞘から、すらりと抜き放った。
刀身は、冴え冴えと冷ややかに輝いている。
恐ろしいほど静かだ。

目を閉じて耳をそばだてれば、静けさの中のざわめきにも敏感になる。
風の音。木の葉の音。遠くの川の音。
瞼の裏の闇と、あたりの静けさに慣れれば、鼓膜はどんな些細な空気の振動も、漏らさずに捉え始める。

茂みの中の野生動物たちの気配も、眼前の敵陣の動きすらも。

腕や足に気力が満ちていくのを感じる。
四肢や体の表面には込み上げてくる篭った熱いものが巡っていくのに、体の芯の部分…脳や心はあの刀身の輝きのように重く、鎮まっていく。

耳をそばだてる。
やがて、体の内からか外からかも分からない声が、脳に響く。
君の声だ。
君の声がする。

「斬れ」
その声は呟く。
有無を言わさぬ断固たる口調で、その声は私に言う。
「好機だ。斬れ。今、刀を振るえば、私たちは戦える。血を流し、血を見られる」

柄がきりりと鳴る。
知らぬ間に、刀の柄を手の中に強く握り込んだようだ。
「そのとおり」
私は君の声に、呟くように応える。
「そのとおり。今が好機」

君の声が、時折脳に響くようになったのは、遠い噂で、侵略者を押し返す戦争が始まると言われるようになってからだ。
あの噂を初めて聞いたあの日から、君の声が聞こえるようになった。

正体知れずのその声は、いつも的確に、私の望む方へ、私を導いた。
農夫との婚礼を間近に控えた、田舎の小娘だった私が、最前線で兵の命を預けられながら刀を振るう一将軍となったのも、この声による導きが的確だったからだ。

初めて人を斬った日のことは覚えている。
生き物として生き生きと脈打っていた骨肉を斬り捨てたあの手応え。
振り抜いた刀の軌跡の後から流れ出す赤い血と、ずるりと落ちて残った肉塊。
あの日の言い表せないような感触と興奮が、今も私の骨髄に染み込んでいる。

私は戦いを欲していた。
刀を振い、命を賭して命を狩ることを欲していた。
私の罪深い心の奥底は、感情は、殺しを望んでいた。

そして君の声は、それをよく知っていた。

私は君の声に導かれてここまできた。
ある人はそれを使命と言った。
ある人はそれを幻覚と言った。
ある人はそれを哀れな運命だと言った。

でも私は知っている。
私は、私の意思でここまで来た。

「行こう。斬れ」
君の声がする。
足に、腕に、力が籠る。
肉を斬る、骨を断つ感触が、込み上げてくる。

私は身を翻す。
君の声がする。
敵陣に向かって、一気に駆け抜ける。

君の高笑いが聞こえた気がした。

2/15/2025, 3:35:25 AM

むかしむかし、大昔。
人類という動物が現れ始めた頃。
人という動物の種類が、まだ二十も三十もいた、人類の黎明期のことでした。

猿から枝分かれして発生した、二本足で歩ける人類という種族は、他の種族よりもずっと栄えていました。
そんな人類には、さまざまな種がいました。

手先が細く関節が柔らかくて、器用にたくさんの道具を作る人類。
指の形が独特で、火を素早く上手に起こせる人類。
素早い身のこなしで体力があり、狩りが上手い人類。
人類の共通の発明、言葉を使いこなし、群れでの行動に適した人類。
脳が重く知能の高い、賢く効率の良い暮らしを営む人類。
がっしりとした体躯と筋肉量を持ち、縄張り争いに悉く強い人類。
好奇心が強く、冒険を重ねて、人類の分布範囲をどんどん広げていく人類。
数多の人類は、それぞれ強みを持ち、それぞれの繁栄を享受していました。

ところが、こうして栄え、たくさんいる人類の中に、とりわけ中途半端な人類がいました。
それは、後の世に、ホモ・サピエンスと呼ばれる人類たちでした。

彼らの体躯は大きくも小さくもなく、人類の中でとりわけ頭が良いというわけでもありませんでした。
言葉は同種のものしか使えませんでしたし、人類の中でも不器用で、保守的でした。
ホモ・サピエンスたちは、人類の中でもとりわけ細々と暮らしていました。

そんな中途半端な人類に、ある時、一人の変わり者の個体が生まれました。
その個体は、理に合わない変な個体でした。

その個体は、生存のために食べ物を集めたり、狩りをしたりしません。
また、人類らしく言葉を発することもありません。
ただ、不可解な行動ばかりをするのです。

食べ物を貯めるための容器に、ただひたすら、小石を詰め込んでいたり。
水と毒草を火にかけてかき回したり。
腐った肉を拾い上げて、骨と粘土と煌めく石を埋め込んでみたり。
或いは、太陽を眺めていたり。
植物をむしってみたり。

そんな意味のないことばかりしているのに、その個体はしぶとく生き続けていました。
同種のホモ・サピエンスも、それ以外の人類もみな、一言も喋らない、生きる意思のないこの個体を、稀に出てくる失敗個体だと認識し、やがて誰も彼もが「マヌケ」と呼ぶようになりました。

しかし、マヌケは、人類から孤立しても、ひたすらそんな行動を続けて、しぶとく生き残り続けていました。

ある日のことです。
ホモ・サピエンスのうちの一人が、小川の淵に佇むマヌケを発見しました。
マヌケは体を丸めて、何かを煮ているようでした。
この頃、マヌケが生物らしく食べ物を食っているところを誰も見たことがありませんでしたから、発見した人は、マヌケに興味を持ちました。

マヌケが何を食べているか知れるかも。
そう思った人は、マヌケに近づいて行きました。

マヌケは、太陽を仰いでから、何やら土器に手を突っ込むと、何かを掬い出しました。
それは、マヌケの薄汚れた手の隙間から、透明に流れ落ち、なんの変哲もない水のようでした。

マヌケはそれを太陽に、空に掲げると、朗々と、やけに美しい響きで、初めて言葉を発しました。
「ありがとう」

その頃、人類に感謝という言葉はありませんでした。
ありがとうという言葉もありませんでした。
なぜなら、種が繁栄するために同種で助け合うのは当たり前でしたし、自然や環境に対しては、むしろ進化によって適応してきたのが生物でしたので、有り難がる、という概念などなかったのです。

しかし、マヌケは目を細めて、太陽と水に初めて「ありがとう」と言ったのです。
明るく強く輝き、暖かみと光をもたらす太陽の光と、キラキラと流れる水の滑らかさを煮詰めたマヌケは、その中から「ありがとう」という感謝を作り上げ、掬い出したのでした。

マヌケは、自然と自分の作り出した「ありがとう」の出来栄えにすっかり満足していましたが、それを側から見ていた人は感銘に打たれました。

マヌケと、それを見たホモ・サピエンスは、なんだかよく分からない、自然や生きることに対して、込み上げる温かさと恐ろしさを感じたのです。

それは「畏怖」でした。
それは「感謝」でした。
そしてそれは「神」でした。

マヌケを見ていたホモ・サピエンスは、弾けるように飛び出して叫びました。
「ありがとう」
マヌケはその人を振り返り、叫びました。
「ありがとう」

「ありがとう」は、ホモ・サピエンスの中にあっという間に広がりました。
他の人類たちは、この発明を蔑みました。
他の人類たちの遺伝子と本能と理性は、「ありがとう」を軽んじていました。
「中途半端で今まで他の人類の発明を盗むようにして生き抜いてきたホモ・サピエンスという人類の発明など、大したことはない」と、判断したのでした。

しかし、ホモ・サピエンスの中では、「ありがとう」は熱狂的な支持を持って受け入れられ、あっという間に浸透しました。

ホモ・サピエンスは「ありがとう」を知り、その概念から「感謝」と「畏怖」の概念を見出しました。
そして、「ありがとう」それの元では、ホモ・サピエンスは、結束を固め、「信仰」「信念」「想像」という、これまでどの人類が発明したものよりも、ずっと強固で激しい感情を、絆を、発明しました。

「感謝」に「正義」、「畏怖」に「悪」を当てはめると、その激しい共通感情はますます強固になりました。

ありがとう、ありがとう。
やがて、ホモ・サピエンスは、その言葉を交わしながら、どんどん力強く、どんどん豊かに発展していきました。

その強い結束と頑固な力の正体に、他のどの人類も、当事者のホモ・サピエンスたちでさえ、気づくことはできませんでした。

やがて、ありがとう、その言葉は凶器となり、狂気となって、ホモ・サピエンスに栄光を導きました。
そして、他の人類を淘汰しました。

今では、この星、この世界には、人類と分類される生物はたった一種しか生き残っていません。
ありがとう、その言葉を発明した、あのマヌケの種族である一種類しか…。

2/13/2025, 10:54:51 PM

悪意はそっと伝えたい。
胸の辺りに溜まった、ふつふつと煮えるあれやこれやをそっと押さえ込みながら、鉛筆を持つ。

ピシリと四隅まで真っ白な紙を、眺めながら考える。
30分も遅刻したあの人に相応しい言葉はなんだろう。
「時計も読めないのか」では不十分。
もっと、洒落てて、強烈で、それでいて、あんな奴には分からないくらい高尚な、皮肉を。

紙に軽く線を引いてみて、考える。
責任を放棄することばかり考えて、イベントの企画も、遊びの企画も、雑事すらしてくれない、どうしようもない逃げ腰のアイツは、なんで呼ぶべきだろう。
「甘い蜜を吸いやがって」じゃ、この苛立ちの全ては言い表せていない気がする。

白い紙にとりあえず、苛立ちの原因を、自分の感情を、思いつくままに書きつけてみる。
殴り書きのお世辞とも丁寧とはいえない、自分の字が並ぶ。

この煮詰まった悪意を丁寧にほどいて、美しく形を整えて、そっと伝える悪意にする。
ユーモアと悪意に溢れた言葉を紡ぐ。

そのうちにきっと、この苛立ちもやるせなさも、落ち着いてくる。
自分に悪感情しか呼び起こさなかったこの胸の沸々も、大切にできるようになるだろう。

私は紙を眺めて、頭の中で言葉をこねくり回す。
苛立ちに染まった自分の言葉が、背中を押してくれる。

日常で感じた嫌悪や苛立ちから生じた悪意を、丁寧に、そっと伝えようとし始めてから、一年が経つ。
この一年で、ずいぶん怒鳴ることが減った。

悪意をそっと伝えるために、自分の感じた悪意や苛立ちを、ゆっくりと分析し、脳内でこねくり回す。

その間に、怒りはぬるま湯くらいの勢いしかなくなる。
そうすれば、勢いで怒鳴ることもない。
口答えによる言い争いで、元気とやる気を削がれることもない。
体力は温存できるし、語彙も増える。

なにより、奴らを奴らには分からないくらいの言葉でこき下ろすのは、とても爽快だ。
罵倒ではない罵倒なら、同じ土俵に下りるまでもなく、こき下ろせるのだから。

だから私は、悪意はそっと伝えたい。
自分の苛立ちを、完全なる勝利という形で発散するために。
奴らのために体力を使わないために。
自分の語彙を磨くために。
自分の苛立ちを、感じ方を大切にするために。

私は今日も、悪意を丁寧に、そっと伝える。
遅刻魔のアイツは、「重役出勤」を弄ってみようか。
自分勝手な逃げ腰のアイツは、ゲームの世界でなら、戦闘回避用のアイテムをカンストまで買い込んでいるのかも。

なんだか楽しくなってくる。
鼻歌を歌いながら、検索を立ち上げる。
私は、悪意こそ、そっと丁寧に伝えたい。

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