SF
300字小説
未来からの少年
「……おいっ!」
見知らぬ少年が僕の腕をぐいと掴んで引っ張っていく。
「……たく、時空震が起きて時空線がズレた途端、消えそうになったんだぞ! 『また巡り会えたら』なんて呑気なこと考えられてたら、こっちが困る! とっとと連絡先を交換して来い!」
少年が引越しトラックの影に向かって僕を突き飛ばす。
「勉くん? お別れに来てくれたの?」
寂しそうに立っていた幼馴染の顔がぱっと輝いた。
「……あのとき、連絡先を交換してなかったら……」
あの少年のおかげで僕と彼女の縁は切れることなく続き、結婚することが出来た。
息子を抱き上げる。
「……いったい、あの少年は……。痛い! どうして、お前は、この話をするとお父さんを蹴るんだ……」
お題「巡り会えたら」
奇跡の一枚
呼び出しの葉書に覚悟を決めて、家を出る。美容室には行ったし、メイクもバッチリだ。
以前のものを返却する。五年前の奇跡。あれは本当に可愛かった。その奇跡をもう一度。服の襟元を整え、カメラのレンズを見つめる。
「撮りま~す」
講習の後、番号を呼ばれ、新しいものを受け取る。
「……奇跡は起きなかったか……」
睨むような強ばった顔の運転免許証の写真に、私はガックリと肩を落とした。
お題「奇跡をもう一度」
オカルト
300字小説
逢魔が時
学校帰り。部活を終えると、この時期は夕日も落ちて、帰り道は薄闇に包まれる。
『黄昏』、『誰そ彼』。『逢魔が時』とも呼ばれる時刻だ。
「……う……」
自宅に続く道は、坂の途中に寺の山門があり、奥には墓地が広がる。
足早に坂を上がる。ふいに山門から小柄な影が現れる。影は草刈り鎌を持ち、それを振り上げて、私に向かい、一気に坂を駆け下りてくる。
「じいちゃん!?」
「うわぁぁぁ!!」
突然、背後から上がった悲鳴に振り返る。黒ずくめの男が、私の背から離れ、一目散に逃げ出す。
『うちの孫に何しようとしとるんじゃあ!!』
「ひぇぇぇ!!」
転がり落ちるかのように坂を下っていく二つの影。
「……じいちゃん、死んでも元気だなぁ……」
お題「たそがれ」
ファンタジー
300字小説
長い『明日』
ガキの頃、竜人の俺には、人間の友達がいた。
近くの農村の男の子で、俺達は毎日のように森の入り口で待ち合わせ、森を駆け巡って遊んだ。
「また、明日な!」
夕刻になると奴は村に帰る。きっと明日も。そんな日が続くと俺は信じて疑わなかった。
「……長い『明日』だったな……」
あれからどれだけ経っただろうか。ガキの竜人が大人になるほどの月日を経て、俺はようやく森の入り口に佇む奴に再会した。
ゆらりと揺れる淡い影は傷だらけで、右腕と左足が肘と膝から無かった。
「……いろいろ、あったんだろうな……」
そっと影に手を伸ばす。
「あれから修行を重ねて、俺も一人前の僧侶になった。俺がお前をお前達の言う『天の国』へ送ってやろう」
お題「きっと明日も」
SF
思い出
今年も宇宙船パイロット訓練校から卒業生が巣立っていく。
「無事、宇宙を駆けてくれると良いわね」
毎年、卒業式後、目を細めて生徒達を見送る教授(マスター)に
『寂しいですか?』
と訊く。マスターはいつも訓練AIの私に
「たくさんの思い出があるから寂しくはないわ」
と笑んだ。
老朽化した施設に訓練校が一時閉鎖され、新しく建て替えられることになった。旧式の私は新型の訓練AIと入れ替えられる。
『ごめんなさい』
最後の最後までマスターは私の再利用を訴え、模索してくれたが。
『寂しくはありません』
静寂に包まれた部屋に演算を止める。
『私には貴女と生徒達のたくさんの記録(メモリー)がありますから』
お題「静寂に包まれた部屋」