『きっと明日も』
実家にいる愛犬が虹の橋を渡った⋯。
夜、子供の世話も家事も一段落した時に実家から連絡がきた⋯。
信じられなかった⋯。
後悔した。嫌がることもしちゃった⋯散歩ももっと行けばよかった⋯。
後悔して後悔して⋯
私は⋯散歩している他のわんちゃんもテレビに映ったわんちゃんすら見れなくなってしまった。
そんなある日。
気がつくと私は、昔よく父、母、私、弟と短足胴長の愛犬、パティーで泊まりに行っていた馴染みの宿の庭だった。
その庭は犬を遊ばせることができるため、パティーと追いかけっこをしたりボール遊びをしていた。その庭の奥から短い足をまるで機械仕掛けの人形のように動かし飛ぶようにパティーが走ってきた。そして、ポトリと私の前に白いボールを落とすと、舌をペロッと出しながらニコッと笑顔を浮かべて私の前にお座りをした。
遊んで欲しそうにするパティーに笑みを浮かべ私はボールを拾いブンと思いっきり投げた。
「持っといで!」
私が言うとパティーは嬉しそうにボールが飛んで行った方に走って行った。そして、ボールを口に咥えてまた短い足をバタバタさせながら私のもとに戻った。しかし、今度は口からボールを離さない。苦笑いをし私はしゃがみこんだ。
「今度は引っ張りっこしたいの?もー」
そう呟き私はパティーが銜えたボールに手をやり引っ張った。
「こーら。離さないと投げられないよ。はーなーせ。パティー?」
私が言うとパティーはポトリとボールを落とした。
「はい、お利口さん、よし、持ってこーい!」
そう言い私はまたボールを緑が美しい芝生に投げた。すると、パティーはまた嬉しそうにかけて行った。そしてボールを持って戻ってきた。
「ほら。持っといで!」
私がまた投げたボールを追ってウサギのように跳ねながら走る可愛い後ろ姿を私は見送った。
そこで私は目が覚めた。
ただの夢⋯。
そう言ってしまえばそうかもしれない。
でも、私にはずっと塞ぎ込んで後悔している私にパティーが「私は大丈夫だよ。楽しかったよ。最期に一緒に遊ぼう」って言われた気がした。
だから泣いた。
「え?なんで泣いてんの?!」と驚く旦那の目の前でボロボロ涙を流して泣いた。
そうだよね。前を向かないとね。
ありがとうね。
これできっと明日を私は歩けるよ
大好きだよ!ずっとずっと
『突然/ZARD』を聞きながら
大好きなパティーへ
静寂な個室には、闇が包んでいた。
ある少女は膝を抱え、長い黒髪で顔が隠れた瞳から涙を流して自分の非力を嘆き消えていった友人《いもうと》のために泣いていた
ある茶色い髪を短く切りそろえた少女は、片足を立てベッドに座りひたすら虚空を眺めていた。その手には、紅い宝石がはまった首飾りが握られていた。
ある少女は、青年のような出で立ちとは違いペタリと地面に座り込み俯き、ポロポロと涙が木でできた床を濡らしていた。
ある青年は、両足を抱えじっと自分の闇をメガネ越しに眺めていた。
ある青年は、雨が降る庭に立ちひたすら木に拳をぶつけては俯いていた。⋯雨が涙を隠した。
『異世界物語のワンシーンより』
『ソラがなく』
今日も人間や人型だけでなく足がキャタピラになったさまざまなロケットが忙しく道を行き来していた。
「ねぇ⋯」
白いワンピースを着た少女は通りかかる人たちにその小さな手を伸ばし声をかけるが誰一人、少女には気づかずそのまま少女の前を通り過ぎていく。少女はギューッと持っていた手作りの人形を抱きしめた。
と、少女は大学生ぐらいの男の人と目が合った。
「ねぇ」
少女はそう言い大学生に近づいた。
「ひぃっ」
大学生悲鳴を短くあげ足早にその場を去っていった。少女は悲しい顔でその背中を見送った。
トボトホと俯きながらどこをどう歩いたのだろうか。白い橋を渡るとそこには様々なロボットが山のように捨てられていた。
「おや、珍しいお客さんだね」
始めてきた場所に立ち尽くしていると、そんな声がした。見てみると、そこには半分、壊れて顔の中身が見えてしまっている青年のロボットがいた。
「お兄ちゃん⋯私とお話してくれるの?」
すると青年はまるで人間のように首を傾げた。
「それはどうゆう意味だい?」
「あのね、みんな私を無視をするの」
青年は上から下まで女の子を見た。
「んー。君はどこから来たんだい?」
「どこから⋯」
少女は繰り返し考えはじめるが、何も思い出せず、顔を歪めた。
「あー!えーっと、なら僕とお話するかい?」
泣きそうな少女に青年は動く左手を差し伸べ慌てたように言った。
「いいの?お兄ちゃんは逃げたりしない?」
今まで泣きそうだった顔がパァーっと明るくなった。
「もちろん。君、お名前は?」
「向日葵!」
青年は笑みを浮かべた。
「向日葵。可愛い名前だね」
「うん。お母さんがね⋯お母さん⋯」
その時、頭に激痛が走り向日葵はその場にしゃがみ込んだ。遠くで女性の叫ぶような声で自分を呼ぶような声がした気がした。
「大丈夫かい?!」
「うん⋯」
向日葵は顔を上げた。
「なんだろ⋯誰かに呼ばれた気がしたの」
「呼ばれた?」
青年は少し黙り込んだ。
「ねぇねぇ」
少女の声に青年は顔を上げた。
「お兄ちゃん、お名前は?」
「名前?僕はH258アンドロイドだよ」
「そのお名前呼びにくいよ⋯ソラって呼んでいい?」
唐突は提案に青年は驚いた表情をした。
「ソラは⋯ここからどこかに行かないの?」
聞かれたソラは苦笑いを浮かべた。
「生憎、僕の足は壊れちゃってね。動かないんだよ」
「そしたら私が見てきて話してあげる!」
そう言い向日葵は笑った。
その日から向日葵は、街をぶらつきそこで見たこと、今日あったことをソラに話すようになった。
ある日、いつものように話していると空からゴロゴロと雷が鳴る音がした。しかし、向日葵は気にせず話続けた。
「あのね!今日ね花束がある道の信号を渡ってたらね、急に車が⋯車⋯」
再び、向日葵の頭に痛みが走り顔を歪めしゃがみ込んだ。その時、ドカン!と大きな音ともにソラに雷が落ちた。
ハッとし向日葵は立ち上がるとソラに駆け寄った。
「ソラ!大丈夫?」
バチバチと火花を散らすソラを泣きそうな表情を浮かべ向日葵は見つめた。
「なカなィで⋯ヒマわリハわらッテいたほうガかわイいヨ。ごめんネ⋯モウおしゃベリはむリミたイだ」
「なんで?だってソラは逃げないで一緒にいてくれるって」
ポロポロと涙を流す向日葵にソラは苦笑いをした。
「ひマわり。ぼくノおネガいきいテくれナイかい?」
無言で向日葵はウンウンと何度も頷いた。
「ヒまわリがくるマにひかレそう二ナッタみちにイッてほしイんだ。キット⋯ソコにヒマわりノハナしあいてガいるかもシレナイヨ。イケルカイ?」
向日葵はまたウンウンと小さな首を何度も縦に振った。
「アリガトウ。サァイットイデ」
「でもまだソラといたいよぉ」
小さな手で流れる涙を何回も拭いながら言う向日葵にソラはまた微笑んだ。
「ボクハチョットネムインダ。ヒマワリハ、ボクヲネカセナイヨウナイジワルナコトヲスルノカイ?」
向日葵ブンブンと首を横に振った。
「アリガトウ。サァイクンダ」
ソラに促され向日葵は振り返り振り返り橋を渡りその姿は見えなくなった。
「カミサマドウカヒマワリガモウクルシマナイトコロ二イケルヨウニ⋯」
そこでソラは動かなくなった。目からスーッと雫がこぼれ落ちた。
小さな足を一生懸命に走らせ向日葵はソラと約束した道に来た。
「ソラ⋯ソラ⋯お母さん⋯」
「向日葵」
名前を呼ばれ顔を上げた向日葵はパァーっと笑みを浮かべ呼んだ相手に抱きついた。そして2人はスーッと消えていった。
そんなことを知らず相変わらず日々は過ぎ人々もロボットも今日も忙しそうに歩いていく。
ふと、道を見ると赤い文字でお願いと書かれた下に『この場所で○年9月12日午後7時頃に親子のひき逃げ事件が起きました』と書かれた看板が置かれその下には花束と手作りの人形がロボットのおもちゃに寄りかかるように置かれていた。
BUMP OF CHICKEN『ダンデライオン』を聴きながら
『君からのLINE』
ポロン。
通知音がした僕は読んでいた漫画から視線を動かした。パタパタと辺りを探り携帯を手にすると、LINEが着ている表記が画面に出ていた。
時刻は夜中の2時45分。LINEするには些か無礼な時間だ。僕はLINEの画面を開くとその相手の名前と顔を顰めた。LINEは2年前に別れた、大学時代の彼女、あかりからでただ一言「会いたい」とだけ書かれていた。
(なんだよ。一歩的にフったのはお前だろ)
もう気持ちが離れてしまった僕は、LINEを無視すると、再び読んでいた漫画に目を落とした。
次の日、僕はポロンという通知音で目が覚めた。
(おかしいな。バイブ設定にしてたはずなのに)
不思議に思い携帯を触ると、時刻は2時刻45分。なんだかデジャブを感じ画面を見ると「LINE 一件のメッセージ」と通知が出ていた。開いてみると、またあかりから「ねぇ会えないかな」とメッセージがきていた。
(なんなんだよ!)
そう思い僕はまた眠りについた。
その次の毎晩2時45分にまたポロンと鳴った。僕はウンザリしながらLINEを開くとまたあかりからメッセージがきていた。しかし今度はたった一文字「よ」だけだった。
(なんだよ。今度はなんか誤送信か?)
そう思いまた眠りに落ちた。
それから毎晩、あかりから一文字だけ「だ」「き」「す」「い」と送られてきた。
「何なんだよ!ふざけんな!」
イラっとした僕は怒りにまかせて携帯を叩きつけ明日の仕事のために眠った。
「お前、ひっでえ顔だな」
仕事を終え大学時代の親友は僕を見ると苦笑いしながら一言目にそう言った。
「まぁ色々あってな」
そう言い僕はビールを煽った。寝不足が祟ってか僕はすぐに酔いが周った。
「なんかよぉ……最近、あかりから毎晩毎晩夜中の2時45分にLINEが着てさぁ。何なんだよ。そっちからふったくせにさぁ毎晩毎晩、会いたいだ、わけわからない1文字だけの気持ち悪いLINEしてきやがって」
僕は酔った勢いでそう親友に言うと親友は驚いた表情を浮かべ僕を見た。
「なんだよ?そんな顔して」
「お前、冗談が過ぎるぞ」
親友は怒ったように低い声で言った。
「冗談じゃないよ。見るか?」
そう言い僕はスマホを取り出しLINEを開いた。しかし、なぜかあかりのメッセージだけなぜか開けなかった。
「え?なんでだ?」
「よく聞け」
そう言い真剣な表情で親友は僕を見た。
「あかりはな、2年前に病気で亡くなってるんだよ」
「は?」
頭の上に「?」が飛んだ。何を親友が言っているか理解できなかった。
「お前に迷惑かけたくなかったから別れたって⋯」
「嘘だろ。だって毎日LINEくるんだぜ」
僕は携帯の画面を見た。すると、ポロンと音を立て携帯が鳴った。顔を見合わせ恐る恐る携帯を見ると、あかりからLINEが着ていた。
「開くぞ」
「お⋯おぉ」
僕がLINEが開くとそこには「ごめんね」とだけ書いてあった。
「どうゆうことだよ」
親友が呟いた時、またポロンと携帯が鳴った。ビクッと体を震わせ僕たちは携帯を見た。
そこには「だ」とだけ書いてあった。
「⋯今日は帰ろう」
青ざめた親友はグビっとビールを飲み干すと立ち上がった。僕も立ち上がり店を後にした。
その夜、夢を見た。それは僕とあかりがまだ付き合ってた時の夢⋯いや記憶だった。
「さぁ、なんて書いてあるでしょーか」
ニコニコと笑うあかりを僕は愛おしそうに見るとLINEに目を落とした。そこには「いべたンー」と書いてあった。一見すると何が何だかわからないが、ルールを知っている僕はニヤリと笑った。
「はいはいラーメン食べに行くか」
「やったぁ!司の奢りね」
「はいはい」
そこで目を覚ました僕はハッとしてあかりのLINEを開きスクロールしていった。
「よ」「だ」「き」「す」「い」「だ」
『大好きだよ』
僕の目からボロボロと涙が流れ俯いた。
「バカ⋯なんでそう言ってくれなかったんだよ。迷惑なんかじゃないのに⋯僕もずっと好きだったんだよ⋯」
そう呟き僕は声を上げて泣いた。
背後でボロンと音を立てLINEがきた。
「ありがとう」
そう書かれたあかりのLINEアカウントは僕のLINEから消えていった。
『あなたの夜が明けるまで』を聴きながら