最初にカニがいた。片方のツメが立派だからきっとシオマネキ。
カニは流され形を変えて現れたのはネコ。手足が短いからマンチカンかな。
ネコがゆっくり立ち上がったと思えば気がつけばニワトリに。大きな鶏冠は雄鶏の証。
濃いソーダ色のキャンバスを自由に泳ぐふわふわ雲のフロートは今日も楽しくて美味しそう。
/空を見上げて心に浮かんだこと
まだ大丈夫。あと少しだけ。その小さな繰り返しでここまで来てしまった。
自身の内に積み重なってゆくそれは己が止まらない以上減ることはなく。ここで止めておかないと近い未来に必ず地獄を見ることになるのは今までの経験から嫌という程知っている筈なのに、それでも止められなかった。
弱い自分。逃避だとは理解している。だからこそまだ理性の残っているうちに止めなければならない。
終わる。終わらせる。他の誰かの手や言葉ではなく、自分自身の意思で終わらせる。その決意を胸に手を挙げた筈なのに。
「…………生、追加でお願いします」
「よろこんで!」
店員のお姉さんが他のテーブルへと運ぶ焼き鳥の匂いに、私の決意は呆気なくビールの泡と消えた。
/終わりにしよう
「相変わらずお前はのろまだな」
待ちくたびれたのだろう男の言葉に女は穏やかに笑う。
「あなたがせっかちなんですよ」
女の言葉に男は少しばつが悪そうに帽子を目深に被り直した。変わらないその仕草に女は懐かしそうに目を細め、そして男の手に触れる。
「もう置いていかないでくださいね」
答える代わりにそっと手を握り返してくるその不器用さも懐かしい。女はふふっと声を漏らしながら、何十年か振りにその傍らに身を寄せた。
/手を取り合って
精々醜く謗り合おう。貴方はあの子の幼馴染みという特別にはなれないし、私はあの子の恋人という唯一にはなれないのだから。
/優越感、劣等感
その言葉を発した瞬間、揺れた気配と歪んだ表情に自分は一線を越えてしまったことを理解した。一瞬止まった呼吸を取り戻すように大きく息を吸うが吐き出した言葉は戻って来ない。
「……そっか」
彼女は泣かなかった。ぽとりと落ちたのは言葉だけで歪に微笑む頬は濡れていない。それが逆に痛々しくて、けれど今の自分には彼女に手を伸ばす資格はないように思えた。
彼女を傷つけたのは初めてではない。覚えているだけでも何度も、自覚のないことを合わせればきっと山程。
それでも、こんな風に、諦めたように笑うことはなかったのだ。
「ごめんね」
俺が言わなければならなかった言葉を告げた彼女の瞳に宿る諦念の色に、自分がずっと甘えてきた見えない何かが壊れたことを悟った。
/これまでずっと