特盛りごはん

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7/11/2023, 12:01:51 PM

 ──ご当選おめでとうございます!

 当選。誰もが聞いたら嬉しい言葉。そして身に覚えがなければ真っ先に詐欺を疑わなければならない迷惑メールの常套句である。
 ピコンと軽やかな音と共にやってきた通知を開けば、クラッカーやくす玉の絵文字で大袈裟に装飾された画面に迎えられた。一昔前の安っぽい広告のようだ。通知に全文が表示されないよう無駄に改行が入れられている辺り手が込んでいる。そんなことを考えながら大量の絵文字に目をチカチカさせ無駄な改行にスクロールの労力を割き、無事にメッセージを読み終えた。
 そこで漸く送信者の名前を確認して、少しだけ考え込んでから返事を打ち込む。ログイン確認はしないし銀行口座も教えない。ただ、日付けを何日かだけ送信してスマホの画面を閉じた。

 ──この度あなたは誕生日会の主役の座にご当選されました!つきましては誕生日当日を含む前後三日程で空いている日を折り返しご連絡いただきますようよろしくお願い致します!



/1件のLINE

7/10/2023, 12:49:31 PM

「本日も有意義な会議にしよう!意見のある者はどんどん手を挙げてくれ!」

 意気揚々とした男の呼び掛けとは裏腹に場の空気は重い。真っ白な空間に設けられた円卓に集った面々は皆一様に呆れた顔をしていた。

「どうしたお前ら。やる気を出せよ」

 いつもなら全員とまではいかずともぱらぱらと意見が出される筈が、今日は誰一人として手を挙げる様子がない。
 何でもいい、一言でもいい、議題を変えてもいい。譲歩する男の言葉は届いている筈なのに、やはり誰一人として手を挙げることは勿論雑談さえも起こらなかった。

「もう知らん!」

 怒ったようにも泣きそうなようにも見える顔で乱暴に席を立ち退席して行った男を見送って、残った誰かがぽつりと呟いた

「……帰っちまったけどいいのか?」

 それに誰かが欠伸混じりに返す。

「いいんだよ。どれだけ議論を交わそうがどれほど良い意見が出ようが、どうせ」

 ──起きたら覚えちゃいないんだから。
 男の意識が覚醒するのに合わせて、その言葉を最後に真っ白な空間は男の意識の深層に消えていった。



/目が覚めると

7/9/2023, 11:33:59 AM

「食べないのか」

 寡黙の一歩手前が人の形をしているような夫が声を掛けてくるのは珍しい。しかも何かを食べている最中に、だなんて。誰かの会話を咎めることはしないが、夫自身は余程のことがなければ何かを食べながら言葉を発することのない人なのだ。
 驚いて視線を返すだけの私に、夫は手元のショートケーキを突きながら再度言った。

「食べないのか、苺」

 言われ自分の皿を見る。夫のものよりも切り崩されたショートケーキの横にころりと転がる赤い実があった。
 あ、と小さく声が漏れた。無意識のうちに除けていた果実は、夫に指摘されなければきっと最後まで皿の端に残されていたに違いない。

「……いつもあの子にあげていたから」

 ──なくなっちゃった。そう言って空になった皿を前に眉を下げる娘に自分の分のイチゴを分け与えるようになったのはいつからだったか。
 甘やかしていた自覚はあった。だが、イチゴ一つで娘に笑顔が戻るというのなら。幸せな時間の終わりにひとつ小さな幸せがあったって良いと思うのだ。もう、私の役目ではなくなってしまったのだけれど。
 未だに抜けきらない習慣を指摘されたのが気恥ずかしくて、皿に転がった果実をお行儀悪くフォークの先で転がす。

「好きなものは最後に取っておくタイプなので、とでも言えばよかったかしら」
「……お前は好きなものは最初に食べるタイプだろう」

 夫はそう呆れたように言いながら私の皿に赤い実を一つ転がした。二つになった果実が仲良く並ぶ様はハートのようで少し照れくさい。

「今度遊びに行く時の手土産はケーキにしましょうか」
「いいんじゃないか。酒も買っていこう」
「婿くん潰さないでくださいね」

 イチゴを一つ口に運ぶ。久方振りに食べたショートケーキの上のイチゴは、記憶よりもずっと甘かった。



/私の当たり前

7/8/2023, 2:38:41 PM

 就寝前。歯ブラシを片手にボロいアパートの窓をそっと開けた。真夜中とも言える今の時間、駅チカとは程遠い住宅地に人の気配はない。
 三階建てのアパートの最上階からは建ち並ぶ一軒家の奥にぼんやりと繁華街の明かりが見える。色々な色が集まっているそれは遠くから見れば大きな一つの光の塊で。真っ暗な住宅地の平原にぽつりとある灯火のように、眠らぬ街は今日も煌々と光を放っていた。
 今あの場所では人々の声で溢れている筈なのに、こちらには声ひとつ届かない。そんな静寂の中で遠くの喧騒に思いを馳せるこの時間が好きだ。
 カシュ、と惰性的に歯ブラシを動かす。明日の予定をぼんやり脳内で確認していると、遠くの方で帰宅途中の酔っぱらいらしき意味のない笑い声が聞こえた。
 不快なそれを遮るように窓を閉めて、次いでゆっくりとカーテンも閉める。布に覆い隠されて視界から消えるその瞬間も、遠くの街は変わらず光を放っていた。



/街の明かり

7/7/2023, 2:37:14 PM

「雨でよかったねぇ」

 雨がしとりと街全体を濡らすのを見つめながらそう呟いた妹に思わずコントローラーを握る手が止まる。昨日までは晴れないと天の川が見えないと天気予報に文句を言っていたというのに、一体どうしたというのか。

「雲の上は晴れてるんでしょ?」
「まあ」
「ならやっぱり雨でよかったね」

 窓に当たって流れ落ちていく雨粒を指先で辿りながら、雲で隠れてないとイチャイチャできないもんね、とおませな妹はくすくすと笑った。



/七夕

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