特盛りごはん

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「食べないのか」

 寡黙の一歩手前が人の形をしているような夫が声を掛けてくるのは珍しい。しかも何かを食べている最中に、だなんて。誰かの会話を咎めることはしないが、夫自身は余程のことがなければ何かを食べながら言葉を発することのない人なのだ。
 驚いて視線を返すだけの私に、夫は手元のショートケーキを突きながら再度言った。

「食べないのか、苺」

 言われ自分の皿を見る。夫のものよりも切り崩されたショートケーキの横にころりと転がる赤い実があった。
 あ、と小さく声が漏れた。無意識のうちに除けていた果実は、夫に指摘されなければきっと最後まで皿の端に残されていたに違いない。

「……いつもあの子にあげていたから」

 ──なくなっちゃった。そう言って空になった皿を前に眉を下げる娘に自分の分のイチゴを分け与えるようになったのはいつからだったか。
 甘やかしていた自覚はあった。だが、イチゴ一つで娘に笑顔が戻るというのなら。幸せな時間の終わりにひとつ小さな幸せがあったって良いと思うのだ。もう、私の役目ではなくなってしまったのだけれど。
 未だに抜けきらない習慣を指摘されたのが気恥ずかしくて、皿に転がった果実をお行儀悪くフォークの先で転がす。

「好きなものは最後に取っておくタイプなので、とでも言えばよかったかしら」
「……お前は好きなものは最初に食べるタイプだろう」

 夫はそう呆れたように言いながら私の皿に赤い実を一つ転がした。二つになった果実が仲良く並ぶ様はハートのようで少し照れくさい。

「今度遊びに行く時の手土産はケーキにしましょうか」
「いいんじゃないか。酒も買っていこう」
「婿くん潰さないでくださいね」

 イチゴを一つ口に運ぶ。久方振りに食べたショートケーキの上のイチゴは、記憶よりもずっと甘かった。



/私の当たり前

7/9/2023, 11:33:59 AM