雲の切れ間から青空が顔を覗かせて、遠い空に浮かぶ七色がもう雨宿りが必要ないことを伝える。
少し残念な気持ちを隠しながら行こっか、なんて立ち上がる僕の手にほんのり暖かい君の手が触れた。
「もうちょっとお話ししようよ」
君のこと知りたい。
続けて放たれた言葉に断る意味なんてなくて、君の隣に腰を下ろす。
雨上がりの少しひんやりした気温がちょうどよく感じた。
雨上がり
「久しぶり」
記憶の中とまったく違わない柔らかい頬笑みを浮かべたあなたが、少し長くなった髪を揺らして常套句のような言葉を紡いだ。
瞬間、心臓がひとつ大きな音を立てて、それで役目を終えたかのように息がしづらくなる。
忘れていたはずの恋心がまた目を覚ましそうになった。
「久しぶり。卒業式以来だね」
「そうだね」
あなたが私の隣の壁に寄りかかる。
好きだったあの頃と何も変わらない姿に、目頭の奥がじわりとあつくなった。
叶わない想いが遠い記憶の温度に触れようとする。それを押し止めるためにその場を離れようとした私の腕を、少し熱いあなたの手が引き留めた。
どうしたの、と問おうとした声が、見たことのない感情に揺れるあなたの瞳に止められる。
じんわり伝わる熱は、あなたの心を真っ直ぐに写し出しているみたいだった。
意を決したようにあなたが口を開く。
「会いたかった」
「……え」
言葉をひとつ残して何も言えないまま固まる私を、あなたは全てを見透かすような真っ直ぐな瞳で撃ち抜いた。
「言いたいことがあったから」
その瞳に宿る色は、きっとあの時の私と、いや、今の私とも同じもので。
終わったはずの私の恋が、芽吹きの音を告げた。
まだ続く物語
さらさらと閉じきったはずの指から砂が零れ落ちる。
それに気づいた頃には、もう遅かった。
これで、最後にしよう。
あなたの左手の薬指に光るシルバーに、胸の奥で燻っていた恋心をとうとう遠いどこかに置き捨てることを決めた。
ストローを掴む手に合わせて光を反射して煌めくそれがやけに目について、わかっていたことなのに今さら胸が痛む。
あなたに似合うピンクのリップで飾られた唇が弧を描いて、見るからに柔らかそうな手が私のマグカップを握る手に重ねられた。
「君に、結婚式に来てほしいの」
親友としてね、なんてあなた以外に言われたらきっと心から喜べる言葉が添えられる。
引きつりそうになる頬を抑えて、今にも溢れだしそうな涙を堪えて、何よりも嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ありがとう。私も行きたい」
あなたが心の底から嬉しそうに笑う。
きっと私が知っている中で一番綺麗な薬指の使い方をしたあなたは、何よりも美しくて、何よりも憎らしかった。
これで最後
「基」
針の落ちる音が聞こえそうなほど静寂が支配する部屋に、最愛の名を呼ぶ私の声が響いた。
いつもは月島と呼ぶ私が初めて下の名を呼んだことに驚きを隠せないように、その坊主頭は奥に碧を湛える瞳を見開く。
「はじめ」
確かめるように、その名の温度を味わうようにもう一度音にする。
はい、と柔らかく微笑んで、基が暖かい返事を寄越した。
「あなたに呼ばれるなら、この名も悪くないですね」
昔は嫌いだと言っていた己の名を、慈しむように笑う。
「ね、音之進さん」
そこにあるのはきっと、愛以外の何者でもなかった。
ゴールデンカムイより鯉月です。
君の名前を呼んだ日