オフィスの窓から見える景色は真っ白で、眼下の大橋を渡っていく車列はスロー。
「わあ、すごい雪」
呟いた私に、隣の同僚は
「昼には晴れるらしいですよ」
と言った。
「そうなんだ、じゃあ積もってもすぐ溶けるね」
安堵の返答をしながら、内心では
(なあんだ)
と思っている。
部屋の中と外の別世界感。
暖かい室内に閉ざされて、暗くなるまでしんしんと仕事をする。
肩をすぼめてフードをかぶって、新雪を踏んで帰る。
それが冬の趣なのに。
朝五時半、いつもどおり起きた。
寒い朝、洗濯機を回して、暖房をつけて、家族四人分の簡単な朝ご飯を整えて。
洗濯物を抱えて、二階のベランダへ。
窓を開けると、東の空がオレンジに燃えていた。
平凡な朝のくたびれた私が照らされる。
胸を開いて、冷たい空気を一杯に吸い込んだ。
すっきりと冷えた空気が、神々しい光とともに、肺の奥まで滲んでいく。
この美しい世界で、強く、優しく生きられますように。
地方都市にあるささやかな駅ビルに、ある気高き婦人の名を冠した世界的チョコレートブランドが出店している。
いつもなら、値札だけを横目に見て、「お高~い」と胸の内で苦笑しながら通り過ぎる場所だった。
しかしわたしは今日、初めて立ち止まり、
「これください」
迷わず大箱を指さして、一万数千円を差し出した。
大切な私へ、愛を込めて。
いつもありがとう、がんばっているね。
とびきりの感謝は、わかりやすく値段に乗せた。
家路をたどる足取りがはずむ。
ひとりでこっそり箱を開けて、戸惑いながら選び、えいやっと頬張って、小さな背徳と手をつなぎ、陽気に小躍りしてみたい。
明日からは、どんな気持ちであの店の前を通るだろう。
お得意様気取りかな。
「また来年が楽しみ」かな。
「たいして違いがわかんなかった」かもしれない。
どちらにしろ、今までとは違うはず。
わたしは今日、このチョコレートを食べて、ほんの少しだけ世界を変えるのだから。
待っててねの距離とタイム
トイレ行くだけだから、待っててね ドア1枚38秒
買ってくるから、待っててね 5メートル1分
お仕事終わるまで、待っててね 4.3キロ9時間
もうすぐごはんできるよ、待っててね いい匂い5分
すぐ戻るから、待っててね
たぶん遠く 3月11日から4723日
「みて。ソフトクリーム、売ってるね」
毛玉の多いマフラーの中から、母がぽそりと呟いた。
屋上遊園地の古いワゴン。
お客さんはずっと誰もいなくて、特製ソフトクリームと書かれた細長い旗が風に震えている。
「うん……」
我ながら、この上もなく気のない返事をしたと思う。
「……食べたい?」
私は目を見開いて、母を見上げた。
うそ。だって、450円もするよ。
「まっててね」
まっててね、まっててね。
この場所で、まっててね。
さみしく流れるメリーゴーラウンドの音楽を聴きながら、私はベンチで一人、ソフトクリームを食べ終わった。
寒さに震えるわたしの隣に、係員のおじさんが座った。
「お母さんは? どこに行ったのかな?」
「わかんない」
「え?」
「ここでまってて、って」
「ここで、って……。え……。ええーっ……」
おじさんは立ち上がり、じっと地面を見つめるわたしの代わりに、辺りを見回してくれた。
別のおじさんも来て、しばらくしたら、お巡りさんもきた。
いやだ、連れて行かないで。
この場所から離れたら、お母さんが私を見つけられなくなっちゃう。