『もう1つの物語』
英検も近づいている中で、係の仕事もある。明日には小テストもあるし、もしものための一般の勉強もしながら、面接練習とディベート練習する私。
ひとたびページをめくれば、
ドラゴンと戦う勇者にでも、先生と恋をする生徒にでもなれる。
物語の終わりは決まっていて、ドラゴンに殺されて死ぬ勇者も、ドラゴンを倒して世界に平和をもたらす勇者もいる。
いつだって、作者のさじ加減。
私は今日も、
私しか描けない、私だけの物語を
ハッピーエンドに出来るように、
スライムもドラゴンもいないけど
作者の私は今日も戦う。
『紅茶の香り』
君からはいつも紅茶の匂いがしていた。
紅茶に詳しくない私は、それがなんの種類の紅茶なのかは分からなかったけど、君の隣を歩くとき微かに香るその匂いが私は好きだった。
初めて君の家に行った時、君のお母さんがクッキーと一緒に紅茶も運んできてくれた。
その時初めて、君からする香りがダージリンティーの匂いだったことを知った。
砂糖の量にもこだわりがあるらしく、角砂糖2つが1番美味しいらしい。
私には少し甘すぎたけど、君があまりにも美味しそうに飲むから、つられて飲みきってしまった。
良かったら貰って、と差し出されたものは、今飲んだ紅茶のティーパックで、
僕のお気に入りだから、と少し照れながら君は言った。
家に帰ってから砂糖を入れず、ストレートで飲んでみた。
やっぱりこっちの方が美味しい気がしたけど、
君と同じものが飲みたくて、角砂糖を2つ入れた。
未だに紅茶の種類はダージリンティーしか知らない。
私は今日も、ダージリンティーを2杯注ぐ。
君のせいで、朝食がご飯派からパン派になってしまった。トーストの焼き加減にも慣れたものだ。
1度だけ、The和食という朝食にしてみたことがあった。
たまにならいいね。たまになら、と君があまりにも
〝たまにならね〟と強調するから、私は思わず笑ってしまった。
そうね、たまにならと言いはしたものの、君にお願いでもされない限り、もう和食を出すつもりは無い。
あ、君と喧嘩したときにでも、出してみようかしら。
なんて悪巧みしてみる。
そろそろ私からも紅茶の匂いがするだろうか。
『どこまでも続く青い空』
目を細めながら、空を見上げる。
雲ひとつない晴天に、吸い込まれてしまいそうだった。
ふと、目線を下ろすと全身に鳥肌が立っていた。
波に揺られて、優雅に浮かんでいたはずが
気づけば、ずいぶん遠くまで来てしまっていた。
僕は慌てて砂浜の方に戻る。
振り返ると地平線が真っ直ぐ伸びていて、
空と海の青さの違いに気づく。
海と空に囲まれて、孤独を感じたあの体験も
直射日光に肌を焼かれている中で感じたあの寒気も
僕は忘れることが出来ないだろう。
『声が枯れるまで』
周りの声に紛れて、口だけを動かす。
顧問に怒られたくないし、
あいつを応援してない奴になりたくないから。
たった0.1秒の差だった。
学校の練習で負けたことがあっても、
大会では全て勝っていた。
当日のコンデションだって悪くなかったのに
それなのに、なんで…。
よりによって3年最後の大会で
わかってる。最後だからたくさん練習したんだろうなってことも、少し油断してた俺も。
あいつの勝ったと分かった時の顔が忘れられない。
咄嗟に見た顧問の顔、横で喜ぶ部員達。
観客席からあいつを見るのは始めてだ。
いつも俺がいたはずのスタート位置にあいつが立つ。
途中
『忘れたくても、忘れられない』
君のことを思い浮かべるだけで、
あの時の感情と後悔をそのまま連れてくる。
「いつか笑える日が来るよ」
なんていう慰めの言葉も、
聞かなくなって何年経つだろう。
この想いも風化するときが来るのだろうか。
出口の見えないトンネルを、
私はいつまでも歩き続けている。