『羅針盤』
私は海になりたい。
これが世間での言葉でいうならば、自殺なのかもしれない。部屋のベッドに寝っ転がりながらそう考えた。
右手に持ってたバケツが横に倒れて海水が流れ出す。
透明な海水が部屋の中に広がっていく。
ずっと海水は青色だと思っていた。
海水と淡水の境目を探しに行った小4の夏。
部屋の壁全面を青で塗りつぶした中1。
そして、部屋を海水で埋めつくそうとする高1の私。
成長するのはこういうものなのだろうか。
小3の頃には確かにあった、両手を塞ぐものが、確かな絶対が。
こんなに捻くれた思考をするようになったのも、それがきっかけだろう。
私には足りないものが多すぎた。周りの人が当たり前に持ってるものを、持ってなかったのではない。手に余るほどあったものを根こそぎ、腕ごと奪われてしまったようなものなのだ。愛情を際限なく分け与えてくれる親、言葉の通じる同級生、綺麗事以外の言葉をかけてくれる先生。嫌味を知らない叔母。誰か一人でもひてくれればこうなることもなかったはずだ。
そんな私を支えてくれたのは、海だった。
ろくでなしの私を包み込むような優しさ、そして、決して底を見せてはくれない不気味さ。
この二面性を持ち合わせた海に酷く惹かれてしまう。
あの日以降、さらに海への興味が湧いた。
不順な動機だったのかもしれないが、私には海が全てだった。
海の1部になれる方法をずっと探している。
┈┈┈┈┈大好きなものに大好きな人が奪われた。
絶望した。私が好きじゃなければ、きっと海には来ていない。私が殺した。私が両親を海に沈めたのだ。
ライフセーバーが駆けつけた時には、もう遅かった。私が犯人ですと、私のせいなんですと、その言葉が喉に引っかかったまま、私は震えて泣いていた。
空を欺くことは出来ないし、空だって私たちを欺けない。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈途中
『ただひとりの君へ』
目が覚めて1番に目に飛び込んで来たのは、赤く染まったカーテンだった。
君とIKEAで買った白いカーテン。俺の好みとは全く違う部屋が完成されていく過程も、隣で真剣に選んでる君が見られるから好きだった。
思ったより強い光に差し込まれて、少し昔のことを思い出してしまった。
ひとまず、時間が分からないのでベットから降りる。
確かリビングにはスマホがあったはずだ。
「いてっ」
足元に落ちてる彼女につまずいてしまった。うずくまったまま動かない彼女の髪を撫で、おはようと告げる。
横に落ちている6時52分で止まった目覚まし時計を、跨いで階段を降りる。
「あーー、やっぱり遅刻確定だ」
右手のスマホには9時50分の文字が表示されていた。
「目覚まし時計ないと不便だなー。スマホの目覚まし使いたいけど、ベットの横に充電がないのがなー」
俺は朝は7時には起きていないと、会社には間に合わない。君がいてくれればこんなことにもならなかったのにな。なんて、俺がいなきゃ君がこんなことにもならなかったのだけど。
「やっぱり原因は、俺だよなー…」
そんな目が覚めた瞬間から持っていた自覚を再認識する。階段を登り、目覚まし時計を拾う。持った瞬間ヌメっとした。手に赤が移り、爪の隙間にまで侵食した。
「うぇ〜」
床で寝ている君と、横で静かに揺れているカーテンを見比べる。白を通り越してもはや青い君の肌を伝う、赤色は酷く綺麗で興奮した。
もし今自分の目の色を見ることが出来たなら、一生忘れることはないだろう。君の綺麗な赤色をこの瞳に閉じ込めることができたら、この目をえぐりとり、ストラップにして仕事鞄につけよう。そうしよう。
この通り。酷く思考が混濁している。
「君が美しすぎるのが悪いんだぞ」
君の顔を無理やり近づけて、君の唇に自分の口を押し付ける。そのまま横に流れるように舌で目元まで滑らす。
「うん、不味い」
「こんなに見た目は美味しそうなのにな、なんでだろう」
赤色ってすっごく美味しそうに見える。
君の背中と床の間に腕を入れ、足の膝の裏にも腕を入れる。持ち上げてそのまま隣のベットに置いてみた。
少しずつシーツに赤色染みていく。
「よし」
少しだけ君を左に寄せ、空いた右側のスペースに横になる。冷たくなった君の手を握った。
「君のこれからを奪ってごめんね。でも半分は、君のせいだよね。だって俺、部屋に入ってくるのは辞めてって言ってたじゃん?起こしてくれるのは嬉しいけど、扉の前までにしてって言ってたじゃん?約束破った君も悪いよね?君のことはすごく愛してるけどさ、約束破るのは違うもんね。」
「だからだからさ、慌てて目覚まし時計投げたら、たまたま直撃して、血が沢山出ちゃって、君が倒れたのも僕が悪いわけじゃないよね?」
「君は、顔もすっごく可愛いし、いつもへらへら俺の後ろついてきてさ、めちゃめちゃ優しくて、俺の事大好きだから許してくれるよね?」
「………。」
「……………………。」
「怒ってるよね、ごめん。」
「もし許してくれる気になったら、リビング来て。俺今日会社休んでさ、君のために時間作るから、待ってるね。」
手をも一度強く握ってから、ゆっくり離しベットから降りた。
『光と闇の狭間で』
生涯で何度、何回、私は神頼みをするのでございましょうか。信仰もろくにせず、ただ祈るだけの行為、いや、ただ手を合わせるだけの行為をする、私たちに神は何を恵んでくれるのでしょう。
「私は罪を犯したのでは無い。私の行動に罪が有ったのだ。」
「相変わらず、変な言い回しをするのね。」
そう言って笑った彼女の顔も、今は靄がかかって思い出せない。
「私は神を信じていない。神がもたらすものは、見せかけの幸福のみであろう。」
とある男がそう言った。
「私は生涯において、幾度となく神頼みをしてきた。」
「試練、告白、岐路、縁、運命、結末、生死」
「奇跡とは神が起こすもので、奇跡は必然である。」
「神は実在するのだと、実在していないと考えることさえも罪なのだ。ただ神という存在を受け入れ、心臓を鳴らし、脈を打つ。光を浴び、絶えず血を巡らせ地に立つ。人生の意味をあえて述べるなら、そう言葉を紡ぐだろう。」
「生を享受し、この世界に身を任せなければいけない。つまり、疑うことは罪なのだ。私はそう教えこまれ、あらゆるものを受け入れてきた。善も悪も疑わず、問いを持たず、ただひたすらに受け入れてきた。」
「」
「しかし私はもう、そして、疑うことを罪とした神の存在を信じることができないのだ。」
「私は神がいることを知っている。」
「信じる、信じないではなく存在するのだ。」
「お前が選択したことも、お前がこの地に生まれたことも全て必然。神の思うままだったというわけだ。」
「神に祈り続け、信じその結果妹を失ったことも全ては変えられぬ運命だったのだ。」
つづく
『どうすればいいの?』
私は分からないのでございます。なんのために生きているのでしょう、わたしたちは、どうして生きているのでしょうか。このことを考えているだけで、体内をミミズが這いずり回るような気分になるのです。私たちではなく、私の間違いでしたかもしれません。目に映る人達は、それはもう酷く輝いておられて、湯を沸かすほどの時間も見ることが出来ないのであります。哀れで可愛らしい私をどうかお救いくださいませ。
『冬になったら』
同じポケットに手を入れて
枯れた落ち葉のうえを歩いて
白い息を吐きながら
君の赤くなった耳を見ていたかったのに
君は決まって言う
「ぜっっったいに、冬の方がいい季節だよ!!」
冬信者のセリフに少し戸惑いつつも、
夏信者の私も言い返す
「いや、違うね。ぜっっっったい!夏!」
言い返した時の、わかってないなぁという顔が好きだった。むしろそれを見るために、言い返してたのかもしれない。
それから君は毎回、冬のプレゼンをする。
ここがこうで〜、これが良くて〜、だんだんプレゼンの内容もまとまりが出て、分かりやすくなっている。
ひとつ変わらないところは、決して夏を貶さないところ。そんな君が好きだった。
君に出会ったのは秋で、一度目の冬は少し会話するくらいの仲だった。
二度目の冬は、お互い意識してたと思う。
クリスマスに部活があると聞かなければ、多分遊びに誘っていた。
三度目の冬は、お互い受験で大変だったからあまり連絡が出来なかった。
四度目の冬は、君の冬が好きな理由にあがってるもの全てをしようと、クリスマスマーケットにもイルミネーションにも行った。
五度目の冬は、さすがに2人でいるのにも慣れてきて、距離も大分縮まった。君の好きな物も嫌いな物も、ほとんど全部分かるようになっていた。
六度目の冬は来なかった。
来年は、冬の夜道を星を見ながら散歩しよう。
そう言った君は、蝉の声に包まれながら死んだ。
信じられないほど暑くて、身体の水分が全部蒸発するんじゃないかって気温の日だった。
あのとき私のことを優先しなくてよかったのに。
右腕を強く握りながら、今でもそう考える。
私の方に向かって一直線にトラックが突っ込んできた。
足が震えて、何も出来ない私の腕を引っ張った代わりに君はトラックの前に投げ出された。
目の前が真っ赤になって、気がついたら病院にいた。
はっきりした意識もないまま、辺りを見渡すと
君が亡くなったらしいということだけは伝わってきた。
君によく似た男性と女性が、声を上げて泣いていた。
私はそれを見ても泣けなかったし、むしろ憐れで情けなくて見てられなかった。
窓の外に笑って歩いてる人が見えた。
君がいなくても、変わらず回り続ける世界が憎い。
アクセルとブレーキを間違えたなんて言うやつが憎い。
それでも、君がいない世界で笑ってる想像ができてしまう。そんな私が憎い。
君が最後に触った腕を握る。あの時と同じ強さで、
君が強く握ったときの痕が、だんだん薄れてしまうのが耐えられなかった。
君がいた証が無くなってしまうみたいで嫌だった。
あれだけ冬が好きだと言っていた君が、暑苦しい太陽に照らされる中、蝉の合唱とともに灰になった。
私は夏も冬も嫌いになったし、トラックを見るだけで吐き気がする。
「君のおかげで不幸せな毎日だよ」
そう言ってビンタでもしてやりたい。
寒くて寂しい冬に、私をひとりぼっちにした君を、絶対に許したりなんかしない。
これが初めての喧嘩だね。
絶対仲直りしようね。