九至 さら

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『誰か』

泣く父の横で、無邪気に笑う私がいた。
「これが最後かもしれない」そう言って渡されたスマホには、祖母が映し出されていた。父のセリフの意味も理解できなかった当時の私。慣れないビデオ通話に、少し戸惑いながらも、元気に祖母と話す。名前を聞かれた。知ってるいるはずなのに。「可愛い子だね」と言ってくれた祖母の笑顔は、いつもみたいにしわしわでそんな顔が大好きだった。それでも苦しそうに言葉を紡ぐ祖母は、いつもと違っていた。祖母のむせるような仕草を何故か見ていたくなくて、私は父に代わってと頼んだ。泣いている父を見たのはこの時が初めてだったと思う。
祖母ともう二度と話せないと分かったのは、祖母が骨に変わってからだ。寝ている祖母をなぜその箱に閉じこめるのだろうと思っていた。花に囲まれた祖母は骨に変わり、両手で持てるほどの大きさになってしまった。ようやくそこで、死というものを理解した。私の事を撫でてくれることも、お菓子をこっそりくれることももうないのだ。だからあのとき父は泣いていたのだと。箱に入った祖母を前に、真っ黒な服に包まれながら、鼻をすする音が聞こえたのだと。
今になって思う。きっと最後の会話は孫の私ではなく、可愛い知らない子だったのだろう。認知症を患っていた祖母は、父のことも私のことも最後には忘れてしまったそうだ。あとから父に聞いた話だが、ビデオ通話越しに「その子にこのお菓子をあげて欲しい」と言っていたらしい。そう看護師さんが伝えてくれたのだと。そのお菓子はいつも私にくれていたものだった。誰にでも優しいおばあちゃんを私は忘れない。

10/4/2025, 8:01:31 AM