「愛情(創作)」
幼い頃、連れ子同士の再婚で新しい家族ができた。私は母の子だからなのか、父親からの愛情を感じることなく過ごしてきた。
多分それは、私が拒否していたからだろう。父親は必死に父になろうとしていたのかもしれない。今なら少しは、分かるような…分からないような曖昧な気持ちだ。
尚更、幼い私にはそれを感じる力もなかった。
やっぱり心から満たされなかった。
どうしても。
私が好きになるのは、年上の人ばかり。私を愛してくれ、包み込んでくれ、とても安心感があったからだ。同年代の人では物足りなかった。
「愛してるよ」
この言葉を聞いてしまうと、気持ちがさめてしまい、別れ話に発展してしまう…
もうこれは、トラウマなのかもしれない…言葉ではなく、態度や気持ちで自然に感じさせて欲しいと願ってしまう。
いくらでも相手を試すチャンスはあったけど、自分から行動するのも何か違う気がして…心が不貞腐れていたのかなと、ふと思う時もあった。
ある時わかったことは、幼かったから愛情を感じる力が無かったからではなく、自然に感じさせて欲しかったという思いが未だに根強く残っているという事だった。
帰る場所はここにあるという、無条件の愛に包まれたかった。心満たされるように。
「太陽の下で(創作)」
給料が入ってすぐに、靴屋に行き、青い生地に白い花の刺繍がしてある、紐靴のスニーカーを買った。
前から欲しかったけど、値段が高すぎて諦めた靴だ。やっと、やっとやっと、私のものになる!
店員さんから、靴の入った袋を受け取ると意気揚々と家に帰った。
ザーザーー
翌日、雨だった。
その次も、雨だった。
せっかくの靴だから、濡らしたくないし汚したくない。
てるてる坊主を作って雨乞いもしたのに、さらに翌日も雨だった。どうやら、台風の影響で、今週は雨が続いているらしい。
玄関に今か今かと出番を待っている靴に目をやり、ふぅと息をはいた。きっと明日は晴れるはず。
朝起きて直ぐに、カーテンを開けた。チュンチュンと鳥が囀る声。キラッと眩しい光が私を照らしていた。
急いで身支度をして、丁寧に靴を履き、紐を結んだ。
玄関を開けて外に出ると、太陽光が眩しすぎて目を細めた。
「さあ、行くよ」
1歩踏み出した私の心と連動してるかのように、靴も喜んでいるように見えた。
「セーター」(創作)
彼の家で夕飯を食べる約束をしていた。料理が苦手な私が簡単に作れるものとして上げられるのは、鍋。
白菜、白ネギ、しいたけ、鶏のつくね、しらたき…
「あ!豆腐買うの忘れてる」
「いいよ、豆腐無くても」
彼が言うが早いか、私は鞄を持って靴を履こうと玄関に向かっていた。
「え?!行くの?ちょっと、待った!長T
1枚じゃ、さすがに寒いって」
「あ、そうだね…」
彼は慌てて着ていた黒いセーターを脱ぎ、私の頭から被せた。
襟ぐりから頭が出た瞬間、ふわんと彼の香りが鼻に残る。
あったかい…。
「すぐ戻るから、まっててね」
そう言って私は、豆腐のために寒い夜に飛び出した。
上手くいってたのにな。私たち。
別れてから5年も経つのに、未だにあのセーターがタンスの中で眠っている。
決して未練がある訳でもないのだが、私の中で、彼との事は良い思い出だったからという理由で残してあったんだと思う。
「いつ捨てようかな…」
そんなことを考えながら、今はひとりで鍋をつついて食べている。
「落ちていく」(創作)
「悪いんだけど、この書類明日までにまとめてくれるかな?」
目の前の顧客リストの山に、ため息をこぼした。自分の仕事が山ほど残っているのに、それは無い!!と、心の中では叫んでるのに、口からは気持ちと反対の言葉が出る。
「分かりました…」
自分は本当に真面目を絵に書いたような性格だと自負している。何か言われたら、相手の気持ちになってしまい、断ることが出来ない。
上手く立ち振る舞いながら、華麗に嫌なことをスルーしていく人たちを見ながら羨ましいとさえ思う。
1度でいいから、無理、出来ない、嫌ですって、拒否してみたい…
そんなことを思っていると、何に対してもやる気がわかずに逃げたくなる。
逃げたい気持ちのまま仕事を辞めても、このまま、自分の中のモヤモヤから脱出しなければ、どうなってしまうのかも分かっていた。
高校のバスケ部の部長を決める時、私は本当に上に立てるような人間ではなかったのに真面目だからという理由で、部長になった。
それでも言われたらちゃんとやりたいと思うから頑張るけれど、どうにも空回りで、挙句の果てに過呼吸を起こし救急車で運ばれたこともあった。
何十枚のコピー用紙がリズミカルに排出されていくのを、じっと眺めていると、コンコンとコピー機をノックする音が聞こえた。
「ブラジルまで落ちてる顔してるけど、大丈夫?」
顔を上げると、同じ部署の先輩だった。ここで私はまた、大丈夫って言うんだろうな、言わなきゃ心配かけちゃうし…どうしよう…
考えている間が待てなかったのか、先輩は、冗談ぽくガクンと肩を下ろして、ニッコリと笑った。
「大丈夫ではなさそうだね。ランチ一緒にどう?」
「はい。お願いします」
本心だった。この人に、勇気をだして打ち明けてみよう。
その勇気から、這い上がれるかもしれない。なにか始まるかもしれない…
直感でそう思った。
「どうすればいいの?」(創作)
母親に連れてこられたレストラン。
窓際の席に案内されて、椅子に座った。
しばらくして、私の目の前に見知らぬおじさんが立ち止まった。
「初めまして」
そう言って席に座り、母親と親しげに話すおじさんを、不機嫌そうに見つめた。
「出来ればこれから君のことを知って、いつかお父さんになれたらと思っているんだ」
突然の事で、頭が働かない。お父さんというワードだけが、頭の中でぐるぐると回り出した。
「突然言われてもびっくりするよね。でも、もうすぐ1年生だから、おじさんが言ってる意味は…分かるよね?」
不安そうな、そして優しげな笑顔を浮かべたおじさんが目を逸らさずじっと私を見つめてきたが、耐えきれず私から逸らした。
そんな私の姿を見た母親は、私の肩に片手をおき、ゆっくりとさすった。
「時間はたっぷりあるから、ゆっくりまたお話しよう。今日は突然でごめんね」
反射的におじさんのことは、好きになれなかった。大好きなお母さんを取られたような気持ちになったからだ。
幼かった私は、どうすることも出来ず、大人の時間の中に巻き込まれていった。
おじさんがお父さんに変わるのは、もう少しあとの話。