よっ、そこの君。そうそう君だよ君。ちょっとだけ話を聞いていってくれないか?なぁに、すぐ終わるさ。たいした話じゃないんだが、まぁなんだ、こんな肌寒い日は誰かと話したい気分なんだ。
誰だって独りは寂しいだろ?俺はさ、正直言って人が嫌いなんだ。矛盾してるって?そうだな。人は嫌いだけど、ひとりは寂しいんだ。
もう何年もずっと考えてる。他人を受け入れられないのは、自分自身を愛していないからなんじゃないのかって。何故自分を愛せないのか。自信がない?確かに自信は、これっぽっちもないな。誰かに自慢できるような特技も、誇れるような人生も歩んできていない。自分に自信を持てるだけの何かを、俺は持っちゃいないんだよ。
なぁ、俺はさ、絶対にいつか死のうと思ってんだ。死のう、死のうと思いつつ、何年もダラダラ生き続けて、こんな歳になっちまった。
自分の人生に嫌気がさして、死にたい、死のう、明日、明後日、今年中には。毎日死にたいと思うくせに、少しでも楽しい事があるとそれを忘れる。また次の日になればあぁ死にたい。だけどまた……。それの繰り返し。
俺、目が悪くてさ。ちょっとでも楽になるようにって、目にいいサプリ買っちゃったりなんかして。
死ぬその時までは快適に生きたい。って、笑っちゃうだろ?
本当に死にたい奴は、ある日突然死んじゃったりするのにな。実際は俺は死にたいんじゃなくて、ただ逃げたいだけなんだよな。
おっと、ごめんごめん。すぐ終わるとか言って長くなっちまったな。雪も降ってきたし、気を付けて帰れよ。話、聞いてくれてありがとな。
たぶん俺は明日も死にたいと思いながら生きてるよ。
また、夢を見た。今度は生前の、まだ元気な頃の愛猫の夢だ。
あの子は2階の物置きの前の廊下がお気に入りで、いつもそこでお昼寝をしていた。以前、一度だけあの子も物置きの中に入った事がある。物置きなので当然中は物で溢れ、少々埃も溜まっており、あまり猫に良い環境とはいえない。しかしそんな事は猫には関係ない。暗く狭い場所が大好きな猫、我が家の愛猫も当然のように物と物の隙間に入り込み、満足そうにそこに居座った。その後、家人の手によって救出された猫の表情は、誰が見ても明らかに不服そうだったのを覚えている。
猫にとって危険な場所は封鎖してしまったほうが、猫にとっても私達にとっても良いと思い、物置きに鍵をつけた。
それがいけなかったのかもしれない。
あの子はなかなかに執着心が強く、こうと決めたら絶対に最後まで諦めない。鍵のかかった物置きの前に立っては、どうにか入れないものかと、毎日あの手この手で(といっても、猫のかわいい手足では限度がある)扉を突破するべく頑張っていた。
しかし、とうとうあの日以来、あの子が物置きの中に入る事はなかった。悲願叶わず、お空へと旅立ってしまった。こんな事なら、もう一度あの扉の向こうに連れて行ってやれば良かったと、何度後悔したことか。
私のその強い後悔の念が夢に反映されたのか、あの子と一緒に物置きに入る夢を見たのだ。
触り心地の良い毛並み、嬉しさにキラキラと輝く瞳、まるで現実のような世界で、あの子は動き回る。私も嬉しくなり、思わず顔が綻ぶ。
あの子が初めてこの家に来た時と同じような冬晴れの日に、この時間が永遠に続けばいいのにと、はしゃぐ小さな命を見つめながら心の中で願った。
幸せとは、ただ生きていてくれること。
ただ健やかに、穏やかに毎日を過ごせること。
同じ景色を見られること。
話しかけたら返事が返ってくること。
触れられる距離に居ること。姿が目に見えること。
喪ってから後悔するもの。
たくさんの想い出の中にあるもの。
あなたは、幸せでしたか?
初めて会った瞬間に好きになった。一緒に遊ぼうと僕が誘うと、はっきりとは見えないけれど、その人はなんだか嬉しそうな顔をした気がした。
その人に二回目に会った日が、僕の最初の家とのお別れだった。「どこに行くの?」こわくて聞けなかった。
知らない場所。ここはどこ?お家に帰りたい。でも、不安と恐怖で声も出なかった。
「今日からここがあなたのお家だよ」え?
「これからよろしくね」どういうこと?
いやだよ、僕お家に帰りたい。皆はどこ?出口がどこかもわからない。もう帰れないのかな。
隠れられそうな場所を探して、そこに閉じこもった。
あの人の心配そうな声が聞こえる。出ておいでと、何度も呼びかける。
お腹がすいた。でも今出ていけば捕まってしまう。あの人と誰かの話し声がして、そのうち静かになった。
誰もいない間、たぶん皆が寝てる頃に出て行って、ご飯を食べた。終わったら、また隠れる。そんな生活を何日も続けた。
今思い返すと、そんな事もあったよなって笑い話になるけど、あの時は本当に不安で、毎日こわくて仕方なかった。でもあの頃の僕では考えられないくらい、今はこの家が大好きになった。だからお別れするのが寂しい。
「死んでからも、ずっとこの家にいていいんだよ」本当に?
「蛇口から直接お水飲んでも怒らないよ」やったぁ!
「暖かい日は日向ぼっこしてお昼寝して、私が帰って来たらおかえりって、言って……」
泣かないで。ずっと一緒にいるから。いつか一緒に虹の橋を渡ろう。ずっとずっと、待ってるから。
「この家に来てくれてありがとう。おやすみ」
うん、おやすみ。またね。大好きなキミへ!
夢を見た。先日亡くなった愛する我が家の猫が、息を吹き返す夢だ。あの日、段々と弱くなる呼吸の音を聞きながら、一生懸命に生きたあの子の最期を看取った。
それが、生き返った?死んだと思っていたが、ただの仮死状態だったというのか。愛猫との再会の喜びも束の間、苦しそうにもがき苦しむ姿が目に映る。
あの夜と同じだ。この苦痛から逃げたい、たすけて、どうすればいい?とまるで私に助けを乞うように、苦しそうに鳴き、もはやまともに動かない手足で必死にどこかに逃げようとしていた。一度、膝に乗りたがったので、抱き上げ膝に乗せてやった。だがまた苦しそうな声を出したので、体勢がきついのかと思い慌てて下ろしてしまった。今では後悔している。寂しがり屋で甘えん坊なあの子、最期は私の膝の上で眠りたかったかもしれない。
あの時の私は助けてやれなかった、今度こそはと心臓マッサージを試みる。しかしなかなか上手くできない。以前ネットで、猫の心臓マッサージについて画像を見た事があったが、あまり詳しくは調べなかった。猫の心臓マッサージを続けながら、スマホを片手に検索する。「待ってて、今心臓マッサージについて調べてるから……。」しかし私の声は、恐らくもうあの子の耳には届いていない。もがき苦しみながら、必死にどこかに逃げようとしている。
いつもスマホばかり、今もまたスマホを見てる……そう言ってあの子は怒るだろうか。もう瞳孔も開き切って目も殆ど見えていないように思えるが、猫は意外に鋭いので、私の手にスマホがあるのを感じ取り咎めるのではないかと、決してそれどころではないというのに、何故だか少し冷静な頭でそう考えていた。
夢の中の愛猫がどうなったのか、最後まで見届ける事なく目が覚めた。苦しそうなあの子を置いてきてしまったのは苦が残るが、たとえ夢であっても、あの子のもふもふな毛並みにまた触れられて幸せだと感じた。いつも私の夢は感覚がとてもリアルで、色も鮮明である。今回はそれに少し救われた気がした。
現実では相変わらずあの子は死んだままだった。それでもあの子が生きた世界は、これからも変わらず続いていく。
猫や可愛い生き物が出てくるコンテンツに対して、今は食指が動かない。何も考えず、現実逃避している。しかしいつかは死と向き合って、前に進んでいけるよう、今はまだもう少し、たくさんの想い出と共にこの場所で見守っていてほしいと思う。
私にとって初めての愛する猫へ。これからも心の中でずっと一緒に。あなたの愛する私より