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12/28/2025, 5:42:32 AM

夢を見た。先日亡くなった愛する我が家の猫が、息を吹き返す夢だ。あの日、段々と弱くなる呼吸の音を聞きながら、一生懸命に生きたあの子の最期を看取った。
それが、生き返った?死んだと思っていたが、ただの仮死状態だったというのか。愛猫との再会の喜びも束の間、苦しそうにもがき苦しむ姿が目に写る。
あの夜と同じだ。この苦痛から逃げたい、たすけて、どうすればいい?とまるで私に助けを乞うように、苦しそうに鳴き、もはやまともに動かない手足で必死にどこかに逃げようとしていた。一度、膝に乗りたがったので、抱き上げ膝に乗せてやった。だがまた苦しそうな声を出したので、体勢がきついのかと思い慌てて下ろしてしまった。今では後悔している。寂しがり屋で甘えん坊なあの子、最期は私の膝の上で眠りたかったかもしれない。
あの時の私は助けてやれなかった、今度こそはと心臓マッサージを試みる。しかしなかなか上手くできない。以前ネットで、猫の心臓マッサージについて画像を見た事があったが、あまり詳しくは調べなかった。猫の心臓マッサージを続けながら、スマホを片手に検索する。「待ってて、今心臓マッサージについて調べてるから……。」しかし私の声は、恐らくもうあの子の耳には届いていない。もがき苦しみながら、必死にどこかに逃げようとしている。
いつもスマホばかり、今もまたスマホを見てる……そう言ってあの子は怒るだろうか。もう瞳孔も開き切って目も殆ど見えていないように思えるが、猫は意外に鋭いので、私の手にスマホがあるのを感じ取り咎めるのではないかと、決してそれどころではないというのに、何故だか少し冷静な頭でそう考えていた。
夢の中の愛猫がどうなったのか、最後まで見届ける事なく目が覚めた。苦しそうなあの子を置いてきてしまったのは苦が残るが、たとえ夢であっても、あの子のもふもふな毛並みにまた触れられて幸せだと感じた。いつも私の夢は感覚がとてもリアルで、色も鮮明である。今回はそれに少し救われた気がした。

現実では相変わらずあの子は死んだままだった。それでもあの子が生きた世界は、これからも変わらず続いていく。
猫や可愛い生き物が出てくるコンテンツに対して、今は食指が動かない。何も考えず、現実逃避している。しかしいつかは死と向き合って、前に進んでいけるよう、今はまだもう少し、たくさんの想い出と共にこの場所で見守っていてほしいと思う。

私にとって初めての愛する猫へ。これからも心の中でずっと一緒に。あなたの愛する私より

3/2/2025, 10:20:13 AM

久々に依頼が入った。行方不明の息子を捜してほしいという依頼だ。
警察に捜索願を出してはいるが、一向に進捗はなく、藁にも縋る思いでここに来たようだった。
「先に言っておきますがね奥さん、私は捜索のプロではなく、あくまで探偵だという事を頭に入れておいていただきたい」
向かいのソファに座る女性に念を押す。自慢じゃないが、今までこなした仕事内容は、せいぜい脱走した猫や犬を捜すくらいのものだった。若しくは浮気調査などのごく一般的な探偵の仕事だ。
「わかっています。それでもお願いしたいのです」
女性はどうやら相当参っているようだった。顔はやつれ、髪の手入れも満足に行き届いていないように見えた。初対面だが、実年齢よりも老けて見えるのではないかと感じた。

「これが息子の写真です」
女性は鞄から取り出した写真をテーブルに置くと、私に向かってスッと滑らせた。
「黒縁眼鏡をかけていて、身長は172cm……あ、前髪はこれよりも長いと思います」
写真に写る少年の前髪は眉よりも少し上の長さだったが、女性が言うには、現在は眼鏡の縁の少し下程の長さまで伸びているらしかった。
懐から手帳を取り出すと、メモを取りながら女性に話を聞く。
「息子さんの行き先に心当たりは?」
散々警察にも聞かれた事だろうが、一応聞いてみる。
「いえ、それが……」女性が言い淀む。
「どうしました?」
「それが、よくわからなくて。私も主人も、仕事のことばかりで、あまりあの子に構ってあげられなかったので……」
言い訳をするように目を逸らし、顔を伏せる女性からは、後悔の念が見てとれた。
しかしすぐに顔を上げると、続けて言った。
「ただ、同じ高校に仲の良い女の子がいたみたいです」
「なるほど。ではその子にも話を聞いてみる価値はありそうですね」
こちらも散々警察に話を聞かれたと思うが。

女性が去った後も、暫くの間は写真の少年を見つめていた。どこかで見た事があるような気がしたからだ。電車などで見かけたのだろうか。この依頼の重要性にはまだ気付いていなかった。

3/2/2025, 5:00:16 AM

誰かの話し声が聞こえる。聞き覚えのない声だった。どうやら複数人居るようだ。
気を失っていたのか。重い瞼を開けると、誰かが僕の顔を覗き込んでいた。
「あ!目を覚ましたよ!」
一瞬、ギョッとした。僕の目の前に居た人物は、狐のお面をつけていた。背が低く、子供のように見えた。
「痛いところはない?」
今度は大人の女性の声だ。同様に狐のお面をつけている。
ハッとした。周りを見ると、狐のお面だらけだった。

「あの、ここは……?」
「村長の家だよ。お兄さん、倒れてたんだよ!」
先程の子供が答える。そうか、確か階段を登っている途中で……。
「あなた、山の麓で倒れていたの。この子が見つけてくれたのよ」
山の麓で?そんなはずはない。
「あの、確か山頂へ続く階段を登っていたはずなのですが」
「山頂へ?………。ここら辺の山は立入禁止で、どこも閉鎖されていたと思うのだけど」
女性がお面の口元に手を当てながら言った。
動揺した。僕は確かに山の麓の階段を登っていた。彼女との合流地点へ……。
「そうだ、女の子を見ませんでしたか?僕と同い年くらいの」
山頂で待ち合わせをしていたんです、と伝えた。
「見つけたのはあなた一人よ」
あとは私達村の人間だけで、他の子は見ていない、と申し訳なさそうにその人は言った。

「そんなことより、お兄さんもお祭り行こうよ」
僕が黙っていると、急に子供が僕の手を引き立たせようとした。
「こら、無理やり引っ張らないの」
女性が窘める。この女性は子供の母親のようだった。
「お祭りがあるんですか?」
「ええ。今日と明日、二日間あって、今日は皆で狐のお面をつけて村中を練り歩くの」
その途中であなたを見つけたのよ、と。
「この後は神社に行って、皆で"お焚き上げ"するんだよ!」
横で子供が元気良く言った。楽しみだね!と、母親に笑顔を向ける。正確にはお面で顔は見えないが、声色から満面の笑みが想像できた。

夏の祭りの時期にお焚き上げをするなどあまり聞いた事がないが、地方によって色々と風習の違いがあるのかもしれない。そう考えて、あまり深くは追求しなかった。もしかしたら、子供が勘違いをして勝手にお焚き上げだと思っているだけで、本当は別の名前の何かだという可能性もある。

そのままの流れで、僕も一緒に祭りに参加する事になってしまった。

9/14/2024, 6:40:41 AM

帰宅途中で百円ショップに寄り、以前から気になっていたLEDキャンドルを購入した。自宅に着くなりさっそく点灯すると、暖かいクリーム色の光が部屋を優しく包み込む。百円ショップといいつつ二百円商品だった事などどうでもよくなるくらいには綺麗だと思った。ぼーっと光を眺めていると、時々ゆらゆらと光が揺れて、まるで本物の蝋燭の灯りのように見える。
この灯りの下で読書をしたら風情があるなと思ったが、文字を読むには少し明るさが足りないかもしれない。それでもなるべく顔を近付けて読めば、出来ない事もない。そこで閃いた。同じキャンドルをもう何個か購入して並べれば、本を読むのに苦労しない程度の明るさは確保出来るはずだ。明るい部屋で読めば良いのでは?という正論は聞かないものとする。

翌日、再び百円ショップに足を運ぶと同じキャンドルを三個程購入した。前日に購入したキャンドルを含めた、合計四個のキャンドルが私の周りを取り囲む。まるで怪しい降霊儀式をしているかのような光景となった。床に置いたのが間違いだった。
気を取り直してキャンドルをテーブルの四隅に並べると、本を開き中央に置いてみた。「読める、読めるぞ!」などと、思わずどこぞの悪役じみた台詞を吐きながら本を読み進めていく。
気が付くと空は薄っすらと明るくなり、いつの間にか時刻は夜明け前だった。時間を忘れてこんなに何かに没頭したのは久しぶりだな、としみじみ思う。

ここまで長々と綴ってきたが、勘の良い人間ならこの話にオチが無いという事に気付いている頃だろう。貴重な時間を無駄にしたと、暴れまわってくれても構わない。
机の上の物を全て落とし、棚から本を叩き落とし、服をビリビリに破り捨てた後に我に返った貴方にある商品をおすすめさせてほしい。
百円ショップにて二百円で購入出来るLEDキャンドルである。暖かいクリーム色の光がきっと貴方の心を癒やしてくれる事だろう。

9/11/2024, 3:54:57 PM

「明日死のうという人間が、二ヶ月も先の予定を立てると思うか?」
「人によるのでは?」
「では君は死にたいと思いながら旅行の計画を立てるのか?」
「立てますね」
「そうか……」
僕が即答したので、それきり室戸は黙ってしまった。
死にたいと思った事が無い人間は、きっとこの思考が理解出来ないのだろう。
気まずい空気を紛らわそうとしたのか、室戸が出し抜けにテレビのリモコンに手を伸ばした。電源ボタンを押すが、何の反応も無い。もう一度押す。やはりテレビはつかなかった。

傍らでその様子を眺めていた兵藤が口を開く。
「古いコテージだから、テレビも壊れているのかもしれませんね」
「使えないな」
室戸は兵藤のほうを一瞥してから、誰に言うでもなく吐き捨てるように言った。
「でも、確か初めの説明で、コテージの備品等は全て自由に使ってもらって構わないって言ってたけどなぁ。それなのにテレビが見れないっていうのは納得いかないよなぁ」
ソファの背もたれから顔を覗かせて話に入ってきたのは、確か畠中とかいう男だ。眠そうな垂れ目は今にも閉じそうである。
「あなた、ちゃんと眠ってるの?眠いなら部屋のベッドで仮眠でも取ってきたらどう?なんなら、そこのソファでも」
三島も同じ事を思ったようで、畠中が座っているソファを指差して促す。
「うーん、じゃあそうするよ」
言い終わるかどうかというところで大きな欠伸をすると、畠中はそのままソファに横になった。

「お腹すきませんか……?」
沈黙が続く中、恐る恐る兵藤に話しかけた。
「そうですね。そろそろお昼の時間ですし、何か食べましょうか」
兵藤はそう言うと、キッチンのほうへ向かって行った。その後ろを僕と三島が続く。
「兵藤さんと三島さんは普段料理とかされるんですか?」
「そりゃ毎日よ。主婦に休みはないからね」
三島はその恰幅の良さから、なんとなく食堂のおばちゃんを連想させた。偏見かもしれないが、美味しいご飯を作ってくれそうな気がする。
「私はあまり得意ではないですが、簡単なものなら作れます」
凛とした佇まいと口調から、兵藤はメイドのような雰囲気がある。これまた偏見だが手先も器用そうなので、簡単なものと言いつつ手の混んだものを作ってそうに思う。
「お二人共凄いですね。僕は冷凍品やお惣菜に頼ってばかりで……」
「あら、冷凍品やお惣菜が悪いとは思わないわよ。主婦だって、楽したい日には頼る事もあるんだし」
「私もそう思います。手作りじゃないといけないなんて決まりはありませんよ」
二人に励ますようにそう言われ、少しだけ心が軽くなった。

キッチンは思ったよりも広く感じた。冷蔵庫は大きく、割と新しい物のように見える。
「あれ、こっちにも冷凍庫がありますよ」
メインの冷蔵庫とは別に、少し小さめの、白い縦長の冷凍庫が端のほうに設置されていた。
開けると、中には小分けにされた肉がたくさん入っている。一つ手に取って観察するが、何の肉かはわからない。
「鶏肉……でしょうか」
横から兵藤が顔を出して言う。
「食べてみればわかるんじゃない?」
「いや流石に、何の肉か分からないのに調理するのは怖いですよ僕は」
何の肉か分かっていても調理するのは怖いのに。

ふと壁にかかったカレンダーが目に入った。所々に○や✕などの印が書き込まれている。その印の下には出荷や入荷といった文字が添えられていた。
隔離された施設での肉の出荷……。何処かで聞いた事があるような。でも何処でだったかが思い出せない。
なんとなく、あの肉は食べないほうが良いような気がする。僕が思案する後ろで、ちょうど三島が袋から取り出した肉を調理するところだった。

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