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「明日死のうという人間が、二ヶ月も先の予定を立てると思うか?」
「人によるのでは?」
「では君は死にたいと思いながら旅行の計画を立てるのか?」
「立てますね」
「そうか……」
僕が即答したので、それきり室戸は黙ってしまった。
死にたいと思った事が無い人間は、きっとこの思考が理解出来ないのだろう。
気まずい空気を紛らわそうとしたのか、室戸が出し抜けにテレビのリモコンに手を伸ばした。電源ボタンを押すが、何の反応も無い。もう一度押す。やはりテレビはつかなかった。

傍らでその様子を眺めていた兵藤が口を開く。
「古いコテージだから、テレビも壊れているのかもしれませんね」
「使えないな」
室戸は兵藤のほうを一瞥してから、誰に言うでもなく吐き捨てるように言った。
「でも、確か初めの説明で、コテージの備品等は全て自由に使ってもらって構わないって言ってたけどなぁ。それなのにテレビが見れないっていうのは納得いかないよなぁ」
ソファの背もたれから顔を覗かせて話に入ってきたのは、確か畠中とかいう男だ。眠そうな垂れ目は今にも閉じそうである。
「あなた、ちゃんと眠ってるの?眠いなら部屋のベッドで仮眠でも取ってきたらどう?なんなら、そこのソファでも」
三島も同じ事を思ったようで、畠中が座っているソファを指差して促す。
「うーん、じゃあそうするよ」
言い終わるかどうかというところで大きな欠伸をすると、畠中はそのままソファに横になった。

「お腹すきませんか……?」
沈黙が続く中、恐る恐る兵藤に話しかけた。
「そうですね。そろそろお昼の時間ですし、何か食べましょうか」
兵藤はそう言うと、キッチンのほうへ向かって行った。その後ろを僕と三島が続く。
「兵藤さんと三島さんは普段料理とかされるんですか?」
「そりゃ毎日よ。主婦に休みはないからね」
三島はその恰幅の良さから、なんとなく食堂のおばちゃんを連想させた。偏見かもしれないが、美味しいご飯を作ってくれそうな気がする。
「私はあまり得意ではないですが、簡単なものなら作れます」
凛とした佇まいと口調から、兵藤はメイドのような雰囲気がある。これまた偏見だが手先も器用そうなので、簡単なものと言いつつ手の混んだものを作ってそうに思う。
「お二人共凄いですね。僕は冷凍品やお惣菜に頼ってばかりで……」
「あら、冷凍品やお惣菜が悪いとは思わないわよ。主婦だって、楽したい日には頼る事もあるんだし」
「私もそう思います。手作りじゃないといけないなんて決まりはありませんよ」
二人に励ますようにそう言われ、少しだけ心が軽くなった。

キッチンは思ったよりも広く感じた。冷蔵庫は大きく、割と新しい物のように見える。
「あれ、こっちにも冷凍庫がありますよ」
メインの冷蔵庫とは別に、少し小さめの、白い縦長の冷凍庫が端のほうに設置されていた。
開けると、中には小分けにされた肉がたくさん入っている。一つ手に取って観察するが、何の肉かはわからない。
「鶏肉……でしょうか」
横から兵藤が顔を出して言う。
「食べてみればわかるんじゃない?」
「いや流石に、何の肉か分からないのに調理するのは怖いですよ僕は」
何の肉か分かっていても調理するのは怖いのに。

ふと壁にかかったカレンダーが目に入った。所々に○や✕などの印が書き込まれている。その印の下には出荷や入荷といった文字が添えられていた。
隔離された施設での肉の出荷……。何処かで聞いた事があるような。でも何処でだったかが思い出せない。
なんとなく、あの肉は食べないほうが良いような気がする。僕が思案する後ろで、ちょうど三島が袋から取り出した肉を調理するところだった。

9/11/2024, 3:54:57 PM