ハイル

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9/19/2023, 11:07:54 AM

【時間よ止まれ】

 ある日の山中、少年はいたずらに蛇を殺した。
 何か理由があったわけではない。蛇に何かされたわけでもなかった。ただただ、少年の暇を潰すためだけに蛇は殺された。
 もいだ頭をぼうっと眺めていると、眼前に広がった茂みの中からガサガサと音がした。
 また蛇だろうか、と少年は訝しむ。
 茂みの音はだんだんとこちらに近づいている。ふと、茂みの中から視線を感じ目を凝らす。
 人間についた二つの目らしきものが、薄暗い茂みの中からこちらを凝視していた。

「少年、力が欲しいか」

 目はしゃがれた声で問いかける。少年は恐怖に口をパクパクとさせるが、目が言う「力」に少なからず惹かれていたのも事実だ。

「なんの、力ですか」
「時を止める力だよ」
「くれるんですか」
「もちろん」

 少年は二つ返事でその力を受け入れた。時を止める、だなんてフィクションでしか成立しない力だ。
 目は嬉しそうに目を細めて話を続ける。

「ただし忠告だ。この力は一度きりしか使えないんだ。使い所はようく考えるんだよ」

 少年はこくりと頷く。一度きり、という言葉に落胆はしたが、元より使えるはずもなかった『時を止める力』を手に入れたこと自体が少年の胸を高鳴らせた。

 ある日、少年は信号を待っていた。
 力を手に入れてから早数ヶ月が過ぎていた。
 眼前に光るのは赤信号だ。今日は新作のゲームソフトが発売される。いち早く家に帰りたくてしょうがなかった。
 そわそわして、左右を確認する。右方向、遠くに車の陰が見えた。走ればまだ間に合いそうな距離。
 少年は赤信号を走った。突如、左からプウウウと耳を切り裂くようなクラクションが響き渡る。音の方向を振り向くと、車がすぐ傍まで迫っていた。右側の車に気を取られ、左から新たに来た車に気づかなかったのだ。
 足がすくんだ。しかし、少年は決心する。力を使うのは今しかない。不本意だが、ここで撥ねられてしまえば確実に死んでしまう。
 少年は胸に祈る。時間よ止まれ、時間よ止まれ。
 クラクションが鳴り止んだ。車の排気音も、街を歩けば聞こえる雑踏も全てが鳴り止み、しんと世界を静寂に包み込む。
 少年は自分が生き延びたこと、力が本当だったことに興奮し感情を昂ぶらせる。が、それは束の間だった。
 少年は左側を向いて車と睨み合う形のまま硬直していた。体の細部まで一寸も動かすことはできないまま、思考だけが止まった世界の中で生きていた。
 そこでようやく理解した。時を止める力というのは、少年も含めた全ての時を止めることなんだと。
 少年はいつか見た神話の内容を思い出した。それに出てきたウロボロスという蛇は自ら尻尾をくわえており、一つの環状になっていた。それは永遠を象徴とするらしい。
 あの日現れた謎の目は蛇の恨みが募ったもので、自分を永遠の中に閉じ込めたのではないか。少年はそんな風に妄想を膨らませたが、今となっては究明することのできない真実だった。

9/18/2023, 4:07:06 AM

【花畑】

 少女は広大な花畑に立っていた。
 辺りを見渡せば赤白黄色、橙や淡い紫の花々が整然と咲き並んでいる。花々は色ごとに区画され寸分違わず列を作っている。まるで色違いの虹のようなそれを見て、少女は思わず感嘆の声を漏らした。
 花畑は果てしなく続いており、少し離れた丘の斜面にも同じように咲き誇っていた。その花々の一部、白色をした花群れの中にポツンと赤い模様が見えた。距離があるからか何かは判然としないが、少女はそれが気になり足を進める。
 丘の花群れに辿り着くまで周りには様々な花が道を作っていたが、少女は横目でそれを見るだけで真っ直ぐ目的地を目指す。徐々に距離が縮まると、赤い模様が一つの文字だということに気づいた。
 あれは明らかに『大』という字だ。少女は家族と旅行にいったとき、似たようなものを見たことがあった。最もそれは『大』という字を炎で象っていたが。
 少女は歩みを止める。目の前には白いコスモスの中に、赤のコスモスが『大』という字を浮かび上がらせていた。
 遠くから見ると不思議に思ったが、近づいてみれば大したものではなかった。ただそこに字があるだけだ。
 少女は期待はずれに感じて元来た道を戻ろうとする。後ろを振り返ろうとしたそのとき、ふと目下に気になるものが止まった。
 『大』でいうところの払いの部分、土の中から紐のようなものがちょろちょろと顔を出していた。
 少女は屈んでその紐をよく観察する。まだ引っ張れそうな余裕が紐にはあったため、ぐいと引いてみる。
 紐はするすると土の中から姿を表し、その先に何かそれなりの質量を持つものが繋がっていることを少女の掌に振動として伝えた。
 目に見えない土の底にある何かに、少女は少なからず疑念と恐怖を抱いた。しかし、好奇心がそれを押さえつける。
 少女はさらに力を込めて紐をぐいぐいと引いてみた。
 紐につながった何かが土を盛り上げて姿を表そうともがいている。紐をもう一度引くと、何かは土を飛沫のように舞い上げて少女の足元に転がり落ちた。
 靴だった。どれくらいの年月を土の中で過ごしたのか想像ができないほど、黒く汚れている。少女でも見たことがあるような若者向けのメーカーだった。
 少女はまたしても落胆する。もっと何か自慢できるような発見があると思っていたが、やはり無駄足だったようだ。
 少女は転がった一足の靴を花群れの中に置き、花畑を後にした。
 赤のコスモスの下には靴が埋まっている。
 少女はこれを微塵も疑問に思うことはなかった。

9/16/2023, 11:26:58 AM

【空が泣く】

 ほんの小さな雨がぽつりぽつりと頬を打つ。
 よく人はこれを小雨と呼ぶが、涙雨という趣ある呼び方もあるらしい。昔の人はこの雨を、空が泣いているように見立ててそう名づけたのだろうか。
 上空を見上げると、分厚く鈍色をした雲が空を覆い尽くそうとしていた。先程までは見えていた太陽の斜光も、出口をすぼめられ徐々にその姿を消していく。
 びゅう、と凄まじい風が私を包み込む。
 これは雷雨になるな。
 私は澄んだ思考でそんなことを考えていた。
 周囲を包み込んだ風がさらに勢いを増していく。
 曇天が降らす涙もいつの間にか大きな雨粒となっていた。まるで、空が私のために泣いているみたいだった。

「泣いてくれるのは君だけか」

 私は落ちゆく景色の中、空を見上げながらそう呟いた。
 グシャリ。嫌な音がこだまする。

9/15/2023, 12:51:55 PM

【君からのLINE】

 なんだかそわそわして、スマホで何度も時間を確認する。
 二一時〇五分。まだLINEを送ってから五分も経っていない。
 僕は落胆した。たったの五分しか過ぎていないだなんて。僕は、密かに思いを寄せている彼女からの返信がくるまで、こんなにも落ち着かない気持ちで過ごさなければならないらしい。
 思い人とのやり取りとは不思議なもので、あんなにも練りに練って修正を加えた文章を送ったとしてもその数秒後には、いやあちらのほうが良かったか、いやそれでは馴れ馴れしすぎるか、と修正案が次々に浮かび上がる。ただの友人であればこんなこと思いもしないというのに、恋というのは不思議なものである。
 なかなか気持ちが逸ったままなので、僕は彼女とのLINEのやり取りを見返す。

『おはよう! 今日も学校頑張ろうね〜』
『部活おつかれ! 窓からみえたよ〜! シュートとかなんかすごかった!笑』
『塾がんばる!笑』

 傍から見たら他愛もない会話だが、僕にとっては一つ一つ大切な思い出だ。
 なんだか自分が意気地なしのように思えてしまうが、学校で声を掛けようにも彼女は仲の良い女子たちと会話しているし、自分の友人からからかわれるのも少し億劫だ……とつらつら並べてみたが、どれも言い訳にすぎないような気もする。
 僕は自分が意気地なしであることを一人で勝手に認めながら、先ほど送ったばかりのLINEを見返そうとした、その時--

『塾終わった! その映画私も気になってた〜!笑 今週末行けそうだけどどう?』

「うわぁっ!」

 突然の返信に驚き情けない声が出る。どくどくと心臓が早まり、顔がみるみる熱くなるのを感じる。ふるえだした手でスマホを掴み画面を確認した。
 彼女から続けざまにLINEがくる。

『既読はや!笑』

 もうなにもかも投げ捨てたくなった。すさまじい羞恥心に苛まれたが、それに勝るほどの喜びが後から押し寄せる。
 デート、OK貰えたんだ!
 僕は内側から溢れ出す喜悦を必死に押さえ込み、画面に目を向ける。
 ……まずはどう返そうか。話はそこからだった。

9/14/2023, 1:09:16 PM

【命が燃え尽きるまで】

 磔にされた私の足元で、炎がパチパチと音を立てて徐々にその威力を増していく。
 周囲を取り囲むのは有象無象の民衆だ。皆下卑た笑みを浮かべながらこちらを見上げている。
 一人の男が言い放つ。

「悪魔に魂を売った卑しい魔女め!」

 その一声により、周囲の有象無象もあとに続く。

「このアバズレが!」「あれもお前がやったんだろう!」「早く死んでしまえ!」

 一人が石の礫を投げると、同じように礫がいくつも投げられた。例え小さな石であっても、それが一定の距離から力を加えられて投げられればそれなりの拷問となる。
 下半身を覆い尽くし始めた炎に包まれながら、体中を礫に痛めつけられ、苦痛のあまり私は獣のように呻いた。

「うあ、うあああああ‼︎ うぐああああ‼︎」

 思考はこうも澄んでいるというのに、口から吐き出される音は言葉にはならなかった。
 煙が肺に入り込みいやに息苦しい。朦朧とした意識の中で、私は周りを取り囲む悪魔共を睨み付けた。
 悪魔共は、磔となった私の周りで笑っていた。人間の皮を被って、気味の悪い笑顔を貼り付けていた。
 私は呪った。この境遇を、周りを取り囲む悪魔を、この世に人間として生を受けた自分自身を。
 この身が焼け爛れ命が燃え尽きるまで、ジュクジュクと皮膚が溶け始めるのを感じながら、私は全てを呪い続けた。

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