《1つだけ》#24 2026/04/04
「1つだけ?」
「うむ」
神と名乗った男…おじさんは、うなづいた。1つだけ、願いを叶えてあげる、そう言って。
私、死んだらしい。何となくは、覚えている。確か、信号無視?で突っ込んで来た車に跳ねられた。まだ、右腕辺りがちょっと痛い。死後の世界って、イメージよりシビアだ。
で。気が付いて目覚めたら、病室そっくりなところで寝かされていたってわけ。
死後の世界に旅立つ前に、身体を小綺麗にする施設。と、この人が説明した。白衣を着たおじさん…神さま?が。
「手違いだったのだ」
こちらも色々と滞っててな、と申し訳無さそうに頭を下げてきた。中間管理職っぽい雰囲気がする。本来なら、入院して全治何ヶ月かで済む運命だったのが、うっかり死亡判定を出した、と言うことらしい。
「はあ」
我ながら間抜けな返事だな、とは、思う。嘘くさい説明と、リアルな情景に、少し頭がバグってる。
で、その、処理ミスだか何だかのお詫びに、生き返らせてくれたうえに、お詫びに何か叶えてくれる、そういうことらしい。
「出来ることのサンプルは、こんな感じだが」
カタログギフトの本、そっくりなものを手渡された。申し込みハガキは、不要なんだ。
パラパラとめくる。石油王と結婚、とか、5億の宝くじに当たる、とかは無かった。お詫びにもグレードがあってな、とおじさんは頭をかいた。こっちの世界もシビアらしい。
まあ、良いか。心にフックしたページを指差した。
「これで…お願いします」
素敵な誰かと知り合える権利(ただし、その後の展開は保証しない)、そう、書かれていた。
「これで、良いのかい?選ぶ人いないよ?生きてれば、いずれ叶うかもだし」
これ渡される人、そんなに頻繁にいるのか…と、心の中でツッコミつつ、頷く。
「誰と出会うかは…何となく当てがありまして…。あとは、自分で何とかしますから」
昨日、オフィスで見かけた、新入社員っぽいあの娘、超タイプだった。私の部署に配属されるか解らないけど…何とかしたい。いや、何とかする!
妄想の世界に入りかけている私の様子を見て、おじさんは少し引きつった笑みを浮かべつつ、
「じゃあ、こちらで処理をしておきますので。もう少しベッドで休んで居てください。次に目覚めたら、元の世界に居ますよ」
この度は誠に申し訳ございませんでした。あの、応援してますから。そう言い残して、頭を下げ、神様が部屋を出ていった。おじさんも、頑張ってね。
少し痛い目にあったわけだけど、それを取れ返せるかどうかは、結局、自分次第だ。
じゃあ、もう少しだけ、ここでダラダラしてますか。繁忙期で、残業続き、寝不足だったのよね…。ふわぁっと欠伸を一つして、私は眠りにつく。
まだ生きて居られる、それだけで儲けものだ。それにおまけが付くのなら、安いものかな。
《見つめられると》#23 2026/03/29
愛くるしい、まんまるとした瞳がくりくりと。
私のことを、無遠慮に見つめてくる。
ちょっと恥ずかしくなって目を逸らして、でも、感じる視線に抵抗出来ず、ついそちらを見てしまう。
ニコッと微笑むあなた。
きっと、何も考えてない、その無垢な瞳に、つい微笑み返してしまう。
キャッキャッと喜ぶあなたの、その柔らかそうな頬に、触れてみたくなる誘惑を必死で抑え込む。
危ない危ない、これじゃあ私、犯罪者だよ。
窓の外で流れている景色が、ゆっくりと静止していく。
自動ドアが開き、春の外気が車内に流れてきた。
あの無垢な瞳が遠ざかる。
バイバイ、と心の中で呟きながら、私はその子に小さく手を振る。
大切な宝物を抱える、その子のお母さまと目が合うと、お母さまからペコリと会釈をされた。
そのお母さまも、あの子と同じ、柔らかな笑みを浮かべられていた。
小さな幸せに出逢えたことに感謝をして、祈る。
どうか、あの親子がこの先も幸せに暮らせますように。
《My Heart》#22 2026/03/29
※『リコリス・リコイル』二次創作小説
"Heart"は心臓であり、感情であり、そして…愛情。
私の"愛情"は、千束がくれたものだ。
私のこの胸にぽっかりと空いていた空洞を、自分では認識すらしていなかった真っ暗な穴を、千束が埋めてくれた。
千束が持っていた底抜けな明るさと、人を愛するという温もりで。
私には、千束にあげられるものが、何も、無かった。
千束は、私がかろうじて持っていたもの、全てを持っていたから。
唯一……唯一、心臓だけは……
千束になら、あげても良かった。
私がこの世から消え去ることになっても。
でも、それを果たす方法は無かった。
だから。
その"心臓"があると知った時。
私は、どんな手段を用いても、どんな犠牲を払っても、例え、千束に止められても。
それを、手に入れなければならなかった。
私が、手に入れなければならなかった。
千束に、あげなければならなかった。
「たきな!もういい!」
「離して!!」
心臓が!千束の心臓が!
私の!大切な!想いが!
「心臓が!逃げる!」
千束が、死ぬのは……
私が、私自身より、大切なものを喪失するのは。
嫌だ……
《好きじゃないのに》#21 2026/03/26
※『超かぐや姫』二次創作小説
別に、なんとも、思ってなんか。
ノイズカット機能をオンにしたイヤホンを耳に突っ込み、参考書を開くために机にかじりつくその背後で、確かに何かがせわしなく動き回るその気配を肌越しに感じながら…
その存在を無視し続けようとして、失敗していることを悟って、彩葉は深いため息をついた。
あえて伏せていたスマホを手に取り、時刻を確かめる。まあ、確かめるまでもなかった。鼻腔から刺激してくる、食欲をそそる何かの匂い。夕食の時間だ。私が定めたものではないけれど。
ああ、今日は食費がいくら飛んだのだろう。
この先の遠い未来のことは分からない。けれども、この東京で一人で生きていく。誰にも文句を言わせず、完璧に。
私が築き上げてきた、その完璧が、ある日出会った異物によって、少しずつ綻びかけようとしていて。その綻びを、今までの倍の努力で繕っていく。
いつかは分からないけど、この奇妙な同居生活が終わるまで。努力して、努力して、努力して…いつまで、続くの、これ?
そんな私の心配をよそに、我が家の炊事担当(自任)が夕食を知らせる為にか、私の肩を叩いた。
その、手のひらから伝わる人肌に、私はハッとした。
あの日、確かにこの手で抱いた、赤ん坊の温もり。
この災難の始まりであるところの、いと小さき存在は、確かに何かを私に求めていた。
救い?ううん、そんなんじゃない、深い、何か。
私しかいなかった。私だけに求めていた。私だけを、求めていた。
だから、ミルクをやり、オムツを替え、あやして、寝かしつかせて。
好きとか、嫌いとかじゃない。
ただ、愛しい。そう、思ってしまって……
イヤホンを、外す。
「いーろーはー、ごーはーんー」
「はいはい、今行く。今日は、何?」
「ハンバーグ!」
「ハンバーグ?」
「そう!フレッシュラムハンバーグ」
知ってるハンバーグだと思ったら、また知らないハンバーグだった。でも、味は保証出来るはずだ。だから。
「あり、がとう……」
この狭いプライベート空間で、誰かに伝えるはずが無かった、言葉。
「どういたしまして!」
デヘヘ〜と照れ笑いをするかぐやの笑顔を見て、思う。
好きなんかじゃない。
でも……
この私をもってしても、言語化出来ない、想い。
いつか、それを伝えるべき言葉を。
理解する時が、来るのだろうか。
《ところにより雨》#20 2026/03/24
「春雨じゃ、濡れてまいろう」
「何それ?真希」
「知らん」
即レスに、樹里は目を丸くする。
「知らんって」
「こんな時にさ、おやじ殿が良く言ってたからさ」
今どき珍しい、時代劇とかが好きだったおやじ殿。
放課後、にわか雨。見上げると、桜並木。この程度の柔らかな雨なら、散ることもないかな。
「まあ、超よゆーってことじゃない」
「そか」
折りたたみを広げかけた樹里が、それをしまう。ああ、相合傘も悪く無かったけど。
「そいえば、この時期だったっけ」
樹里が手を繋いできた。
「うん」
命日。
「今度の休み、行ってくるからさ」
「うん、気にしないで」
デート日和だけどな…あ!
「樹里も一緒に行こ」
「いや、でも…」
「全然、気にしないで。おやじ殿も会いたがってるよ、きっと」
幼稚園からの友達の中で、樹里だけは妙におやじ殿と馬があって。樹里んちとは、家族ぐるみの付き合いってやつだ。
「じゃあ、お母さんに聞いてみる」
「うん、母上も喜ぶよ」
張り切ってお弁当を余分に作る姿が目に浮かんだ。
「お墓参りついでにお花見しよ」
「うん」
「あとさ…」
ニヤっと付け加えた。
「娘さんを私に下さいって、伝えてあげてよ」
樹里の手の、握る力が一瞬強くなった。
「いやいやいや」
「いや?」
樹里の横顔は、赤い。
「嫌、じゃ…ない…」
「やった!助かるよ」
「助かる?」
「うん」
こんな日でも、あの日のことを思い出すような、こんな、にわか雨の日でも。
「樹里がいてくれたら、あたし、超よゆーだから」
樹里の目が、私を見て、ニカッと微笑んでくれた。
「分かった。真希が嫌って言っても、この手は放さんから」
「うん」
いつの間にか、雨は上がっていた。
きっと、来年の今頃も、私の心は雨模様だけど。
でも、樹里がいてくれたら、平気だ。
春雨じゃ、濡れてまいろう。