《無色の世界》#27 2026/04/17
目が覚める。たぶん、朝だ。
モノトーン(と、かろうじて表せる)世界を認識することから、私の一日が始まる。いつから、こうだったのか。確か、昔、凄く嫌なことがあって、それから…よく覚えてない。思い出したくもない。
用意された食事を摂り、学校へ行き、何となく半日を過ごし、帰宅する。そういえば、あの人は、いつも申し訳なさそうに食事の面倒などみてくれている。何故なのだろう?
こんな、何も生まれない、何も感じない、何色でもない営みなんて、もう終わらせてしまっても良いのでは。
歩道橋の真ん中で、ふと、そう思った。
上から下を覗き込む。そんなに高くないんだな、即死じゃなかったら、嫌だな。でも、まあ、良いか。
「良くないよ、そんなこと」
決して大きくはないけど、確実に届いた声があった。
私は、さしたる決意もなく柵の向こうへと乗り出していた上半身を、さしたる抗う理由も無かったので柵のこちら側へと引き戻した。
「なぜ?」
あなたは誰で、どうして私に声をかけたの?
いつの間にか歩道橋に居たその主は、蒼く輝く黒髪を風に靡かせている女性だった。
蒼く…この人は、色が、あった。
なぜ、私には、この人が色付いて見えたのだろう。
そんな私の僅かな動揺を知ってか知らずか、この人は音も立てずに静かに歩み寄ってくると、私を抱きしめ、そして、唇を唇で塞いだ。
その一連の行為が、どのような感情を向けようとしたものか、解らなかった。避けることも、出来なかった。
ただ、決して不快では無かった。
私より、少しひんやりとした体温と、それでいて柔らかな感触を残して、この人は私から離れ、そして、静かにこう告げた。
「私は、いろは。彩華と書いて、”いろは”。あなたに、色を付ける者よ」
私に、色を?それは、つまり…
「そう、あなたに、生きる理由をあげる」
告げられた瞬間、感じたことのない熱が、胸の中にポツっと灯った。
この日、この時から、私の色付きの世界が、始まった。
《神様へ》#26 2026/04/14
困った時の神頼み、とは良く言うけれど。
神様って、ちゃんと聞き届けてくれるのかな?季節やらなんやらのたびに、古今東西のありとあらゆる神様や仏様をダシにしてるわけだから、さすがに、ねえ…と思ったりはした。
とはいえ、だ。自力で何とか出来ない以上、藁にもすがるつもりで…あ、また失礼なことを。
夕暮れ時、地元にある神社で、俺は殊勝な顔つきで賽銭箱…の奥にいらっしゃるであろう神様にお祈りしていた。
「今年こそ、彼女が出来ますように」
来年、努力が実っていれば、晴れて大学生になっている筈の俺は、生まれてこの方、恋愛沙汰に全く縁がなかった。
高校デビューとやらにも失敗し、大学生になれたからといって、あまり期待は出来ないだろう。
であるならば、大学などという、弱肉強食の場(個人のイメージです)で無惨な姿を晒す前になんとか…と思うのは自然ではなかろうか。
「新学期早々、呆れるわね。今は、合格祈願一択でしょうに」
聞き慣れた声に後ろを振り向くと、なんちゃってじゃない巫女装束に身を包んだ女の子が立っていた。
神代燿、この神社の宮司の娘で、いわゆる幼なじみだ。そして、初恋の相手であり、小学生の頃にこっぴどく振られている。にもかかわらず、小中高と一緒だったという、勘弁して欲しいくらいの腐れ縁だ。
「関係ないだろ、ヒカルには」
「あら?神さまに向かって、それは冷たいんじゃない?」
頭脳明晰、運動神経抜群な燿は、当然ながらクラスの人気者でイベント事には何かと引っ張りだこな存在で、名字や実家の職と相まって、"神さま"とごく自然に呼ばれていた。
「別に…お前にお願いしてる訳じゃないし…」
自然と、目を逸らした。"ボーイッシュな美少女"という形容詞がぴったりな燿は、今の俺には眩し過ぎて。
「あら、つれないなあ」
ヒカルはこちらの気持ちなんて意に介さず、俺の顔を覗きこんでくる。
「私のこと、下の名前で呼んでくる男子は、晃斗だけなのにな」
いつもの人を惹きつける笑顔。だけど、そこに、少し寂しそうな何かがあったのは気のせいか。
「放っとけよ、どうせ俺のことなんて…」
振ったんだろ、そう続けようとしたら、燿に遮られた。
「あのさ、覚えてないでしょ」
「?」
「あの時、お嫁さんになってくれ。なんて言ったでしょ」
言った、ような気がする…かなりテンパってた筈だから、定かではないけど。
「そんなのさ…怖くなる時だって、あるじゃん」
そう、なのかな……
「それにさ…」
ヒカルが、珍しく、恥ずかしげに俯いた。
「あの頃の私は、恋愛することに憧れてて…ただ、好きな男子と、両思いになりたかっただけでさ」
そんなものか…。まあ、俺は本当にただのガキだったし、その辺りの細かい機微ってやつが解るはずもなかった。
「ねえ、晃斗はさ、あれから誰にも告ってないんでしょ」
それは、事実だった。気になる女の子が現れたとしても、そこまでには至らなかった。いざとなると、脳の片隅で、誰かさんの顔がチラついて、邪魔するから。
「だから、何だよ」
「私もさ、フリーだよ」
知ってる。片っ端から振りまくって、うちの高校の七不思議の一つに数えられてるくらいだ。
「良い機会だからさ、もう一度、告ってみない?」
「は?」
我ながら間抜けな声をあげつつも、夕陽が彩る耀の顔に見惚れてしまった。
鼓動が高まる。
幾ら鈍い俺でも、そのひと言が意味していることは、解ったつもりだ。
「からかってるとかじゃ、ないよな」
急に、喉が渇いているように感じた。
「さあ?試してみれば?」
余裕ぶってるようだけど。
「震えてんじゃん」
「うっさい」
見てろよ、神様。
背筋を意識して伸ばした。
あんたんとこの親戚みたいなやつに、今から、改めてお願いするから。
ちゃんと、聞いておいてくれよ、頼むから。
「燿、俺は、ずっとお前のことが……」
想いよ、届け!
《沈む夕陽》#25 2026/04/07
「朔、久しぶりだね」
高校からの帰り道、まだ、通い慣れない街の片隅で、聴き慣れた声が、私を呼んだ。
「うそ……陽菜?」
声が聞こえた方に振り返ると、そこには、幼なじみの陽菜が立っていた。
長く美しい栗毛がキラキラと、あの頃と同じように輝いていていて、でも。
「ちょっとだけ、会いに来たんだ」
私達が中三のだった時の秋が終わる頃、陽菜は病気で…。
「朔、時間ある?これからデートしよ!」
目の前の事が飲み込めていない私を急かすように、陽菜は私の手を取り、返事を聞かずに歩き出した。
その手は、柔らかく、温かかった。
「ここのクレープ、美味しいんだって」
二人で来たことのない街を、まるで何でも知っているかのように私を連れ回し、陽菜は楽しそうに話し続けた。
死んだのは本当、でも、予定よりちょっとだけ早かったんだって、うん、そう、神様が。でね、納得いかねーってゴネた結果がコレ。本当に、楽しそうに。
「アタシさ、前からずっと朔と二人きりで遊びたかったんだよ」
「私と?」
「うん、だって…」
イチゴチョコスペシャルの最後の一口を口に放り込み、公園のベンチから立ち上がった陽菜は、夕陽を背に、最高の笑顔で言い放った。
「朔のこと……大好き」
え……陽菜が……うそ……。
陽菜のことを思い出すのが辛くて、それで逃げるように選んだ学校のあるこの街で、初恋の相手から、告白されている。
「わ、私だって…大好きだよ!」
陽菜がまた、にこりと微笑んだ。
「嬉しい…ありがとう、朔。良かった、片想いじゃなくて。これで、心残り無しだ」
「え?」
待って。なに、その、もう、おしまいみたいな。
「ごめんね。門限ってやつ?夜になる迄に、帰って来いって」
嫌だ。私は陽菜を抱きしめた。無我夢中で、逃さないように。
でも、頭の片隅では、解っていた。
死んだのは、本当。陽菜は、そう言ってた。
陽菜も、私のことを優しく抱きしめてくれる。
「本当に、ありがとう。朔、あったかいね…アタシ、忘れないよ」
「わた……わたし、も……」
日が伸びていく、最近そう感じてはいたけど、今、この瞬間は、足りない、全然足りないよ!って、心の中で叫び続ける。
でも、ただの人間であるところの私は、沈みかける夕陽を押しとどめることなんて、出来なかった。
「その気持ちだけで、じゅうぶん!」
私の頭をくしゃくしゃって撫でて、私の耳元に形の良い唇を寄せた。
「ついてくんなよ」
「……っ!」
私の気持ち、全部見抜かれてる……バカ。
「じゃ」
陽菜は、またね、とは言ってくれなかった。
「ひな…あ……」
消えた。ぱっと消えた。徐々に、とかではなくて。私に最後の一言を言わせる、その時間の猶予もなく。
「あー、もう!神さまのケチー!」
夕陽が沈んだその先に、私は思いっ切り叫んだ。
なんだよ、もう。せめて、キスの一つくらいさせるのがお約束だろうがー!
でも、ごめんね、神さま。ありがと。
もう一度、陽菜に会わせてくれて。
「あ、もう、帰らないと」
陽菜と私が生まれ育った街へ。今日からはまた向き合える、そんな気がした。
いつの間にか、空には私の名前と同じ、月が浮かんでいた。
《1つだけ》#24 2026/04/04
「1つだけ?」
「うむ」
神と名乗った男…おじさんは、うなづいた。1つだけ、願いを叶えてあげる、そう言って。
私、死んだらしい。何となくは、覚えている。確か、信号無視?で突っ込んで来た車に跳ねられた。まだ、右腕辺りがちょっと痛い。死後の世界って、イメージよりシビアだ。
で。気が付いて目覚めたら、病室そっくりなところで寝かされていたってわけ。
死後の世界に旅立つ前に、身体を小綺麗にする施設。と、この人が説明した。白衣を着たおじさん…神さま?が。
「手違いだったのだ」
こちらも色々と滞っててな、と申し訳無さそうに頭を下げてきた。中間管理職っぽい雰囲気がする。本来なら、入院して全治何ヶ月かで済む運命だったのが、うっかり死亡判定を出した、と言うことらしい。
「はあ」
我ながら間抜けな返事だな、とは、思う。嘘くさい説明と、リアルな情景に、少し頭がバグってる。
で、その、処理ミスだか何だかのお詫びに、生き返らせてくれたうえに、お詫びに何か叶えてくれる、そういうことらしい。
「出来ることのサンプルは、こんな感じだが」
カタログギフトの本、そっくりなものを手渡された。申し込みハガキは、不要なんだ。
パラパラとめくる。石油王と結婚、とか、5億の宝くじに当たる、とかは無かった。お詫びにもグレードがあってな、とおじさんは頭をかいた。こっちの世界もシビアらしい。
まあ、良いか。心にフックしたページを指差した。
「これで…お願いします」
素敵な誰かと知り合える権利(ただし、その後の展開は保証しない)、そう、書かれていた。
「これで、良いのかい?選ぶ人いないよ?生きてれば、いずれ叶うかもだし」
これ渡される人、そんなに頻繁にいるのか…と、心の中でツッコミつつ、頷く。
「誰と出会うかは…何となく当てがありまして…。あとは、自分で何とかしますから」
昨日、オフィスで見かけた、新入社員っぽいあの娘、超タイプだった。私の部署に配属されるか解らないけど…何とかしたい。いや、何とかする!
妄想の世界に入りかけている私の様子を見て、おじさんは少し引きつった笑みを浮かべつつ、
「じゃあ、こちらで処理をしておきますので。もう少しベッドで休んで居てください。次に目覚めたら、元の世界に居ますよ」
この度は誠に申し訳ございませんでした。あの、応援してますから。そう言い残して、頭を下げ、神様が部屋を出ていった。おじさんも、頑張ってね。
少し痛い目にあったわけだけど、それを取れ返せるかどうかは、結局、自分次第だ。
じゃあ、もう少しだけ、ここでダラダラしてますか。繁忙期で、残業続き、寝不足だったのよね…。ふわぁっと欠伸を一つして、私は眠りにつく。
まだ生きて居られる、それだけで儲けものだ。それにおまけが付くのなら、安いものかな。
《見つめられると》#23 2026/03/29
愛くるしい、まんまるとした瞳がくりくりと。
私のことを、無遠慮に見つめてくる。
ちょっと恥ずかしくなって目を逸らして、でも、感じる視線に抵抗出来ず、ついそちらを見てしまう。
ニコッと微笑むあなた。
きっと、何も考えてない、その無垢な瞳に、つい微笑み返してしまう。
キャッキャッと喜ぶあなたの、その柔らかそうな頬に、触れてみたくなる誘惑を必死で抑え込む。
危ない危ない、これじゃあ私、犯罪者だよ。
窓の外で流れている景色が、ゆっくりと静止していく。
自動ドアが開き、春の外気が車内に流れてきた。
あの無垢な瞳が遠ざかる。
バイバイ、と心の中で呟きながら、私はその子に小さく手を振る。
大切な宝物を抱える、その子のお母さまと目が合うと、お母さまからペコリと会釈をされた。
そのお母さまも、あの子と同じ、柔らかな笑みを浮かべられていた。
小さな幸せに出逢えたことに感謝をして、祈る。
どうか、あの親子がこの先も幸せに暮らせますように。