「塩桜餅」
今年もお花見の季節となってきましたね。
皆さんは何を風呂敷に包んで持って行きますか?
サンドイッチや唐揚げや、鯵のフライ、かまぼこを半切りにしてねじったものも美味ですね。
先生は、混んで楽しめない万一のリスクを考えて、お昼時に行くのではなく、ちょっとずらして3時のおやつの時間に行きます。
そうですね花岡さん。たしかにおやつとなると、品数がぎゅーんと減りますね。
ん、なんですか丸山さん。“先生はバナナを持って行きますか?”そんな事はないですね。先生バナナアレルギーです。
先生が持っていくのは、桜大福です。
皆さん食べた事はありますか?ちょうど校門から出て左の交差点の奥に、「甘光堂」とかいて“かんこうどう”と読む、年期の入った木製のお店がありますね。そちらでとても美味しい桜大福が売っているのです。
_______形?そうですね。少し大きめですが、和菓子は形だけじゃありませんよ。
表面はもっちりと弾力があって、桜の葉の塩漬けと白餡が練り上げられた自家製の餅が、たっぷり詰まっているのです。それが先生、たまらなく大好き。
特に塩桜餅には、特有な上品な甘みとしょっぱさがあるんです。何より、上にのった桜の花びらが春を感じさせますね。桜の花を鼻ではなく、口で味わうなんてそれ以上に素敵で不思議な体験はないと先生は思いますよ。
先生の実家は、和菓子屋さんでした。あれ、皆さんに話しましたっけ?_____ああ、去年1組だった人だけ知っているようですね。
そうです。先生の祖父が店長で、お花見時になると、毎回まかないという形で桜大福を作ってくれました。
だから先生、甘光堂の受け継がれた桜大福の、変わらぬ味が大好きです。
お題: 桜
「君と」
ああ、お母様。あの方と私はお会いできませんの?
一度でも良いから、あの方に挨拶だけでも______。
すまぬ、我が愛しの娘。わしの力では、どうすることもできぬのだ。逆らえぬのだ。季節には。
お前は今を任されし主役ではないか。そして、あの小僧はお前の次を担うものだ。お前が今を全うすれば、それ以上に小僧が幸せなことは無かん。
_______分かりましたお母様。ではそろそろ参りますね。
ひとひらの桜の花が、地上に静かに舞い落ちた。
やがて夏に近づき、樹齢何千年と年月を超えた木には、葉がぎっしりと茂っていた。そこから真っ直ぐに降りる木陰は、今や動植物の癒しの場となっている。
桜の花は幸せだった。紅色の実に姿は変われども、そうした形で、あの方_______葉に出会えたから。
「空に向かって」
今まで 多分生まれた時から
「ひこうきぐも」というのは
雲を出す専用の飛行機が おしりから雲を出して
ひこうきぐもを作っているんだと思ってた
3歳に 夜空に手を伸ばして願ったのは
おほしさま 手のひらに落っこちてきて だって
今まで 多分夜空を見る前から
「ほし」というのは
5つの角がとんがった金平糖のような形で
平べったい形だと ずっと思ってた
小さい頃は 空に向かって多様な憧れを抱いていた
小さい頃の方が 世界が色鮮やかに見えていた
今でもずっと ひこうきぐもは そうなんじゃないかって
希望は捨ててないよ
「はじめまして」
____卵焼き、はじめまして
そこの居酒屋の玄関には、ちょっと変わったのぼり旗が立てかけられていた。
中へ入ると、ほぼ満席だった。そしてなぜか見る人全てが、小さな丸皿に乗った卵焼きを食べている。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ、では卵焼きを…」
興味本位で卵焼きを頼んだ。社会人の俺にだって卵焼きを作れんことはないのだが、どうしても気になってしまう。
「かしこまりました。料理人の手が少々遅いのですが、ご了承ください」
俺はもう一つ、メインのもやしの焼肉定食を頼んだ。
品数は定食の方が多いのに、先に来たのは定食だった。
やはり人気メニューなのか…。
静かに食べ進めていると、居酒屋のマークが入ったエプロンをつける幼き少年が、きびきびと歩いてきて、俺の席で止まった。
左胸の名札には「春休み限定 卵焼き専門 (ただいま練習中)」と赤い文字で書かれている。
「おまたせしました。ぼくのたまごやきです」
少年の握る皿には、卵焼きが乗せられていた。
しかもうっすらと焦げ目がついて、部分が崩れた卵焼き。ありがとう、と言ってもらった。
箸でつついて一口食べてみた。あまじょっぱい出汁の味が卵に凝縮されていて、結構うまかった。
あとは、なぜがこんにゃくが具として入っていた。
______これはこれは、はじめましてだなあ。
「タケノコ」
放課後の帰り道。
その日は竹林の木陰の下を、家の近い幼馴染と二人で歩いていた。
風が心地よくて、竹が擦れ合う乾いた音や自転車を押すギアの音が、その中を静かに響く。
つい最近私が発見した、お気に入りの帰り道だ。
気が付くと、私達の先に、杖をついたおばあさんが歩いていた。
「こんにちは」幼馴染が大きめな声で言った。
そのおばあさんはこちらに気付いて、「おかえり」と優しく返してくれた。
それからの道は、おばあさんの歩調に合わせて、一緒にお話をしながら歩いた。ここにある竹林は、おばあさんの夫が所有する土地だということ、春になるとタケノコが豊作なもので、午前中いっぱいはタケノコの採集をしていたこと。
「タケノコ、よかったら持ってきなよ。ほら、家よってって。」
「いえ、そんな。悪いです。旦那さんと食べてください」
私が慌てて答えると、
「あたしだけじゃ、食べきれないんでさ、」
とだけ言って、おばあさんは台所と思われる奥の部屋に入って行った。
そして、大きな二つの袋を両手に提げて、玄関先で立ちつくしていた私達に持たせた。
中を覗く。丁寧に皮剥きされ、新鮮で柔らかそうな肌をしたタケノコがどっさりと詰め込まれているのが見えた。
私は、先程の失言に、少し申し訳ない気持ちになっていた。
おばあさんは言葉をつづる。
「あたしさあ、この頃ずっと独りだったんよ。息子も働きに出て早13年。最近は訪ねてこないしね。だから、今日あんた達に会って、話せて、とっても嬉しかったんだよ。ほんとうの孫みたいで、なんだか嬉しいなあ、てさ」
お礼を言って家を出る時、私達は二人して
「またね!」って力を込めて言った。そうすれば、おばあさんも私達も、心が繋がれる気がしたから。
お題: またね!