時の雨

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8/2/2024, 7:43:36 AM

「もうどうしたらいいのかわからないよ」

目の前でうずくまって、完全に篭ってしまった君がぽつりと呟いた。いや、呟いたというより漏れ出した、が正しいだろう。
ああ、彼女に何を言っても届かない。
僕の言葉ではどうもできない。僕では君の降らす雨をとめることができない。自分の無力さに腹が立つ。

彼女は精神を病んでしまった。理由は知らない。でも、何かただならぬことがあった事ぐらい容易に想像できる。
幼馴染で、昔から笑顔で元気だった君がこうして苦しんでいる様を見ると、こちらも胸が痛い。
救い出したいのは僕のエゴだ。
今はこれが精一杯。許して欲しい。

「明日...もし、少しでも、晴れたらでいい。出かけよう。好きなことをしよう。なんでもしてあげるから。」

君の心を晴らすために、僕の全てをあげる。


2024/08/02 #明日、もし晴れたら

7/31/2024, 2:08:13 PM

忘れ去って欲しい。

誰からも弔われることなく、命を捨てたいと思うことは果たして異常だろうか。
家族や友人など、たくさんの人に看取られたいという人もいるだろう。

でも一人で溶けてしまう様に死ぬのも悪くない。広大な自然の中で眠る様に息を引き取るのだ。なんとその閑静なことか。

だから俺は一人で遺体になる。
一人でいたい。


2024/07/31 #だから、一人でいたい。

7/30/2024, 8:53:44 AM

「しばらく、バレエは控えた方が...」

この言葉が脳裏から離れずに、ずっと響いている。どうして、私が。

物心ついた時から、私の生活の一部のバレエ。新品のトウシューズも今ではもうオンボロ品だ。
ずっと、ずっと続けてきたのに。私にはこれしかないのに...息苦しい。

その日の夜はろくに眠れず、ただ枕を濡らし続けた。どうしよう。あの子に追いつかれちゃう。
私の二つ下の後輩の木枯 雛ちゃん。今ではバレエ教室内で、一番の私に並ぶ程の力をつけている。あの子の前で、私は一番でありたいのに。私の挫折は彼女にとって、成長するための肥やしでしかない。

「っくそ...くそぉっ...!」

私はステージに立てなくなったんだ。


「アキレス腱炎だってね、花ちゃんももう大学受験でしょう?辞める機会には丁度良いんじゃないかしら?」

遠回しに先生に必要ないと言われた様で、酷く心が痛む。私はまだ足掻いていたい。けれど、続けたいとは言わなかった。言った所で無駄だと感じたからだ。

足取りが、痛みだけでは無い何かのせいで重い。何十年と通った教室も今日で最後だ。

「...ねえ、花。バレエ続けたいんじゃない?」
「...え?」
「お母さん、昨日聞いちゃったから。もし、もう辞めるなら別に良いんだけど、続けたいなら、続けるべきだと思うし、バレエはやるだけじゃ無いと思うから」

母の言葉を聞いて、またステージで舞えそうなくらいに足が軽くなった。そうだ、どうしてやる事だけに囚われていたんだろう。他にもっとあっただろうに。ショックで視野が狭くなっていたのだろう。


私はバレエをやめないというより、やめられない。

たとえまた嵐が来ようとも、大丈夫だろう。
花は舞い散っては、咲き誇るのだ。


2024/07/30 #嵐が来ようとも

7/29/2024, 8:43:29 AM

可愛らしい浴衣を着て、小袖を靡かせている。いつもとは違い、髪型もお団子に結われている。
ひらひらと舞う様に歩く姿が金魚掬いの金魚の様で、手を伸ばせば伸ばす程、逃げてゆく様に感じる。

現に僕の隣にはいない。

彼女の隣はいつも別の誰かだった。
虚しい想いをするくらいなら、一度くらい遊びに誘ってみれば良かった。

今更悔やんだところで、後のまつりにしかならない。
今年もまた、一人虚しく味のついた氷を食らうのだ。


2024/07/29 #お祭り

7/28/2024, 5:23:33 AM

「お客様は神様だろうが!」

耳をつんざいた。雷の様な荒々しい声が。
目の前の人は客というより化け物だ。ヤニ臭いよれたワイシャツ、シミの多い顔、おまけに頭は肌の色が多い。
ただ買いたいゲームの為にバイトを始めただけなのに、どうしてこんな目に遭っているのだろうか。


穏やかな昼下がりが一変し、地獄と化した。
いきなり、中年男性が異物混入を訴えたのだ。ぎゃあぎゃあと捲し立て、こちらが謝罪をしても尚、言葉のナイフが次々と刺さる。
周囲の人が味方などするわけがなく、半ば自暴自棄にあしらい、あの化け物にはなんとか帰っていただいた。

いい加減にして欲しい、お客様は神様なんていつの時代だ。今はカスハラだぞ、あんな態度。第一、神なんているわけがない。
はあ、と大きなため息を吐く。また一つ幸せが逃げていく。この最悪な口当たりを塗り替えるべく、コンビニへと体が進む。


スイーツか、スナックか。はたまたドリンクか。この際何でも良い。目についたものをなんとなく籠に入れてレジへ持って行く。

「全部で823円です。レジ袋は」
「いらないです。」

ぶっきらぼうだったと思う。店員は悪くないのに、当たってしまった。小銭を出す度に胸がチクチク痛む。

「...お客様、疲れていませんか?」
「あ、ああ、まあ...。」
「でしたら、サービスです。」

そういって割引券を小銭やレシートと共に俺の手に乗せる。店員は言った。

「次回以降からご利用できます。待っていますね。」


明日も頑張れるかもしれない。
単純な俺の脳に舞い降りてきた結論。舞い降りて、繰り返している言葉。

神様はいるかもしれない。

そんなただの客の戯言。


2024/07/28 #神様が舞い降りてきて、こう言った

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